最終話 シェアルームには私が好きになったあなたがいる
私が固まっていると、すぐそばに清水くんは歩み寄ってきた。
「……部屋にいたら、江口と大塚さんが口論しているような、声が聴こえて……大丈夫かな、って心配になってきたんだけど」
清水くんの部屋まで声が届いて――ということは。
「……聞こえ……」
「てた」
私の言葉に、清水くんは肯定した。
「あの、どこから、なにが聞こえましたか」
「清水くんが好きですから……」
……うわあああああ。
聞かれたくないことを、まるごと。
泣きながら清水くんが好きです発言を――聞かれてしまった。
死にたいです、誰か殺してください、どうか埋めてください。
「とりあえず、ここじゃなんだから、俺の部屋で……」
清水くんは私の手をぐい、と引いた。
なんの躊躇ちゅうちょもなく。
大人しく私はついていき、清水くんの部屋に入ってすぐ、扉を閉めるとその前でしゃがみ込んだ。
「どうして、扉の前に……こっちのソファーに座ればいいのに」
「いえ、ちょっと脱出経路を確保しようと」
「脱出経路……?」
しゃがみこんだ私の顔を、清水くんは覗き込んできたので、私は手で顔を覆って深く顔を埋める。もちろん顔を見ないようにするつもりで。
「それで」
耳元で声は聞こえるけれども、さすがに盛大な告白をしてしまった恥ずかしさで、顔をあげられない。
「ありがとう」
「何をですか」
「大塚さん、こっち見て」
「嫌です無理です本当に無理です死にそうです」
「……じゃあ、そのままでいいから聞いてくれる?」
清水くんの手が私の頭を撫でる感触が伝わってくる。
「大塚さんが以前、江口が好きだったと部屋で泣いていた時……その気持ちを俺に向けて欲しいと……そう思って、ずっと考えてた。何度か伝えようと思ってたけど、まだ恋愛は辛いと思っているかもしれないし」
え、と私は思わず顔を上げた。
「でも俺も……」
すぐ目前には清水くんが――私の目を、しっかりと見つめて。
「大塚さんが好きです」
……なぜか敬語で。
「で、でも! 今回は大塚さんに先に言わせちゃった、から――今度からは自分からきちんと伝えるから安心して! 絶対に、合意がなければ何もしないし……その、大丈夫。順番は守るから! でもほら、付き合っていけば、そのうち結婚や挨拶も――」
真面目かっ?!
いや、もうすでに結婚とかキーワードって、早すぎでは! 大丈夫なのかは私こっちのセリフでは?!
ん? 順番?
《《合意がなければ何もしない》》……?
合意……?
「それじゃあ、その」
コホンと改まった清水くんは私の真後ろの壁に片手をつく。少しかがめば触れる鼻先、かかる吐息。じわりじわりと近づく身体。頬に添えられた大きな手。煮えたぎるような身体の熱に焦り体を離すとドン、と背中に壁が当たる。
とてつもなく甘い口調と低い声はすぐ耳元近くで。
「キス、していいかな」
イエスといったら、これからどうなってしまうのだろう。ぶわりと全身が沸騰したように熱くなる。そういえばこの扉は内開き。つまり私、いや私たちが退かなければ扉は開かない。脱出経路は自分で絶ってしまった。回避不可能なこの状況。
私は今、そんな安全なはずだったこの超危険人物から――
今すぐにでも互いに触れてしまいそうな唇に
このシチュエーションで
私の合意待ちという――
いつぞや聞いた史上最大の――
天然爆弾ハラスメントの直撃を受けている。




