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追放令嬢の妹には復讐の才能がない! そして復讐相手は愛が重い  作者: 亞月こも
第2章 姉様の真実と気づいてはいけなかった気持ち
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6 生まれなければよかったなんて


 学舎の動きは迅速だった。

 すぐにスペクタ・B・ランプランサスの捜索が行われて、学舎入り口前にある馬車の待機スペースから無事に発見された。眠らされていたけれど、目立った外傷はなかったそうだ。


 怪我はフォンが重かった。気になった左腕は粉砕骨折をしていて、ものすごく痛いはずなのに、いつものように笑顔で話していたのが信じられない。

 神学科が持つ高度な治療用魔道具をもってしても、治療に半日以上かかっていた。かなりの魔石を消費したらしい。


 闘技場から消えた犯人の捜索もされたが、足取りは掴めなかったらしい。国の騎士団に捜索が引き継がれ、学舎は早々と手を引いた。


 審判をしていたノビリス・L・ラウラス先生の関与を示す物的証拠は出なくて、自供も取れなかったそうだ。結果としては、事件の責任を取って辞任しただけだった。

 一国の王太子が重症を負い、一歩間違えたら命を落としていた大事件だったが、気づかなかった審判の個人責任として処理されたようだ。


 フォンとスペクタの試合は、スペクタの不参戦によるフォンの勝ちになった上で、後日授業中に模擬戦をしたそうだ。危なげなくフォンが勝ったと聞いた。

 名実ともにフォンの勝利が決まったのを受けて、約束していたフォンと2人のお茶会を開いた。


 フォンが用意してきたお菓子の量に驚く。ケーキ、ムース、クッキー、シュークリーム、プリン、マシュマロなど、いつもよりたくさんの種類が並んでいる。砂糖は貴重なのに、さすが王族だ。


「ありがとうございます、フォン様」

「うん。好きなだけ食べてね」

「嬉しいですわ」


 フォンのケーキは特別においしい気がする。実家にパティシエを呼んで作らせたものより上かもしれない。王宮に招かれた時ならまだしも、学舎の中でどう用意しているのかは謎だ。

(はわ……、幸せですわ……)

 甘いものは世界を平和にすると思う。


「エマ……、アリサは、どれが一番好き?」

「一番ですの? 難しいですわね……」

 一瞬ミドルネームを呼ばれた気がするのは流しておく。自分たちと付き人しかいない場だから、目くじらを立てる必要もない気がしてきた。


(生クリームたっぷりのケーキに、フルーツがたっぷりのタルト。口どけがいいプリンに、ふんわりとしたムース。サクサククッキー、ふかふかとろとろシュークリーム、ふにふにマシュマロ……)

 選べない。選べるはずがない。真剣に頭を抱えてしまう。


 フォンがクックッと笑いだす。

「わたくしが困っているのがおかしいのですか?」

「うん。かわいいからね」

 意味がわからない。つい頬をふくらませて、プリンを一口。

(お い し い ……!)

 ダメだ。甘いものを前にしてぷんぷんなんてしていられない。


 いくらかおいしくいただいて、お腹が満ちてきたころに、気になっていることを尋ねる。


「フォン様、腕のお加減はいかがですか?」

「ちゃんと治療してもらったから大丈夫だよ」

「大怪我で驚きましたわ」

「うん。僕も思ってた以上だったかな」

「あの方は……、フォン様を狙っていたのですわよね」

「うん。そうだろうね」

 答えるフォンはいつもと変わらない笑顔でいるように見える。


「なぜ平然としていらっしゃるのですか? わたくしは、フォン様が理不尽な目に遭うのはイヤですわ」

 フォンを失脚させないといけない立場なはずなのに、どの口が言うのかと思う。けれど、これとそれは別だとも思う。理不尽な暴力や、その先で命を奪われるようなことはあってはいけないはずだ。


「うん。ありがとう。気をつけるよ」

「それはもちろんフォン様には安全に気をつけていただきたいとは思いますが。なんでしょう……、フォン様は怒ってもいいと思いますわ」

「怒る?」

「理不尽に対して怒るのは当然ではありませんの?」

「どうかな……、僕の命が狙われているのは今に始まったことじゃないし、そもそも僕が生まれなければよかっただけの話だからね」


 言葉の意味が入ってきた瞬間、ぶわっと涙があふれた。何が悲しいのかわからないのに、泣いてしまうのを止められない。

 フォンがハッとして、珍しく笑顔の仮面を崩す。


「ごめん、口が滑った。きみに話すべきことじゃなかったね。きみは知らなくていい世界の話だよ」

 ふるふると首を横に振る。そうじゃない。


「そんなの、おかしいですわ!」


 涙混じりの声は、自分でも驚くほど大きくなった。


「おかしい?」


「命を狙われることに……、生きるのを否定されることに慣れてしまうなんて、おかしいですわ。生まれなければよかったなんて、そんな……、そんなこと……っ」

 言葉は続かない。涙も止まらない。淑女にはあるまじき姿なのはわかっている。それでも、自分ではどうしようもない。


 フォンが困ったように笑う。


「エマは僕に生きていてほしい?」

「当たり前ではないですか!!!」

「うん。きみには当たり前なんだね」


 フォンが席を立って、こちらの背後に来る。後ろから腕を回されて、耳に吐息がかかる。


「ごめんね。少しだけこのままいさせて」


 頭も気持ちもぐちゃぐちゃで何も答えられない。ドッドッドッドッと心臓が騒ぐのが、今は不思議と心地いい。


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