13 神学科のカレンとウルヴィ
フォン、カレン、ウルヴィとの4人のお茶会で、内心ため息をつく。
円卓の配置は、自分の両隣に今回のメインになるカレンとウルヴィ、向かいがフォンになっている。使用人を連れているのは自分とフォンだけで、今までと部屋の中の人数は変わらない。
カレンの視線はフォンに固定されていて、こちらには向かない。
「フォン様はどのようなことが好きですか?」
「どうかな。アリサ嬢は?」
「おいしいお菓子を食べることでしょうか。ウルヴィさんはどうですの?」
「うちは、本を読むのが楽しいです」
「まあ、ステキですわね。学舎には図書棟があるから楽しいのではなくて?」
「はい。学舎に入るまでは一冊しか持っていなくて何度も読み返していたから、たくさん本がある学舎は本当に楽しいです」
「フォン様、次の休日の予定は?」
「どうかな。アリサ嬢は?」
「わたくしは……」
ずっとこんな感じで、カレンはフォンにばかり話しかけ、気を遣ってくれているのかフォンはこちらにばかり話を振ってくる。
自分からウルヴィに話を回すのは気遣いよりも、その方が平和な感じがするからだ。そのウルヴィとの話は楽しいけれど、ガチガチに緊張している感じが少し申し訳ない。カレンほど気にしないのもどうかと思うけれど、ウルヴィはもう少し肩の力を抜いてもいいと思う。
自分とウルヴィで話が進むと、カレンはすぐにフォンに次の話題を振る。ここまでこちらの存在感を消してくる人も珍しい。
(いったいどんな教育を受けた方なのかしら)
庶民だからと言ってしまえばそれまでだろうけど、同じ庶民のウルヴィとも違いすぎる。
いくらか話題が巡ってお菓子が減ってきたころで、カレンがまた話を変えた。
「フォン様はどんな女性がお好きなのですか?」
「どうかな。アリサ嬢は?」
「女の子ですか? そうですわね。話しやすいお友だちといるのは楽しいですわ」
なんとなく答えたらフォンがおかしそうに笑った。
「うん。僕はそこで男性の好みに置き換えないアリサが好きだよ」
「え、あ、そういう意味ですの?」
女の子の好き嫌いではなく、異性の好みを聞かれていたらしい。盛大な勘違いが恥ずかしくて顔が熱い。
ここは話を自分から逸らすに限る。
「ウルヴィさんは……?」
「うちもアリサ様のような方が好きです」
「え、あの、異性の好みのことらしいですわよ?」
自分の失敗に乗ってフォローしてくれたのだろう。ウルヴィがいい子すぎる。
そう思っていたら予想外の言葉が続いた。
「間違いではありません。うちは異性として男性ではなく女性が好きですし、公の場では凛としつつも公爵令嬢という高い位に奢らない、アリサ様のあり方に惹かれます。
お顔もとてもかわいらしく、やや小ぶりな胸元もアリサ様らしくてたいへん好ましく……」
頬を染めながらなんということを言うのか。聞いているこちらが恥ずかしくなってくる。
「ウルヴィ嬢」
フォンに静かに呼ばれたウルヴィがハッとして、みるみる顔が青くなる。
「も、申し訳ありませんっ! 身のほども弁えずたいへん失礼なことを申し上げてしまい……」
「咎めているわけじゃないよ。今度個人的に話をしようか」
笑顔のフォンのその言葉で、ウルヴィからますます血の気が引く。
「あの、フォン様? わたくしウルヴィ様のお言葉は嬉しいので、お手柔らかにお願いいたしますね?」
「うんうん、何も心配することはないから安心してね」
なぜだろうか。フォンがいつも以上にいい笑顔なのが逆に不安だ。
ウルヴィがおずおずと見つめてくる。
「嬉しいということはおつきあいをしていただけるのでしょうか」
「わたくしの一存では決められないので、正規のルートで両親に伺いを立てていただければと思いますわ」
と答えるのが普通なのだけど、貴族かどうか以前に、この国では同性で婚姻関係を持つことはできない。結婚の話ではなく、学舎に来てから話に聞いている「個人的なおつきあい」の話だろう。
考えてみるけれど、よくわからない。
「異性というのはよくわからないので、お友だちからでもよろしくて?」
「ありがたき幸せです!」
普段はあまり声が大きくないウルヴィの、一番大きな声を聞いた気がする。
自分の部屋に戻るのと同時にベッドにダイブした。疲れた。すごく疲れた。
(あの後から、なぜかカレンさんから敵意を向けられるようになったし、意味がわからなさすぎますわ……)
直接何かを言われたわけではない。ただなんとなく、自分に向けられる目が攻撃的に見えただけだ。
嫌われるようなことはしていないはずだ。カレンはフォンの方に向くととたんに目が輝くから、フォンからはかわいく見えているのだろうか。そう思うと、なんだかすごくイヤな感じがする。
「ミズキ、わたくし、カレンさんに嫌われることをしていまして?」
こういう話はメイド兼護衛の仕事の範囲外だとはわかっているけれど、客観的に見てどうなのかを知りたくなった。
「100パーセント、フォンのアホンダラのせいなのと、あの女の性格の悪さなので、アリサ様は道端の小石を見下ろすかのようにされていればよろしいかと」
考えたこともない悪口が飛んできて、驚いて跳ね起きた。
「フォン様はアホンダラでして?」
「間違いなく。ああいう、男に命をかけているようなつまらない女は、適当にあしらって好意があると思いこませておけばいいのです。アリサ様のウルヴィさんへの対応を見習えと言いたいです」
「わたくしのウルヴィさんへの対応ですの?」
まったく身に覚えがない。
ミズキが無表情なまま淡々と続ける。
「彼女は使えますよ、アリサ様。ウィステリア様のことを妹のアリサ様が聞き出すのは難しいでしょうが、関係のないウルヴィさんになら口が軽くなることもあるでしょうから。協力してもらってはいかがでしょうか」
「そうですわね……」
ミズキの提案を吟味してみる。確かにそのとおりだけど、あまり気乗りはしない。
「まずはウルヴィさんとお友だちから始めてみたいと思いますわ」




