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地獄の30分クッキング②

「さて」


 エプロンをつけ、私と清水くんはキッチンに立った。


「実家から野菜が大量にきちゃって。作り置きしたいので、一緒にどうかなって、誘いました」


 ものは言いよう。というより清水くんにも手伝ってもらわないと、使いきれないほどの大量の野菜たちが、いまやカウンターキッチンを埋め尽くしている。気兼ねなく参加してほしくて、なんとかそれらしく口実を作る。


 少しだけ緊張しながら、私はキッチン台にじゃがいもとニンジンと玉ねぎを置いた。冷蔵庫には肉が入っている。それぞれ並べられた野菜たちを一瞥(いちべつ)した。


「材料は共通で、肉じゃがとカレーができます。もちろん、味付けは変えますけど。カレーにはマッシュルーム、肉じゃがには彩りとして最後にインゲンを追加で入れてもいいかもしれません。苦手じゃなければ」


「へぇ……」

「ニンジンと玉ねぎは余る気がするので、マリネなんかも作りましょうか」


「同じ材料で作れるのはいいね、俺でもできそう。頑張れば、だけど」


 清水くんにそれぞれの皮むきを丁寧に教えていく。基本的に器用なのかもしれない、順調に黙々と作業を進めてくれる。ニンジンの皮がピーラーでキレイに剥くのに感動している。そんな姿をみて、つい口元を緩めてしまった。


「笑ったね」


 いわれて、はっと我に返った。


「あ、あの」

「うん、いいんじゃないかな。少しずつ慣れていけばって俺も思うし。じゃあ――なにか、話ながら作業しようよ」

「話しながら……?」

「……お互いのことを知ったりすれば、慣れるかも?」


 確かに、そうかも。


「どんな話がいいかなぁ、いいアイデアない?」

「じゃあ――清水くんの昔のお話をしてもらいたいです」

「俺の昔話……」


 蛇口の水がぽちゃんと1滴垂れて、清水くんはぎゅっと蛇口を捻った。ふたたび、ぎゅっと。


「――俺さ、ケーキを作ろうと思ったことがあったんだ。誕生日にまるごとホールケーキを食べたいって思って」


 懐かしむような口調だった。なんだか子供らしい、というか可愛らしい願望だ。甘い物は結構好きなのだろうか。


「ホールケーキって高いだろ? だから、自分で作ろうと思ったんだ。純粋にケーキを焼くのは、卵と小麦粉を混ぜればいいと思ってて」

「え、ケーキって薄力粉ですよね?」

「小麦粉じゃなかったの?」

「薄力粉と無塩バターと卵……とかですかね。なんのケーキを作るかによりますけど」

「そこから違ってたのか。俺も小学生だったからさ、あんまりその辺りはわかんなくて。とりあえず砂糖とか入れたと思う。分量も適当だったし」


 寂しそうな表情を浮かべた。


「ぜんぜん膨らまなかったんだ。てんでダメで、出来上がったのは焦げてぺしゃんこになったやつでさ。それでも食べようと頑張ったんだけど、苦くて無理だった。仕方なく捨てるしかなくて――悔しかったな。結局、親が買ってきてくれたお店の美味しいケーキを食べたんだ。でも」


 少し言い辛そうに、口を再び開く。


「失敗したその日から、作りたい気持ちと作れない気持ちがあって」

「……」

「あ、ごめん、料理の話をしようとしたら――暗い話になっちゃったね」

「あ、いえ」


 作りたいけど、作れなかった誕生日ケーキ。

 どうしても悲しそうな表情が忘れられない。なんとか、できないだろうか。

 清水くんの誕生日っていつだろうか。

 よければ一緒に作りますよ、誕生日いつですか、なんて聞いたら彼女でもないのになんだか重い、って――思われるだろうか。引かれるだろうか、あの時みたいに。迷惑、だろうか。


 私の心の中でさまざまな思いが交錯する。

 できることなら、清水くんとケーキを作れないだろうか。


「あ、ぐつぐつ煮え立ってる! こぼれそう」


 はっと我にかえり弱火に切り替えた。


「それじゃあ、続きしようか」


 低めの声は静かで、落ち着く。少しずつ緊張がほぐれていった。料理って意外と面白いかも、とほんのりと口を緩める清水くんに少しだけ癒される。私の口角もゆっくりとあがっていく。こういう時間、いいな――なんて、思いながら。


「肉じゃがは落とし(ぶた)で煮込みますね、ってアレ……」


 私は棚の下の部分を次々と開けた。が、やはりというべきソレがない。


「あの……もしかして落とし蓋、ないですかね……?」


「どうだろう。俺はフタまでは買ってないし見たことはない、でもモノによっては……? 鍋とかはもともとあったから、置いてある可能性も否定できないかなぁ」


 清水くんとガタガタとキッチン周りの棚を開け鍋蓋を探す。私はキッチン周りをぐるりと見やり、高い位置に戸棚を見つけた。


「あ、上にも棚がありますね」


 チラリと私は真上を見上げ、棚に手をかける。が、さすがに高い位置にある取っ手までは背伸びしても届かない。


「俺がやるからいいよ」


 ひょいっと清水くんは私の真後ろに立つと片手はキッチン台に手をかけ、もう片方の手で棚の取っ手を引き戸棚をカパリと開けた。


……待って。

……待って、この体勢って。


 自分の状況を俯瞰(ふかん)する。

間違いない、清水くんに後ろから包まれている。


 絶叫したくなったがそんなことをすれば、前回の二の舞。身を固くし、私はただ清水くんがどうか気付きませんように、と必死で祈る。


「ないな」


 ガサゴソと棚を覗き込むように探しはじめた。


「ちょっとゴメン、掴まらせて」


 私の肩にトンと手をのせる。……まさにトンでもないことになってしまった。静かに森の奥に置かれた菩薩(ぼさつ)のごとく心頭滅却(しんとうめっきゃく)している私の頭の上から容赦(ようしゃ)なく声が降ってくる。


「……大塚さん、ダメだ。それらしいのは……な……い?」


 そこでピタリ、と背中越しの清水くんの動きが止まった。 


「……」


 恐る恐る、確認を含め私は清水くんの方を、というよりももう、ほとんど真上をわずかに見上げた。そこには、「やってしまった」といわんばかりで真っ青になったと思ったら今度は頬から耳たぶまでも真っ赤に染めかえていく清水くんがいた。私も学習して今回はあえて言わないように必死で耐え、そして忍びつつ、ひたすらにじっとしてたのに。私の祈りは徒労に終わったようだ。


 ゆっくりと手を口に当て、そろそろと離れながら清水くんは私を見やる。沈黙を保っていた清水くんは、やがて気を取り戻したように、ようやく口を開く。


「わざとじゃ……」

「わかってます」


 畳み掛けるように返答した私に対し、「気をつけます」と、清水くんはとうとう敬語になってしまった。

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