地獄の30分クッキング③
「……キッチンペーパーでも代用できるので、そちらにしましょう」
私、いや私たちはなんとか気を取り戻し作業を続ける。ショック療法ではないけれど、清水くんには少しだけ慣れてきた気も……しないこともない。少しだけ。
「……ごめんね」
「とりあえず料理を続けますから」
「はい」
恥ずかしさを誤魔化すため、かぶせ気味に私がいうと、清水くんはその後申し訳なさそうに眉を下げつつ押し黙った。調味料を伝え、鍋に投入していく。
「ジャガイモに火が通ったら完成です。冷ましてる時に味がしみるので」
ぐつぐつと中火で煮て、カレーライスも作っていく。
「ええと、今日は簡単なのを作りましたけど……他に、例えばどんなのが作りたいですか? 好きな料理とかのリクエストがあれば……次回、一緒に作りますし」
清水くんはしばし考えた後、口を開いた。
「ハンバーグと豚カツ、ゴーヤチャンプルー……かな」
「ハンバーグなら作り置きできますね、次回はそうしましょうか。ゴーヤは時期じゃないから……さすがに難しいですけど」
そうこうしている間に、続々と完成していく料理。
「竹串を使って……じゃがいもに刺してくださいね? スッと通ったらオッケーですよ?」
清水くんはコクリと頷く。それぞれが竹串を取ろうとして、清水くんがいち早くサッと取った。もう少しで手が重なりそうになる寸前で、私の手はピタリと止まる。……危なく清水くんの手を握るところだった。これ以上の心臓が破裂しそうなトラブルはごめん被りたい。
冷ますためにタッパーに移し終え、片付ける。
しゃがみこみ、シンク下に洗った鍋をしまおうと屈む。よし、つつがなく終わった、と思った瞬間の出来事だった。
「大塚さん! 包丁が」
その言葉の途中で、シンクの上で包丁の柄が出たままになっていたことを思い出す。私が立ち上がる時に触れたかも――落ちそうになっている包丁を視界の端で見捕える。私は後悔した。先ほど片付けるときに、とりあえずここに――と、変な位置に包丁を置いたことを。
ぐい、と清水くんが私を、私の腕を力強く引いた。
そのままドス、と床に突き刺さった包丁で私の心臓が冷える。ここのキッチンに置いてあった包丁は誰も使っていないため新品同様だった。研いだばかりのごとく鋭利で。もし、あれが身体のどこかに刺さっていたら……、と想像もしたくない。
恐怖で心臓がどくどくと鳴る。深々と床に突き立ててある包丁をじっと見つめ、怪我がなく本当に良かったと心から安堵した。
「良かった……」
私は床にへたりこむように座った状態で、耳元すぐで清水くんのほっとした声が聴こえる。そうだ、彼に助けてもらったんだ。お礼をいわないと、と首に回されてた腕に手を添え、「あ、ありがとう……ございます」と後ろを振り返り――
むに、と唇に何かが当たる感触がした。
横顔が、目の前に見える。
あ、これは頬だ。ということは私は――清水くんの頬に私の唇を押し当てて――……?
清水くんは状況が飲み込めてないのか固まってしまい――ゆっくりと離れたけれども、そのまま微動だにしない。
「ご、ごめんなさい!」
そうやって、私が対面に座り直し清水くんの頬を袖でゴシゴシと擦ると、ようやく清水くんは我にかえった。
「い、いや、大丈夫!」
慌ててガシッと私の手首を掴む。
「いや……わ、わかってるから。その、キスって合意の上でするものだし、今回は不可抗力の頬だからセーフ……だよ? ……たぶん。ああ、いや、これから口にしてくれってアピールじゃなくて! そうじゃなくて……」
真面目か?!
そしてさらにパニックになってるからなのか、色々ともうすごい発言を口走っているような!?
手首を掴んで離さぬまま、じっとこちらを見てきて、私の心臓の鼓動は跳ねたままだ。気恥ずかしさと居たたまれなさで、思わず私は逃げるように目を伏せる。
「あ、あの……」
「……わざとじゃないのはわかってるから、気にしなくて……」
そして、ガチャリ、と玄関のドアが開かれる音がした。




