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異世界転生予備校  作者: ずんだらもち子
7時間目

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掃除の時間

 初夜を迎えた時、私はわかった。


 私を抱きしめようともしないこの人の気持ちが。


 肌を触れてすらいないのに、伝わってきてしまった。


 あぁ、私のことは見ていなかったのね。


 彼に悪意はなかった。それがわかるのはもっと後の話。


 ごめんなさい。あの夜の私にも、あなたを気遣う余裕はなかったの。


 そして胸にはっきりとした、星の無い夜空のような色をした穴ができたのがわかった。


 無理はしないで良いと伝えた。


 自分で言っておきながら、その言葉が穴の中でいつまでも虚しく響く。


 緊張したんだと、本当の気持ちと嘘の言葉を混ぜて誤魔化す彼のことも、この時はまだ愛おしいとさえ思えた。


 だけれど、私も若かった。


 ただ世界を救ってくれただけで、その人のことを好きになるのは別の話だということを分かっていなかった。


 ううん、もちろんそれは、誰にでもできることではない、偉大なこと。


 わかってる。その事実一つだけで心動かされてしまう人もいるだろう。



 だけど、私は、……違ったんだ。



 魔術が解けたように、その事実を胸の穴の奥に見つけてしまった。


 こんなにも近くにいるのに、お互いの心は全く近づいてもいないんだと分かった夜だった。




 それでも、婚姻の契りを結んだ以上、いつまでも後悔しているわけにはいかない。


 あの人のことを愛する努力をしてみようとした。


 愛は育むものだと、いつかお母様に教えてもらったことがある。


 家族、友人、民……そして国。


 出会う全てが最初から自分に好意的ではなく、

 また自分も全てを最初から受け入れることなどできない。


 その二つが成り立つならば、あなたは女神になるだろうと教えられた。


 今は亡きお母様のその言葉は、今でも目を閉じれば隣で囁いてくれているように思えるほど、私の頭に強く残っていた。


 ただ、愛される方法はよくわからない。


 案の定、私は『じゃじゃ馬』とあだ名されている。


 だけど、愛するようには、いつも心がけてはいた。


 だから、――王も同じだと、私は簡単に考えていた。


 しかし、日中はお父様――先代王より継承するお仕事のことや、魔王はあの水晶、『女神の瞳』に封じられたけれど、争乱の爪痕が残る各地では、魔物化した獣たちが暴れていたり、貧困にあえぐ民たちが溢れかえっていたり、争乱は未だに続いていた。


