11 願ってはいけないのはわかっているのに
約束したとおりフォンにも個別のお茶会の打診をしたら、明日にでもという返事がきた。お菓子の手配は大変だろうから用意するとのことだ。
(生徒会長って暇ですの?!)
そんなはずはないのはわかっている。一緒に仕事をしていて、フォンが多くをこなしているのは知っている。成績もいいし、聞く話によると武芸の方も上位らしい。どんな時間配分で生きているのかが謎だ。
元々予定が決まっていたアルピウムとのお茶会日程より前に、フォンと2人のお茶会が入る形になった。
(何を話せばいいのかしら……)
ものすごくドキドキする。他のメンバーにも、慣れているガーベラ以外では緊張するけれど、それとはまた少し違う感じだ。
(姉様の復讐をしないといけない相手だから……、ですわよね?)
時間になると、フォンの付き人がおいしそうなお菓子がたくさん乗った台車を運んできて、手際よくセッティングしてくれた。お茶は自分の付き人のミズキが用意している。
「お招きありがとう。すっごく嬉しい」
(ひゃんっ)
ドアが閉まったとたんに耳元に口を寄せて囁くのはやめてほしい。心臓がもたない。他の人がいない場所だとフォンからの距離が近くなる気がする。
「学友の! 距離なのですわよね?!」
「ははは。そうだね。ガーベラ嬢とはもう5回も個別のお茶会をしているのに、僕はやっとだからね。学友より遠いでしょ?」
言いながら軽く頬を両手で挟まれた。やめてと言う前に放されて、フォンが席につく。
自分も座りながら、改めて今日までのガーベラとのお茶会を数えてみる。正解だ。
「どうして回数までご存知ですの?!」
自分でもちゃんとは把握していなかったのに、だ。
「僕には第3の目があるからね」
「え」
笑って額を示されるけれど、もちろんそんなものはない。まじまじと見ていると、フォンにおかしそうに笑われる。からかわれたのだろう。
ぷーっと頬をふくらませたのに、なぜフォンはニコニコしているのか。
「エマの頬袋は空気じゃなくてお菓子を入れるためにあるんじゃないの?」
「頬袋ではありませんわよ?!」
ハムスターでもリスでもない。げっ歯類にされるのは心外だ。げっ歯類以外にも頬袋がある動物がいた気もするけれど、そういう問題でもない。
さりげなく特別な名前で呼ぶのもやめてほしい。
「フォン様、前にも申し上げましたが、わたくしとフォン様はミド……」
「はい」
目の前に差し出されたフォークには、おいしそうなベイクドチーズケーキ。反射的に食べてしまうのはしかたない。
(お い し い……!)
甘さは幸せだ。細かいことはどうでもいい気がしてくる。
(って、そうじゃありませんわ!)
自分の立場としてすべきことは、フォンに姉について口を滑らせさせるのと、弱点のひとつでも握ることなはずだ。
けれどケーキはおいしい。もぐもぐ。
もう一度ハッとして、改めてフォンの顔を見る。
(フォン様って本当、おきれいですわよね……)
輝く金の髪は太陽から祝福を受けたかのようだ。どことなく幸せそうに細められた目の、銀の瞳の美しさは月の女神に愛されたのだろうか。
(って、そうでもありませんわ!)
ちゃんと考えないとと思ったのと同時に、目の前の光景の真実に気づいた。
(待ってくださいませ! そのフォークはさきほどわたくしにあーんをしたものでは?!)
フォンが当たり前のように、それを使って彼のぶんを食べている。
(え? え?? か、間接キスですわよね?!)
子どものころに、自分がフォンに食べさせたりフォンから食べさせられたりしたことはあった。けれどそれは子どもだったからだ。もちろん親からは止められて、長い間そんなことはしていない。
「僕のぶんももうちょっと食べる?」
優雅なしぐさで食べかけのケーキを切って、ひと口差し出される。もちろん、フォンが使っていたフォークで。
(???!!!)
これをどうしろというのか。
いやむしろ意識しているのは自分だけで、フォンは気づいていなくて、昔と同じようにしているだけなのだろうか。
答えが出る前に、差し出されたケーキを食べていた。条件反射だ。仕方ない。
(お い し い……!)
フォンが用意するケーキやお菓子は本当においしい。幸せな味がする。
「エマは食べもの全般が好きだけど、特に甘いものが好きだよね」
「そ、そうですわね……」
「ひと口に甘いものって言っても、階級とか地方とかで好まれているものが違うのもおもしろいよね」
「そうなのですわ! フォン様がご用意くださるものは王宮でしか食べられないような品質でとてもおいしくて大好きなのですが、庶民のお菓子は庶民のお菓子で……」
おいしいお菓子について話して、一緒にケーキを食べてお茶を飲んで、気がついたらお茶会をしている共同学習室を出ないといけない時間になっていた。
何ひとつ目的が達成できていないことに気づいた時にはもう遅かった。けれど、それでよかったようにも思う。
温かくて幸せな空間だった。願ってはいけないのはわかっているのに、またこうして彼と過ごしたいと願ってしまう。




