7時間目 LHR ⑦
「グアアアッハッハッハア!」
イサミたちの背中に、魔王の雄たけびが響いてくる。
だが立ち止まっている暇はない。聖域の天井が崩落する鈍い音も轟き、地響きに足を掬われそうになるが、必死に走り続けた。
どうにか瓦礫に巻き込まれることもなく聖域の表に脱出することができた。
月は、西の彼方の稜線のわずかに上に移動していた。
「――そうだ、あの兵士たち……!」
イサミは聖域に突入する前の風景を思い出す。
死屍累々にも似た、覇気のない兵士たちの散らかっていた光景を。
「あれ……?」
「どうしたの?」
とアイサは尋ねたが、何かを探すイサミの様子にすぐ勘づいたようで、
「あぁあの兵士たち? それなら運んでおいたわよ」
「え? 運んだって……あの人数を!?」
驚くイサミの影でセイマが苦笑を浮かべる。
「ま、まぁ運んだって言うか……」
――邪魔ね。
セイマの頭の中で、アイサのその一言が鮮明に思い出される。
薬により力を強くしたアイサがぽいぽいと兵士たちを投げ捨てていくので、セイマは急ぎこしらえた星の光のペールで受け止めて、少し離れたところに移したのだ。
「その兵士たちならアタシが回復しておいたわよ」
聖域の手前で待ち構えていたのはプレア妃と、彼女を背負ったタウカン少尉だった。
「よ、よお……」
アイサと目が合ったタウカンは、さっそく顔をひきつらせた。
「た、タウカンさん!? どうしてこんなところに」
イサミが驚くのは想定内だろう。
「本当に……」
アイサがゆっくりと前に出る。一歩一歩踏みしめるように近づき、タウカンと鼻が触れ合いそうになるほど顔を近づけてから、言った。
「どうしてこんなところに?」
ぎろりと睨んだ。それも想定内だろうが、タウカンは全身にどっと脂汗を浮かべる。
「そそそ、その、まぁなんて言うか成り行きでな」
「アタシが命令したのよ」
タウカンの右肩の上からプレアが顔を覗かせる。
「あんたよりアタシの方が偉いんだから当然でしょ」
「そっ、そうだぜ!」
俺の立場もわかってくれよ――。とタウカンは小声で訴える。
聞こえていないのか聞こえたのか、果たして王妃は眉間にしわを寄せる。
「なに? 何か言った?」
「いい、いえ!――そ、それに、プレア様のおかげであの兵士たちもどうにか動いて逃げ出すこともできたんだぞ」
起死回生の妙手を思いついたとばかりに、タウカンは得意げにまくしたてる。
それについてはアイサも舌打ちするしかできなかった。
「か、回復って百人くらいいたぜ? それを一人でか!?」
イサミが目を丸くする。
「王家の血統、舐めないでくれる? っていってもうフラフラだけど」
プレア妃の顔色は、夜ということを差し引いても青褪めていた。
イサミの目つきが怪訝なものになる。
「……あんた誰?」
「またそれ!? もう!……はぁ、もういいわ」
血の気が上昇しきる前にプレアはため息を吐いた。
「ば、バカイサミ! この方は、エスポフィリアの王妃様だぞ」
タウカンが慌てて補足する。
「王妃!? ってことはルミナーラのお姉さん……?」
――……で、王様の……奥さんってことだよな……。
イサミの脳裏に、カージョン王の倒れた姿が蘇る。
復活した魔王に翻弄されてばかりで、その後の様子を気に留める余裕もなかったが、もはや今となっては安全を確認しに向かうこともできない。
「それよりも、あれって……」
「なんてこった……。魔王ジャルファが復活しちまったのか!?」
プレアとタウカンが聖域の上空を見上げる。
「やっぱ、そうだったんだな……」
イサミが言った。
断片的な情報で、目の前の事象を無理に解釈しただけ――そう希望にも似た思いはあったが、タウカンの言葉に、現実を突きつけられた。
「もう少し離れた方が良いわ」
一人冷静にアイサがそう言って、先頭を駆けだした。
橋を渡ったところで一呼吸を入れる為に足を止めた。
聖域の屋根を突き破りながら、光の膜が膨れていく。
脈動の如く一定のリズムで収縮を繰り返しながら着実に巨大化していく。
「まるで変態する蛹みたいね」
アイサが冷静ながらも忌み嫌うように言った。
その隣では息を整えながら、イサミがプレアに尋ねる。
「なぁ、王家の力って何なんだよ」
「王家とその血筋だけが顕現する可能性がある力よ。私は守りと癒しに特化してたみたい。だから……私には王の手伝いはできなかったわ」
プレアの言葉が自棄的なものに聞こえて、イサミは小首をかしげて、腕を組もうとした。
しかし、自分の手に刀を括り付けていたことを忘れて、うっかり隣のアイサのスカートを鋒でめくりそうになってしまった。
