1 親愛なる王太子殿下、敬愛なる姉様の復讐をさせてくださいませ
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「アリサ」
普段は冷静な父が、今にも死にそうな顔で自分を呼んだ。完全に血の気が失せている。
ダイニングで夕食を待っていたところに、父と母が入ってきた形だ。
アリサ・エマ・トゥーンベリ。テオプラストス王国トゥーンベリ公爵家第二令嬢。
趣味はおいしいものを食べること。好きな人は知的な姉様ウィステリア・フロリバンダ・トゥーンベリと、幼なじみの王太子フォン・シオン・テオプラストス。フォンは祖父の兄の孫で、血縁関係は再従兄弟にあたる。
この国では、貴族の子女は15歳になった年に2年制の全寮制高等貴族学舎に入り、同年代と研鑽を積んで親交を深める。
姉様が入ったのが2年前、ひとつ下のフォンが入ったのがが去年だ。自分も次の秋には入学する予定でいる。姉様とは時期が重ならないのが残念だ。
去年、フォンの進学タイミングで、姉様とフォンが婚約した。
王侯貴族の結婚は親が決める。すべて政略結婚だ。地位が近くて歳も近い上に、姉様が成績優秀なのもあって、次期王妃として順当な人選だった。
好きな人と好きな人が将来結婚して家族になる。聞いた時には驚いたけれど、それ以上にすごく嬉しかった。
建国祭の休暇で最後に帰ってきた時、姉様は少し疲れた様子だった。生徒会長の仕事が忙しいと言っていたか。次の生徒会長がフォンに決まっていて、引き継ぎが終われば落ちつくようだった。
今はもう姉様の卒業まであと約1月。忙しさはひと段落しただろうか。卒業したら1ヶ月ほど家族との休暇を過ごしてから、自分が学舎に入るのと同じタイミングで王妃見習いとして王宮に住む予定になっている。
帰ってきた姉様から高等貴族学舎の話を聞くのを楽しみにしている。
父が自分の向かいの席、母がその隣に座った。父が一度目を閉じて、長く息を吐き出してから、絞りだすように言葉を形作る。
「落ちついて聞いてほしい」
(まずお父様が落ちつかれるといいと思いますわ)
「ウィステリアが今日のプロム直前に、フォンから婚約破棄され、国外追放になったそうだ」
「え」
プロムは正式なダンスパーティで、社交界デビュー前の最後の予行演習にあたる。2年の学びの中でも重要な行事のひとつだ。
(婚約破棄??? 国外追放?????)
「ええええええっっっっっっ!!!!!!!」
レディにあるまじき叫び声をあげてしまったのは許してほしい。
早馬で運ばれてきた手紙によると、フォンが緘口令を敷いたため詳細はわからないが、姉様がなんらかの罪を犯したらしい。
「ありえませんわっ!!!」
あの聡明な姉が、国外追放になるような罪を犯すはずがない。
「私もそう思うが、事は既に進み、ウィステリアはもう学舎の荷物だけを手に、最も近い国境に移送されているそうだ。
すぐに早馬で生活資金と護衛を送るが、間に合うかどうか」
「わたくしも行きますわ! 姉様に会いに行かせてくださいませ!」
「なりません、アリサ」
母にピシャリと止められた。
「ウィステリアに限って、意図して罪を犯すことはないでしょう。これはなんらかの陰謀に違いありません。あなたが行くことで、ウィステリアと一緒に消される可能性もあるのですよ」
「消さ、え……」
母の言葉が物騒すぎる。
「ウィステリアを邪魔だと判断した何者か……、おそらくはフォンが、口封じの手を打っている可能性もあるという話です。
もちろんそんなことにはならないようにすぐに対処しますが、私たちはもう後手に回っています。ウィステリアが間に合わないなら尚更、アリサ、あなたの安全は守らなくてはなりません」
考えたこともないような話が続いて、情報処理が追いつかない。
「待ってくださいませ、お母様。フォン様が? 姉様を? 消そうとしているということですか?」
「あくまでも可能性のひとつです。けれど、半年ほど前からフォンがウィステリアを遠ざけていたという情報は掴んでいます。その上での婚約破棄と国外追放なのですから、確率の高い可能性でしょう」
「確率の高い可能性……」
世界がひっくり返った感じがする。頭がぐるぐるして、ぐわんぐわんしてきて、どうにも気持ち悪い。
9月。高等貴族学舎に入学する日になった。
学舎に1人だけ連れて行ける付き人には、両親がどこからか選んできたメイドがつけられた。護衛を兼ねられる人なのだそうだ。
姉様に資金を届けに行った使用人たちは帰らないまま連絡がつかなくなっている。姉様からの便りもなく、姉様付きとして高等貴族学舎に同行していたメイドも行方不明だ。両親がいろいろと探ったようだけれど、姉様たちの行方も何が起きたのかも未だにわからない。
(なぜ姉様が婚約破棄され、国外追放になったのか……、何が起きたのかを知りたいですわね)
学舎に行く自分が行方を探すことはできないけれど、学舎でなら何が起きたのかを知れる可能性はあるだろうか。
ぐるぐるし続けている頭の中でそんなことを考えながら馬車に揺られる。
両親からは、自分の身の安全を第一に学生生活を送るように言われている。
その上で、母からはこうも言われた。
「できるならフォンを王太子の座から引きずりおろしなさい」
「それは……、姉様の復讐ですの?」
「ええ。フォンによって婚約を破棄され、国外追放とされたのは事実ですから」
フォン・シオン・テオプラストスに、姉様とトゥーンベリの家名を辱められた復讐を。
そうでもしないと母の腹の虫が収まらないということだろう。
メイドは、護衛でもあり、自分の監視でもあるのだろう。親の道具である子どもに選択権はないし、母の言葉にも一理あると思う自分もいる。
いろいろと複雑ではあるけれど、もう避けようがないことだ。
(フォン様--親愛なる王太子殿下、敬愛なる姉様の復讐をさせてくださいませ)