 ひと月に一度、会えるかどうかの月日が流れていく。


 会いたいという気持ちを心に募らせるべきなのに、今日もあの人が帰らないとわかると、どこか安堵の気持ちが心を満たしていくのがわかり、自分が嫌になる。



 多忙なあの人の側には、私ではなく、いつも大切な仲間がいた。


 ブライト公爵家の三男イノスと、そして修道女シスターであり、お爺さまの姪孫てっそん――妹の孫娘にあたるミララセ。


 彼女は王家の血筋――聖なる力を、私よりも強く顕現していた。


 だから当時、勇者様と魔王の討伐の任にあたることを選ばれたのだ。


 皆は私が王女だから選ばれなかったと嘯く。


 それも嘘ではなかったのでしょう。


 だけど、全てではないことは、鏡の中の私が一番分かっている。



 私には見せたことのない楽しそうな顔を、王はミララセには見せていた。


 争乱を治めるための旅は、一年もないほどの短い時間だったはず。


 だけど、一年以上の永い時が、あの人たちの間には流れていたのだ。


 私が同じ一年を、いえ、あと千年の時を積み重ねても覆すことなどできない時間が。


 宗家の立場でありながら、それでも私たちよりも遥かに力を持ったミララセに、何もかもを奪われてしまうのかと考えると、醜い何かが育っていくのがわかった。



 それでも、父や亡き母に恥をかかせることはできない。


 私も王族の娘として、王の妻となった以上、王を支えなければ。


 そんな健気なことを考えていたある日のこと――。



 ミララセは不慮の事故で死んでしまった。



 私は、そう聞かされた。


 王は激しく取り乱した。


 そして私は確信した。


 あぁ、私の予感は正しかったのだと。


 あなたは心からミララセを愛していたのですね。


 それでも王を支えようと、慰めようとしたが、私の言葉はどんなに近くで囁いても届かない。


 何も知らないくせにと怒鳴られ――。


 俺の気持ちは分からないと頬を叩かれたこともあった。


 一時の感情に任せて手を動かしてしまったのだろう。


 そんなこと程度では、私はわめきもしない。


 大人になったからではない。



 もはやわめくこともむなしくなっただけ。



 私はここにいると、気づいてもらいたいと思わなくなったから。


 だけど、そんな私に、世界は更なる仕打ちを向ける。



 父が……殺されてしまった。



 表向きは突然死とされていたが、そんなわけはない。


 イノスから聞かされたのだ。ミララセを殺したのは……父である先代王を含めた当時の議会の意思であり、謀略だった、と。


 争乱を治めたのち、一修道女に自ら戻り、国の治療に尽力していた彼女が、何故殺されてしまったのかはわからない。


 だが、そうなれば、あの二人が復讐として父たちを殺すことなど容易に想像がつく。


 今目の前でイノスがそんなことを私に話すということは、私の命も、もはや幾ばくの猶予も無いんでしょうね。


 でもそんなことはもうどうでもいい。


 私には自分の命以上に大切なものがまだ残っている。


 妹のルミナーラだ。


 ルミナーラが追われていることを、私に告げに来た使用人。


 彼女は今、私のベッドのそばで血を流して倒れている。


 そしてそのそばで、彼女を襲った血まみれの得物を手にしているのはイノスだ。


「あなたならご存知ですよね?」


 昔からこの物言いが嫌いだ。やたらに微笑んでいて、その実人を見下しているのがよく分かるから。


「ルミナーラ様をどこへ匿いましたか?」


 その言葉に、私は安堵しそして――気を、失った。


 ルミィは生きている。どうにか逃げ出せたのだ。


 恐らく、重臣であり、父の友人でもあったエッジたちに助けられたのだろう。




 イノスの指示の下、先代王である父の葬儀は嫌味なほど盛大なものとなった。


 そして、イノスは名実ともに王の右腕となり、旧貴族階級の粛清を行う。


 強引な理由をつけて爵位をはく奪することなど、まだましな方だ。


 何もない田舎へと半ば流民扱いで王都を追放されたり、その途中や最後の方には王都の中でも平気で暗殺が行われたりした。


 挿げ替えるように、地方の名ばかりの貴族が中央に集められる。


 イノスの息がかかっている以上、彼らはイノスの意向には刃向かえない。


 形だけの議会政治――もはやイノスの独裁だった。


 一方で王は――勇者は、もうエスポフィリア王国に興味を失ってしまっていた。


 一人こもっては何かの研究のようなことをしているらしい。


 彼のこもる場所はいつも決まっている。


 王の命を受け、急ぎ建造された『聖域』と呼ばれる空虚な場所らしい。


 再び私は確信する。


 私の愛した父は、私が愛そうとした人に殺されてしまったのか、と。


 唯一残された愛しい妹も、可愛がってくれたエッジたちもお城の中から忽然と消えてしまい、私はわずかな使用人と残されて籠の中だった。


 それでも、リーナのように私を慕ってくれたものも現れた。


 私が起きているわずかな時間を狙って、いつも挨拶に来てくれた。


 でも怖かった、私の愛した人たちが次々と消えてしまう。


 この子もまた、消えてしまうのではないか……。心を許したくても許せなかった。


 もはや私も世界に興味など失ってしまいかけていたが、私を殺さないということは、まだルミィが生きているということ。


 いざという時私を人質にするつもりだろう。狡猾な彼の考えそうなことだ。


 その微かな希望にかけて、私は再び力を使う。気を失おうと……命が削れようと。


 彼女に聖なる加護があらんことを願って。


 私はルミィよりも力は弱い。だから彼女の全てを守ることはできない。


 でも卑しき力、邪まな気配から彼女を守ることはできる。


 どこにいても王家の血筋がその方角を感じさせてくれるから心配は要らない。


 私は眠る様に祈り続けた。


 病を装い、その実気力は確かに削がれているので、露見せずに済んだのは唯一の幸運だった。


 しばらくして、王が、『女神の瞳』を手にして現れた。


 だが、残念ね。


 私の力も、心も、あなたには向いていない。


「……役立たずめが」


 最後に聞いた王の言葉はそれだった。


 だが私は心の中で笑う。


 良かったわ。あんたの役になんて立てなくて。あんたの役に立ってしまうということは、きっとこの世界にとってはろくでもないことになる。


 今の私の心は、力は、ただ一人の妹、ルミィの無事を祈ることだけに注ぐの。


 そうして私は、二年の眠りについた。


いつもお読みいただきありがとうございます!


スミマセン、7月中に終わると申してましたが、容量の都合で最後の話を分けることにしました。

もうちっとだけ・・8月の最初の日曜日まで続きますのでもうしばらくお付き合いくださいませ。

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