2人で買い物
「大塚さん、ハンバーグを一緒に作って欲しい」
私の部屋を訪ねてきた清水くんは、開口一番にそう切り出した。
「別にハンバーグでなくてもいいんだけど、作り置きはなくなっちゃったし、コンビニばかりもね。手間じゃなければ煮込みハンバーグでも……」
……どうやらハンバーグ縛りのようだ。
それほど食べたいようならば、私も全力で協力を惜しまない。
「じゃあ材料がないので、これから買いに行ってきますね。えっと、合い挽きでいいですよね?」
「合い挽き?」
そうか、清水くんは料理をあまりしていないから、そのあたりがわからないのかもしれない。
「ハンバーグの材料です。牛肉と豚肉を合わせたもので……」
「それなら」
買い物の知識も教えて欲しい、と一緒に連れ出され、私は今に至る。
「けっこう人がいますね」
「いつも一人で歩いてるから、気にしたことなかったけど……はぐれないようにね」
そういえば、確かに私たちは連絡先をお互いに知らない。つまり、それはここではぐれたら合流までが大変ということだ。
ごった返しとなった駅前商店街の入り口で、私たちは頷うなずきあった。
「人にぶつかると危ないから、俺が前を歩くよ」
そういって、清水くんは私の前をゆっくりと歩く。
……すごい、さりげない配慮が当たり前にできる清水くんに感心してしまう。私は商店街の呼びかける声や混雑具合に夢中になり、思わずきょろきょろしてしまう。すると、清水くんが急に止まった。
「わわっ」
ぶつかった瞬間、清水くんの背中に激突する。転ばないように、そのままがしりと思わず後ろから抱き着きそうになり――それはマズイと、慌てて背中の服にしがみついてしまった。
「大丈夫? ここだけ信号があるんだ、急に止まってゴメンね」
「……私こそ、ごめんなさい。前をよく見てなくて」
「うーん、確かに俺が前だとそれはそれでダメだよな。手を……」
いいかけて、清水くんは止めた。
確かに手を繋ぐ、のは気恥ずかしいものが……。
「……その、じゃあ、俺の腕を持ってればいいよ、ほら……それなら、はぐれないと思うし」
手を繋ぐのはどうにも阻まれる。だから、腕ならば――おそらく私と同じことを、清水くんも思ったのだろう。
確かに直接触れるわけではない。持つのはあくまで服だし、それならば気にしなくても良さそうだ。
「じゃあ」
そういって、私は清水くんの腕を取った。
****
――しくじった。
商店街内を楽しげに歩く恋人同士っぽい人たちは、私たちと同じように腕を組んでいる。
よくよく考えてみたら、腕を組むということはそれなりに密着するということだ。私はそのことを完全に失念しつねんしていた。素肌というべき手を繋ぐよりも腕(服)の方がまだいいと思っていたのに、逆転現象がここで起きている。
そうして、清水くんをチラッと見上げると、頬から耳まで全て赤くなっていて、全然気にしない風を装ってくれているが――絶対これ、「うわぁ、やっちゃったなぁ……」と、思っているであろうことが、見て取れる。
……同感です。
さすがに言ってみようか? こっちの方が密着度高くないですか、って指摘を? ……いまさら? ……私は早々に諦めた。
お互いもう、後には引けなくなっている。
私も同じく晒さらし者になるので、どうにかこのまま収おさめていただきたい。
買い物のコツをあれこれと伝え、カートをひいているときにさりげなく腕から手を離した。こみあげる物寂しさはきっと人肌のぬくもりが消えたからだろうと頭の片隅に押し込む。
買い物を終え、さりげなく重い荷物を持ってくれる。
再び腕をもっていいのか、躊躇ちゅうちょしている私に、清水くんは首をかしげて問いかけてきた。
「……大丈夫だよ? はぐれるからさ、腕を持ってくれれば」と。
とても――そんな優しすぎる清水くんの横顔を見て、私の胸がずきりと痛くなる。切なさをほんのりと感じる、そんな夕暮れだった。




