表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

13/36

少しの進歩

 ガチャリと玄関が開けられた音で、私たちはバッと離れた。


 やってしまった。

 ……トンでもないことをやらかしてしまった。


「ただいまあ」


 この声はユキちゃんだ!

 天の助けのユキちゃんだ!!

 持つべきものは、ユキちゃんだ!!!


 キッチンから玄関までを全力ダッシュして、「おかえり!」と抱きつく。


「美奈、どしたの」

 

 抱きつき黙ったままの私を、いつも通り撫でてくれる。


「瑛太くんも、ただいまぁ~」

「……おかえり」


 私たちの様子の変化には気づかなかったのか、ユキちゃんはキッチン台の上に置かれたタッパーを見つめている。


「ああ、二人で料理作ってたんだ? いいね、私も今度一緒に作るのお願いしようかな。美奈って結構料理上手いよね」


 そういってユキちゃんは「暑い」と、泣きそうな私をむりくり引き剥がし、非情にも部屋へと戻っていった。


 気まずい空気の中で、どうしようか考えていた直後にまた玄関が開かれ、ひょっこりと江口先輩が現れた。

 

「ただいま、……ってまたあんた料理作ってるの? って……瑛太まで?」


 私の体が思わずこわばる。

 そのちょっとした私の異変に気付いたのか、清水くんは傍に立ちポンと軽く肩を置かれた。

「おかえり、江口」

「おかえりなさい、江口先輩。は、はい……一緒に作ってます」


 がんばって、下を見ながらだけれども普通の口調で声を出した。相当に小さい声だったけれど。でも、清水くんのフォローに救われたのは事実だ。


「俺もやりたくて料理作ったけど思ってたよりかは難しくなかった。……次から3人で作るか?」

「……んー、瑛太が上手くなったら、俺も考えよっかな。でも面倒だよなあ」


 そういって、「部屋戻るわ」と、片手をあげ先輩は去っていった。はあ、とため息をついた後、清水くんは口を開く。


「……できたね」


 その言葉が私の心に沁みわたる。

 そう、間違いなく言えた、おかえりなさいも、ほんの少しだけの会話も。


「……ありがとう、ございます……」


 私の心は少しだけ楽になった。

 うん、そうだ。

 江口先輩に少しだけ挨拶できた。

 

 私は少しずつ、本当に少しずつだけれども、私は、進んでいる。


「……本当に、ありがとうございます」


 じんわりと心が少しずつ温かくなっていき、清水くんの顔を少しだけ見る。


 すると彼はとても、優しい表情を浮かべ、


 そのまま――


 そしてそれ以上何も言うことなく、


 ただ静かに私を見てくれていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