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酔闇(よいやみ)

 薄闇から本格的に夜に変わった頃、私が帰宅すると、リビングで清水くんと鉢合わせした。というのも――


「あれ、珍しいですね……どうしたんですか」


 それもそうだ、ソファーに座る清水くんの目の前、テーブルの上にお酒の瓶が置かれていた。比較的小さめの、ペットボトル程度の大きさのものだったが1……2……3本くらいだろうか。


「……おかえり、大塚さん……」


 グラスを持ってぼうっとしている清水くんをチラリと見やる。


「いつもこんなに飲んでるんですか?」


 初めて見る様子に、私は思わず尋ねてしまった。清水くんにお酒、というイメージがどうにもわかなかったのだ。


「いや、そもそも――あんまりお酒好きじゃないから普段は飲まない。本当に久しぶりで。今日はちょっと飲みたい気分で試しに。でも、飲んでみたけどやっぱりそこまで酔えなかった」


「飲みたい気分、だったんですか」

「飲んだら、気が大きくなるかもと思って」


 気が大きくなる、それでどうしたいのだろう。


「酒を飲むと江口がさ、だいたい本音がポロリとでるんだ。いつも不思議に思ってた、けど――やっぱり、わからなくて。もっと飲まなきゃいけなかったのかな」


 ……見えないだけで、相当に酔っているのでは? いつもより、すごく饒舌じょうぜつなのだけれども。


「でも、あまり飲みすぎちゃうと酔いが覚めた時に怖そうですね」

「……まあ、そうなのかもしれないけど。大塚さんは飲んだことはある?」


「ないですね。でもせっかく大人になったんだし、そのうち……私も飲んでみようかな……くらいには思ってますけど」

「そっか。それなら、よかったら」


 勧められたけど、私は首を振る。

 今はどうしてもそんな気分ではなくて。

 少し残念そうにしながら、清水くんはグラスを置いた。目が据すわっているようにも見える。


「……江口と仲良くなったね」

「仲がいい、んでしょうか……」


 江口先輩のコミュニケーション能力であれば、私程度――いや、私以上に親しい子などは盛りだくさんであろう。そう考えれば、否定した方がいい気もする。


「相当――仲がいいよ。少なくとも江口が女の子を……下の名前で呼び捨てするなんて、他に聞いたことがないし」 


「そうなんですか」


 そういえば、とユキちゃんも『ちゃん』付けだったことを思い出す。

 だからといって、それだけで仲がいいといわれると早計そうけいだ。


「あれだけのコミュニケーション能力は、羨ましいなって。どうしてそれが俺にはできないんだろう、ってコンプレックスを感じる時もある」


「江口先輩だからですよ、ああまでは普通いかないですから」


 実際に私がどういおうが、押し切ってきそうだ。いや、違う。押し切っている。


「ここにきた当初に比べれば、ずっと笑顔も出るしさ」


「でもそれは、清水くんが協力してくれたからで」


「それに、江口あいつは男の俺から見ても、ああ、確かにかっこいいな、って感心する時あるし」


「え、でも」


 清水くんも相当なものなのに? いや、清水くんの顔立ちや雰囲気を好みの人は多そうだけど……そんな彼でもそう思うこともあるのだと、驚きを隠せない。


「だから、自信がなくて……いや、こんなことを大塚さんにいっても仕方がないのはわかってるんだけど」

 

 薄く目を細め、自虐的に笑う。


「どうしても不利だな、って思う。日を追うごとにとても強くなるし、以前よりずっと苦しくなる。もう少し距離を縮めたいのに、もっと触れたいのに――怖がらせたり逃げられたり、嫌がられたりしたら。だから、俺が――」

 

 ……強くなる、とは? 清水くんはソファーから立ち上がろうとして、よろめいた。思わず私はかけより、彼を支える。身体をまるごと支えようとした――けれど私は支えきれず、そのままゆっくりとそっと、その場に座り込ませた。私も横に一緒に引っ張られ、無理やりの形で座らされる。どうやら、先ほどからわかりにくだけで、相当酔っているようだ。それでも清水くんは私にかまわず、続ける。


「……例えばここで、俺が何か行動することによって」


 清水くんは私の方を見る。揺らめく瞳で、ぼんやりとしているようだ。手を伸ばし顎あごに指が添えられ、私は強制的に上を向かされた。


 また、だ。 

 また――この緊張感。


「拒絶が一番怖くて……どうしても進めなくて」


 悲しそうな顔だ。

 泣きたいのに泣けない、そんな感じの。

 ……清水くんも、私と同じような気持ちを抱えているのかもしれない。


 誰だって完璧じゃなくて、不安で、どうしようもなくて。何かに対して苦しんで。


 ――色んな悩みを抱えていて。


「結果が見えなくて――どうしようもなく怖い」


 清水くんの手に少しだけ触れる。びくりと反応して、彼は下を向いた。それに彼の指は――とても、震えていた。


 私はその彼の手を、両手で優しく包み、ただ、物言わず――


 いつかの彼が私にしてくれたように、

 そう優しく接してくれたように――


 私は、その日、その夜。

 

 ただ、黙って彼の傍にいることしかできなかった――。

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