【天使】養殖(2)
上着のすそを持ち上げ、自身のわきから上を包んだ巾着たちが、手にした刃物を外に突き出し、大通りの人々を襲いはじめ、少女の親友もまた巾着化……。
少女の周囲はもう、次々に逃げ出す恐慌状態の人群れであふれてて。
「キンチャクレ……キンチャクリテ、キリサケ……」
うわごとめいてつぶやく襟紗鈴が、巾着から突き出したナイフ振り振り、強引に道つくってさまよい離れていくんを追いかけようとして。
足を止め、見ひらいた少女の目。
巾着に追われてきたらしい、いくつもの横路からなだれこんで来たいくつものパニック集団が、いまこの瞬間、この大通り、彼女の目の前で合流しよった。
刃物を手にした巾着らよりも恐ろしい、膨れあがった押し寄せる暴走を、少女は魅せられたみたいに見つめ……。
群衆に踏みつぶされる寸前、乱暴にえり首つかまれ、ビルとビルの隙間へ引っぱりこまれよった。
「手のかかる【爆心予定者】そかり。吾に肉体労働をさせるな」
引っぱりこんだとき痛めたらしい手首ぶらぶらさして、見知らぬサングラスの美女が顔しかめて少女に言い、
「お嬢ちゃん、あぶないとこやったな。怪我ないか?」
とは、美女の隣に立つ長身猫背の男。
少女は憤然と声上げて、猫背男をのけぞらせよった。
「誰も助けてほしいなんて頼んでません! 襟紗鈴ちゃん見失っちゃったじゃん、さよな……!」
ら、まで言い終えられんかったんは、目の前の見知らん美女がサングラス取ったから。
煮えながら透きとおるワインとマグマのカクテルみたいな、深こうて赤い瞳。
絢爛たる金髪に、艶めいた褐色の肌、そこへ色素欠乏を思わせる赤目。
こんな取り合わせの人間を、少女はいままで見たことあらへん。
生きものとして美しい……そう、思た。
「少し黙れそかり、【準民】。ただでさえ聞き苦しい【準弁】で、この状況を前に言えるのがその程度とは」
馬鹿にしきった口調の金髪赤眼美女。
じゅんみん? じゅんべん? ぽかんてなるしかない少女。
「【神女】はん、少々お急ぎになったほうが……」
男がうながし、美女はうなずき。
「さて娘、汝は親友を救いたいそかり? そのためにどんな犠牲を払える? たとえば、命を懸けれるか?」
「……懸けれます!」
ほぼ反射的、衝動的に飛び出た回答に、【神女】はじつに満足げに口角持ち上げ、
「聞いたか【天使長】、感想は?」
「へえ。標準弁のお人は手軽に命差し出しまんなあ」
ぽつっとつぶやいた男に、やっぱしうなずいて、
「感心そかり。『カミカゼ』を生んだだけはある」
「わてらではこうは行きまへんわ」
少女に向きなおり、男はさとすみたいに、
「あんなあ、お嬢やん。たとえ言葉上のやりとりちゅうても、生命をそう軽うにあつこうたらあかんで。ノリや状況いうもんにいちいち流されとったら、助かるもんも……どないしたんっ? わて、なんか言うた?」
声ひっくり返ったんは、少女の頬を粒のでかい涙が伝い落ちよったから。
「……かわいそう……」
「かわいそうて、え? わてが? なんで?」
「……せっかくこんな素敵な国に生まれてきたのに、そんなおかしな言葉づかいで人生過ごさなきゃならないなんて……!」
「ほんな……!」
愕然と二の句が継げん【天使長】。
「しゃーっしゃっしゃっ」
手ぇ合わして爆笑する【神女】。
「合格そかり! 汝ならその『素敵な』同情ですべてを救えよう! 聞け、いまから汝に【天使爆弾】を落とす!」(『【天使】養殖(3)』に続)