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地縛霊の憂鬱

作者: 西瓜めろん(にしうり めろん)

 ここは、数年前から閉鎖されているトンネル。

 トンネルの奥、暗闇の中に青白い炎が、ゆらめいている。

 その炎に誘われたかのように、トンネルの入り口に突如、紫色の炎が燃え上がった。

 そして、空中をゆらゆら揺れながら、ゆっくりと青白い炎に近づいて行く。

 二つの炎は人が灯したものではない。この世に思いを残して死んでいった人の魂の炎、いわゆる火の玉だった。やがて紫の火の玉が消え、男の姿が現れた。

「どうしたんだい、陰気な顔をして。顔色もよくないよ。まるで死人みたいだ。あっ、忘れてた、おれたち幽霊だった」

 男は声をあげて笑った。

 青白い火の玉の下に、うつむいてしゃがむ、髪の長い女の姿が浮かび上がった。

「こんなじめじめした所に毎日毎日一人っきりでいるのよ。気がめいらない方がおかしいでしょ。あなたは、どうしてそんなに陽気でいられるの。まったく能天気なんだから」

 女はうらめしそうに男を見あげた。二人とも体が透けて、ほのかに青白く光っていた。

「おれたちには、生きている者のような痛みも苦しみもない。もちろん死の恐怖だって。とっくに死んでるんだから当然さ。くよくよしたって始まらないじゃないか。人生(来世)は大いに楽しまなくっちゃ」

「確かにあたしたちは、体の病気を心配することはないけど、魂が病気になることはあるのよ。あなたのようにどこへでも自由に行ける人はいいわ。来世を楽しむことだってできるでしょう。あたしなんて、ここからどこへも行けないのよ」

 女が立ち上がったと思ったら、いつのまにかトンネルの出口に立っていた。

「あなたが、前にここへ来たの、いつだったかしら」

 女は、ぼんやりと外をながめた。

「そうだねえ…。十年くらい前かな」

「それじゃあ、新しいトンネルができたの、知らないわね」

「へえ、新しいトンネルが…。そうかそれで。さっきから車が一台も通らないから、おかしいと思ってたんだ」

「もともと、あまり人通りは多くなかったけど。隣に新しいトンネルができてから、このトンネルの入り口に柵までされて、誰もここを通らなくなったわ」

 女は、男の目の前に現れた。

「以前は退屈したら、ここを通る人をおどかして、憂さ晴らししてたんだけど。今は誰もやってこないのよ」

 女は寂しそうに言った。

「じゃあ、ここから出て行けばいいじゃないか。例えば、隣の新しいトンネルなんてどうだい」

「だからあたしは、あなたのような浮遊霊とは違うって言ってるでしょ。あたしは地縛霊、見えない鎖でここに縛りつけられているの」

「地縛霊って窮屈だね。そもそも、なんで君は、ここに縛りつけられることになったんだい?」

「彼とドライブしてて、このトンネルを出たすぐの急なカーブを曲がりそこねて、崖下へ真っ逆さま。彼は途中で車の窓から投げ出されて助かったけど、あたしは、車ごと谷底へ」

「彼は途中下車の旅、君は冥途の旅ってとこかな」

「ふざけないでよ!はじめ何が起こったか分からなかった。体が軽くなって浮き上がったと思ったら、崖の上の道までふわって昇ってた。そして、なぜかしらトンネルの中に入って行ったの。街灯に引き寄せられる蛾のようにね。それから、ここを離れられなくなったってわけ」

「彼を恨んでいるかい」

「そうね、はじめの頃は恨んだわ。あたしの命を奪って、自分はぬけぬけと生きてる。花の一本だって供えに来たことないのよ。

 それに、あたしには夢があったの。一瞬で命も夢も奪われた。八つ当たりだって思うかもしれないけど、あたしは、ここを通る人に、やり場のない怒りをぶつけてたの。そして、いつのまにか人をおどかすことが生きがい、幽霊が生きがいっていうのも変だけど、楽しみになったの。

 そうしているうちに、あたしの怒りもだんだん治まっていったわ。そんなあたしの唯一の楽しみが奪われてしまったのよ。分かるあたしの気持ち」

「分かるよ。ぼくらにとって生きていた時間よりも、死んでからの時間の方がはるかに長い。何か張り合いがないと時間をもてあましてしまう。君はここを出て、広い世界を見た方がいい」

