3 ケーキの約束
応援席に戻ったら、フォンが仁王立ちで待ち構えていた。
ここにいるということは、2回戦は残念な結果だったのだろう。最後の試合を応援できなかったのは少し残念だ。
「フォン様、お疲れ様でした」
「勘違いしてそうだから言っておくけど、試合は勝ったよ? 圧勝で」
「そうなのですか? でしたらなぜここに……」
次は模擬戦の決勝なはずで、勝ち残った選手は待機席にいる時ではないのだろうか。現に、勝ったのだろうニゲラもアルピウムも来ていない。
「質問したいのは僕なんだけど? なんでアリサ嬢とハイドは2人して観戦席にいなかったのかな?」
笑顔なのに圧を感じる。
「? ガーベラさんやウルヴィさんから聞きませんでしたか? ハイド様がお話ししたいとおっしゃったので、お話をしておりました。試合が始まるまでに戻るつもりだったのですが。応援に間に合わなかったのは申し訳ありません」
「ふーん?」
フォンがハイドを見ると、ハイドは笑顔で答える。
「こういう機会でもないとなかなかアリサ嬢とお話ができないので。親睦を深めさせていただいていました」
「わかった。ハイド、後で2人で話そう」
フォンがそう言い置いて踵を返す。その背にハイドが軽く肩をすくめた。
と、ふいにフォンが振り返り、ハイドが慌てて手を元の位置に戻す。
が、フォンの視線が向いたのはハイドではなくこっちだった。
「アリサ。僕が勝ち上がったら一緒にお祝いのケーキを食べようね。僕が用意するから」
「まあ、完全にわたくし得ですわね。応援しておりますわ」
フォンとケーキ。最近は忙しかったから久しぶりだ。嬉しい。
(って、それじゃダメなのに)
実家の方針は変わっていないのだ。馴れあえば馴れあうほど、どんどん難しくなっている気がする。
(でもケーキに罪はないですわよね……)
ということにしておく。毎回そうしてきた。
フォンがいなくなってから、ウルヴィにこそっと耳打ちされた。
「アリサ様、今のって、『この勝利を君に捧げる』ということですよね?」
「え、違うと思いますわよ? わたくしとフォン様は幼なじみで、お茶友だちなだけですわ」
同じようにこそっと答える。
もしかしたらハイドやガーベラに聞こえたかもしれないけれど、ハイドとさっきの話をした後なら影響はないだろう。
トーナメント各ブロックの決勝は、これまでと違って1戦ずつ行われる。応援する側にも力が入る。
最初に出てきたのはアルピウムだ。対する相手もアルピウムと同じくらい体格がいい。手にする武器は2人とも槍だ。模擬戦用の木製で、先は丸くなっている。
「お相手の方も辺境伯家ですわね」
ハイドが有力貴族同士は当たらないように組まれていると言っていたのと矛盾する気がする。
「今年の入学生に辺境伯家が3家あったので、1年生を2グループに分けた時にどうしても1つは当たってしまったようですね。2人とも勝ち上がってくる実力があるというのは、さすが国防の要である辺境伯家といったところでしょうか」
(わかりやすい解説をありがとうございます)
槍同士の戦いを初めて見る。剣のように組みあうことはほとんどなく、お互いに間合いをはかりながら攻撃をくり出す感じだ。
実力は拮抗して見える。
「アルピウムさんーっ! がんばってくださいませーっ!」
飛び交う応援の言葉の中にまぎれて、集中しているアルピウムには届かないだろう。それでも手に汗握って声を張り上げてしまう。
一瞬、2人同時に動きが止まった。先に相手が攻撃をくり出し、アルピウムはスレスレで避けるのと同時に相手の脇腹を突く。
「そこまで!」
審判の声が響いて、アルピウムの勝利が宣言される。
アルピウムがこちらを見て、槍を高々と上げた。
歓声と拍手が上がった。祝うように高速で両手を打ち鳴らす。
「これでアルピウムさんは学舎祭の魔獣戦に進むのが決まったのですわね」
「さすがレオントポディウム辺境伯家ですね」
ハイドの感想にガーベラが格好よかったと言いだし、それに同意する。
「ハァ、うちも殿方になりたい」
ウルヴィが小さな独り言をつぶやいた。
2戦目は、もうひとつの辺境伯家と男爵家だった。こちらは辺境伯家が実力の差を見せつけての圧勝だった。
(やっぱり辺境伯家では武術に秀でることが求められますのね)
3戦目、第一王子ニゲラの登場に黄色い声が上がる。
「ニゲラ様ーっ!」
隣のガーベラもさっきまでより声が大きい。
それに気づいたのか、ニゲラがこちらの方を見て軽く手を上げた。手をふりふりしておく。
ニゲラが普段腰に下げているのは、かなり細身のロングソードだ。一般的なものの半分くらいの幅だろうか。模擬戦のため、その形を模した木刀になっている。
「ニゲラ様の武器は特別製らしいですね。ごく限られた職人にしかできない、鉄を何度も折り返して鍛錬したもので、細身でもかなりの強度があるとか」
「まあ、そうなのですね」
武器もお菓子と同じでいろいろあるらしい。
(折り返して作るなんてパイみたいですわね)
そう思うとちょっとかわいい。
ニゲラの相手は純朴そうな伯爵家の青年だ。かなり緊張しているようで、右足右手を同時に出して闘技場に上がった。
ニゲラと違って、男性の野太い声での応援が多い。
こんな状態で戦えるのかと思ったが、試合が始まると思いのほか俊敏に動いた。ショートソードの二刀流だ。
次々にくり出される剣先にニゲラが押され気味に見える。
「あの、伯爵家が王家を倒してもいいものなのでしょうか」
「それはもちろん。もし勝てたらその才覚が認められこそすれ、怨恨が残るようなことはありませんよ。一般論なので、個人の性格までは保証できませんが」
「そうなのですね」
「けど、難しいでしょうね。彼も頑張っていましたが、戦闘の授業でニゲラ様やフォン様に勝ったことはなかったので」
ハイドの言葉を聞きつつ見守っていると、押されているように見えていたニゲラが何度か剣を振った。相手のショートソードの一本を跳ね上げ、手の甲を打ってもう一本を取り落とさせる。
「そこまで」という声に続いてニゲラの勝利が宣言された。歓声が上がる。今までの試合の何倍も、黄色い声が大きく聞こえる。
(ニゲラ様、人気がありますのね)
生徒会の後輩として嬉しい。
フォン様派か、ニゲラ様派か。
女子学生の人気度はニゲラかなと思ったのと同時に、ニゲラが入場した時以上の声が上がった。女性の声援に混ざって、男性からの応援も多い。
模擬戦の最終試合、王太子フォン・シオン・テオプラストスが闘技場に上がっている。
(フォン様も人気がありますのね)
胸の奥がチクリとして、不思議な感じがした。




