4 危険すぎる模擬戦
闘技場に立ったフォンがこちらを向いて、剣を高く掲げた。絶対に勝つという意志を示す行為だったか。
会場全体が再度湧く。人を引きこむパフォーマンスがうまい人だと思う。王者の貫禄だろうか。
対戦相手はランプランサス辺境伯家のスペクタだ。家の名前は知っているけれど、本人は知らない。確か海に面した南端の領地だったと思う。
派手な羽根飾りがついた大きな三角帽子を目深に被っていて顔は見えない。帽子と揃いの大きなマントが風でたなびく。
(あの格好は戦いにくくないのかしら……?)
手には大剣を模した重そうな木刀を持っていて、試合開始の合図ととも両手で振り下ろした。
フォンがひらりと避け、地面がえぐられて土煙が舞う。
(っ……!)
「あんな武器では木製であっても危なすぎませんか?!」
驚いてつい声を上げてしまう。ハイドが顔をしかめた。
「アリサ嬢がおっしゃる通りですね。大会規格で禁止されてはいませんが、殺傷力が高すぎるように思います。
それに、スペクタは辺境伯家に多い槍使いでした。大剣を振り回しているところは初めて見ます」
「それってどういう……」
話す間にも戦いが進む。観戦席はざわついているけれど、審判の教員が止めようとする様子はない。
フォンは相手をしっかりと見据えて、動きが大きくなる大剣での攻撃を的確に避けているように見える。
「相手の間合いが広くて踏み込めない上、フォン様が持っている一般的な剣の木刀では、あの大剣を受けたら折れてしまうでしょう。
攻撃できないまま試合時間を超えれば、攻撃の手数で相手の勝ちになります。スペクタは去年の大会でフォン様に負けているので、今回はそれを狙ったのかもしれませんね」
「卑怯ではありませんの?!」
「教員があの武器の持ち込みを許可した時点で卑怯にはなりません。戦略です」
「っ……!」
ずるい。そう思って、ぐっと手を握りこむ。
フォンも攻撃に転じる必要があることがわかっているのだろう。時々踏み込もうとするそぶりがあるが、相手の方が間合いを取るのがうまい。大きな武器を持っているのに俊敏に動き、フォンの剣が届く距離にならない。
この時までは試合を試合として応援していたけれど、次の瞬間、様相が一変した。
フォンが相手の大剣を最小限の動きでかわした直後、それを読んでいたかのように、相手がフォンを蹴り飛ばしたのだ。
「っ! 待ってくださいませ! 蹴りってアリですの?!」
「通常、模擬戦では使いませんね。品格を疑われるので。社会的評価を下げてでも勝ちにいきたいということでしょうか」
横薙ぎにされたフォンが体勢を立て直そうとする間に、相手の大剣がフォンを襲う。当たれば頭が砕かれそうな勢いで、真上からのそれを避ける隙はなさそうだ。
「フォン様っ!!!」
フォンが自身の木刀を横にして、しっかりと左腕を添える形で攻撃を受ける。衝撃が空気を揺さぶったように感じた。
紙一重で頭には届かなかったが、一歩間違えれば命がなかったかもしれないと思ってゾッとする。
「なんでですの?! なんで審判は止めませんの?!」
「明らかな反則はないですからね……」
「っ……!」
悔しくて涙がこみ上げてくる。
「フォン様ーっ!!! 絶対っ! 勝ってくださいませ!!!!!」
タイミング的なものなのか、叫んだ声が会場に響いた気がした。
フォンが相手の大剣を力いっぱい押し返して振り払う。後ろに下がって間合いを取ろうとしたところに、相手が追い討ちをかける。
フォンが剣を投げつけたのは苦し紛れだろうか。相手の顔の方に飛んだそれは、ただ帽子を巻き上げて遠くに飛ばしただけだった。
丸腰になったフォンにはもう打てる手はないだろう。
「フォン様っ!!!」
ここまできたらもう、試合の勝ち負けなんてどうでもいい。審判には早く試合終了を宣言してほしいし、そうでないなら降参してでも無事でいてほしい。そう思って言葉に変えようとした直前、会場から信じられない声がした。
「待ってください。アレは誰ですか?」
ハイドがあっけに取られたように言ったのと同じような内容が、あちらこちらから聞かれる。
「え。ランプランサス辺境伯家のスペクタさんでは……」
「背格好はそっくりですが、顔はまるで別人です! そもそもスペクタは、あのような珍しい黒髪ではありません」
「審判っ!」
教員席からいくつもの鋭い声がした直後、審判役で入っている教員が、試合の中断を知らせる声を上げた。
ホッと胸を撫で下ろす。これでいったんは、危険はなくなったはずだ。
と思ったが、甘かった。
試合の中断が宣言されたのにも関わらず、相手の大剣がフォンの首を目掛けて振り下ろされている。
「フォン様っ!!!!!」