「そんなの無理よ。あたしの力ではどうすることもできない」

「君だけでは…ね。ぼくにいい考えがあるんだ。どう、やってみる?」

 その日の夜、浮遊霊の男は日本中から仲間を集めた。彼らはトンネルの入り口近く、新しいトンネルと古いトンネルへと分岐する道の手前で、通行する車をおどかした。

 走る車の後部座席にすわり、シートをぬらして消える幽霊。車の窓ガラスに血の手形をつける幽霊。車の天井めがけてダイビングする幽霊。相手の家までのこのこ憑いて行くあつかましい幽霊もいた。

 毎夜おのおのが、あの手この手で通りかかる人間をおどかした。

 世の中には物好きな人間もいるもので、幽霊が出るといううわさを聞きつけ、わざわざ見物に来る者もいた。

 柵をこじ開けて古いトンネルに入ってくる連中もいた。そんなやからには、トンネルの主=地縛霊の女が特別メニューで、もてなした。あげくにテレビ局までが撮影にやって来た。

「ここは、今話題の心霊スポット、旧里山トンネルです。このトンネル付近でよく幽霊が目撃されているということです。わたし大桃梨花がレポートさせていただきます。今日は心霊研究家の福渡さんにも同行していただきます。福渡さん、よろしくお願いします」

「こちらこそ、よろしくお願いします」

「どうですか、福渡さん。幽霊は出そうですか」

「そうですねえ。こちらの古いトンネル、旧里山トンネルに異様な気配を感じますね」

「そうですか。それでは、これから旧里山トンネルの中に入っていきたいと思います」

 大桃を先頭に福渡と番組スタッフのカメラマン、音声さんがトンネルの中に入って行った。真っ暗なトンネル。懐中電灯の光が、コンクリートの割れ目から水がしみ出ている壁を照らす。

「外の暑さがうそのようです。空気が肌寒くて、何か出てきてもおかしくない雰囲気です」

 こわごわレポートする大桃。

「ザザザザーーー。で・て・い・けーーー。ザーーーーー」

「ちょっと待って」

 音声さんが、緊迫した声をあげた。

「マイクに雑音と奇妙な音声が!」

 その瞬間、カメラの映像が乱れ、懐中電灯が消え、辺りは真っ暗に。

「キャー」

 悲鳴をあげて、その場にしゃがみ込む大桃。

「バタバタバタバタ」

 福渡を先頭に一目散に逃げ出すスタッフたち。大桃がただ一人、暗闇の中に取り残された。

 トンネルから出て平静を取り戻したスタッフたちは、大桃をトンネルの中に置き去りにしたことに気づいた。彼女を捜しに戻ろうか、戻るまいかと考えあぐねていたところ、トンネルから大桃が出てきた。

「大丈夫でしたか?」

 福渡がおずおずと尋ねた。

「なにが?」

「なにがって、その…。トンネルに取り残されただろう」

「怖い思いをさせたんじゃ…」

 スタッフが口々に声を掛けた。二人とも大桃をトンネルに置き去りにしたことに後ろめたさを感じているようだ。

「ええ、大丈夫です。ご心配をおかけしました」

 何事もなかったかのように平然と答える大桃。


 この日を境に、旧里山トンネル付近で幽霊が目撃されることはなくなった。幽霊のうわさも、次第にきかれなくなった。

 幽霊たちはどこに消えたのだろうか。


 後日、テレビ局のスタッフが、取材映像を確認したところ、トンネル内の映像は全く録画されていなかった。結局、何らかの原因で機械の不具合が生じたのではないかということで片付けられた。

 ただ、テレビ局で機械が急に故障したり、照明が落ちたりと、おかしな出来事が頻繁に起こるようになった。旧里山トンネルの幽霊の祟りではないかといううわさが立った。

 そのうえ、旧里山トンネルのレポート以来、まるで別人のように大桃の人格が変わってしまった。よく言えば天真爛漫、悪く言えば少々お目出たい性格だったが、老練な大人の女性といった落ち着いた雰囲気を醸し出すようになった。

 消えた旧里山トンネルの女幽霊と何か関係があるのだろうか?

 真相はやぶの中だ。

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