15 知らない男子学生から攻撃を受ける
「取り乱してしまい申し訳ありませんでした」
完全に涙が引っ込んでから、フォンから離れて頭を下げた。
「いいよ。役得だったからね」
(役得……?)
よくわからなくて首をかしげる。フォンが意味深に笑みを深めた。
「カレンは、やっぱり僕の生徒会には合わなかったね」
「やっぱり?」
「うん。去年の早いうちから思ってたんだけど、生徒会を担当している先生から神学科の先生に別の生徒を推薦してほしいって頼んでもらっても、代わりが来なかったんだ。それで仕方なくっていう感じ」
「そうだったのですわね」
生徒会のメンバーは会長が指名すると聞いている。フォンが積極的に指名したのではなく、他に神学科で指名できる人がいなかったかららしい。
「神学科は年によって当たり外れが大きいみたい。ウルヴィ嬢はいいね。アリサに好意があっても距離感はわきまえているから安心できる」
「実りあるお話だったのなら何よりですわ」
ウルヴィを心配して戻ってきたのは取り越し苦労だったようだ。
(その代わり、とんでもないことを聞いてしまいましたわね……)
姉様がフォンの暗殺未遂事件を起こして、当事者のフォンがそれをもみ消して緘口令を敷いたらしい。
母様は姉様を国外追放にしたフォンに復讐するように言っていたけれど、もし暗殺未遂が本当なら、復讐はお門違いにもほどがある。
「カレンから何を言われたのかは、やっぱり僕には言いたくない?」
そっと髪をすくように撫でられ、どこか懇願するような目で見つめられる。
「申し訳ありません。話すことはカレンさんの不利益になると思いますので」
「君が傷つけられたのにカレンを庇うの?」
「わたくしが泣いてしまったのは……、カレンさんが直接の原因ではありませんわ」
「そう。わかった」
引いてくれたけれど、納得しているようではない気がする。
視線が絡まる。どうにも、フォンの銀色の瞳から目を離せない。
ふいに顔が近づいて、頬が軽く触れあう。
(ひゃんっ?!)
ドキッとして、学友の距離にしてはスキンシップが過剰じゃないかと思う。フォンが何を考えているのかがまったくわからない。
「エマは僕が守るからね」
耳元で微かにそう囁かれた気がした。
(またミドルネーム……)
親しい間でしか許されないその名を呼ばれる関係ではないと思うのに、それがイヤではない自分がいる。
翌週、ガーベラと一緒に生徒会室がある共有棟に向かって歩いていると、ふいにミズキが斜め前に飛び出て何かを弾いた。
石だ。それなりの大きさがあり、手で投げたとは思えない速さ、顔面に向かう軌道だった。もし当たっていたらと思うとゾッとする。
「狼藉者です、アリサ様」
言うが早いか、ミズキが目にも止まらない速さで駆ける。
(本当に護衛でしたのね)
これまで平和に過ごしていたから、すっかりメイドという感覚になっていた。
「警備を呼んで参りますわ!」
ガーベラの付き人がそう叫んで走りだす。なんとなく聞き覚えがあるような、ないような声だ。
ガーベラ自身は庇うように前に立ってくれて、安全を確かめるようにあたりを見回す。
学舎の中には、登録がある生徒と教師、付き人しか入れないようになっている。認証用のIDを持っていない人が入ろうとすると警報が鳴り、警備が駆けつける仕組みだ。かなり高価な魔道具で、王宮の守りに匹敵する。外部から入り込んだ人物に狙われた可能性は低い。
そう思っていると、ものの1分もしないうちに、建物の影から男子学生が引きずられてきた。後ろ手に縛られているようだ。
ミズキがゴミを見るような目で、地面に転がっている男を見やる。神学科の制服だ。顔は見たことがない。
「投擲の威力を高める魔法武器を所持していました。方角的にも間違いありません。動機を聞き出してから警備に突き出すのがよろしいかと」
「ガーベラさんの付き人さんが警備を呼びに行ってくれていますわ」
「でしたら手短にいきましょう。折られるのは腕と脚のどちらがいいですか?」
「そんなことが許されると思うのか?! メイドの分際で!」
「もちろんです。アリサ様は公爵令嬢ですから。王族に次ぐ地位を持つアリサ様に攻撃を向けた平民ごときを、アリサ様の代理として粛正するのは道理です」
自分のためだとわかっているけれど、当たり前のように言い切ったミズキがちょっと怖い。止めた方がいいのか止めない方がいいのか迷っていると、共有棟の方から見慣れた姿がやってくる。
「なんの騒ぎかな?」
フォン、ニゲラ、ハイドの生徒会2年生帝王学科の3人とその付き人たちだ。ヤジウマの学生たちが大きく道をあける。
「わたくしに石を投げた者ですわ」
「投げたなんて生優しいものではありませんでした。私が止めなければ、失明すら有り得たかと」
「ふーん?」
フォンはいつもの笑顔のままなのに、どことなく冷気を感じた。
フォンが転がされている男子を見下ろす。
「きみ、カレンの彼氏だよね?」
「え」
相手は否定せず、フォンをニラみ上げた。
「入学早々男漁りに耽る淫乱公爵令嬢に誑かされた低脳な王太子に話すことはない」
(?????)
フォンの周りにそんな人がいただろうか。今年の入学生で公爵令嬢は自分だけだったはずだ。
「なるほど? その女のせいで生徒会から解任されたってカレンに泣きつかれた?」
(解任された?????)
驚きが顔に出たのか、フォンが一瞬こちらを見て口角を上げた。
「1年生にはまだ話してなかったね。カレン・デュラは生徒会書記を解任。先生方の了承も得て、先週の終わりに本人に宣告したんだ」
「え……」
サァッと血の気が引く。自意識過剰かもしれないけれど、自分がうかつに泣いてしまったせいかもしれない。態度はどうあれ、カレンは真実を教えてくれた。それによって彼女に不利益があったのだとしたら申し訳ない。