「あ、ごめ――」
ボロボロになったスカートの裾をちょいと持ち上げた時だった。
「ああああああああああああああ!」
叫んだのはアイサではなくプレアだった。
しかし、イサミの心臓は爆発しそうなほど弾んだ。
「いいいい!! いや! 見えてない見えてない!」
「別に減るものじゃないからかまわないわよ」
アイサが睨みながら指を三本立てて尋ねた。
「ところでイサミくん。白と黒と紫……今どれが頭の中に浮かぶかしら?」
「なにその特殊な誘導尋問みたいなの! だから観てないって」
「今そんなことどうでもいいわよ! そこじゃなくって、こっち!」
プレア王妃はイサミの左腕を指さした。
「なんでアンタがそれを持ってるの!?」
そこには王家の腕輪があった。
「え? あぁ、ルミナーラから貰ったんだよ」
「ルミ……ていうかあんたこそ誰よ!」
「ええ!? タウカンさんに聞いてんじゃねえの!?」
「い、いやそれがな……」
タウカンは一人だけ違う種類の汗を流している。
「知らないわよ! そっちの女二人もそうだけど、結局あんたたち一体何者なわけ!?」
「えっと、俺の名は――」
「イサミいいいいいいいい!」
「そうそう、イサミって言う――って、へ?」
どこから自分の名を呼ぶ声が聞こえて、イサミは周りのみんなへと顔を向ける。
「俺じゃないぜ?」
「私も違います」
「私だったらどうする?」
「イサミ……変わった名前ね」
どうやら四人とも違うようだ。
急ぎ前後左右を確認したが、他に人の姿はない。
「イサミいいいいいい! セイマあああああ! アイサああああああ!」
もう一度聞こえてきた。今度はセイマとアイサの名も呼ばれる。
地面……な訳ないから、空?
イサミたちは顎を上げた。
新しく生を受けてから、自分のことを呼び捨てにする人物に、覚えがあった。
「あ、あれは!」
「グライフさんです!……ということは」
西の空の向こうからグライフが飛んでくる。
その背中にはルミナーラの姿があった。
地表に降り立ち、その背中からよじよじと降り、最終的には足を滑らせて落ちてきたのはやはりルミナーラだった
「る、ルミナ――」
「ルミィ!」
「うべっ」
イサミを押しのけてルミナーラに駆け寄ったのはプレアだった。
「お、お姉様……?」
「ルミィ!」
プレアは両膝を地面につけると、動揺するルミナーラを無遠慮に抱き締めた。
「ほ、本当の、本当に……お姉様なのですか!?」
ルミナーラは呆然と立ち尽くしてしまった。
「無事だったのね、ルミィ! 良かった……」
「お姉様……」
ルミナーラの顔がくしゃりとゆがみ、プレアの肩に顔を埋めた。
……だが、それも一瞬のことだった。
すぐにも顔を上げる。
その表情は、強さが籠ったものだった。
「王妃様……」
遅れてグライフの背中から降りたのはリーナだった。
「え!? リーナ?」
王妃よりも先にその存在に気付いたのはイサミだった。
リーナもそれに気づき、イサミに目を向ける。
イサミの予想に反し、その目つきに嫌悪感や憎しみの色はなく、優しそうでか弱いものだった。
「リーナ……?」
夢中で抱き締めていたプレアがその名に気付き、はっと顔をあげる。
「リーナなの!? やだ、すっかり雰囲気変わっちゃって」
ルミナーラを抱きしめながら、プレアは驚いた。
「ぼろぼろじゃないの……。国の為に、戦ってくれたのね」
プレアの反応に、リーナは目を丸くする。はたから見ていたイサミたちにとっては、彼女がどこか不思議そうにしている様にも見えた。
「いえ、その私は…………。それより、お体はもうよろしいのですか?」
「ええ。私はもう役目を終えたわ」
「は?」
「貴女がいるなら一安心ね」
王妃がイサミたち四人には見せていない微笑を浮かべる。
その時、リーナの瞳孔が広がったのだった。
「――はいはい」
と手を叩いたのはアイサだった。遠慮なく場の空気を壊す。
「そんな話は後よ。危ないから戦えない人は下がってなさい」
アイサが鋭く目を光らせた相手はタウカン少尉だった。
タウカンは冷や汗を流すと、急いで駆け出し、妃を肩に担いでとんずらをこく。
「きゃああああああ! ちょ、タウカン! 降ろしなさいよ!」
「あ、王妃様に何をする!――って、タウカンか!? 無事だったのだな」
「後でいくらでも怒られます。とにかくリーナ様も今は安全な場所まで逃げましょう!」
『ここは私が時間を稼ぎます! あなたたちは早く逃げるのです』
グライフはそう残して聖域の上空へと向かった。
「ルミナーラ様、私たちも」
リーナが言った。
残されたルミナーラは静かに首を振る。
「私は残る。リーナはあの兵士たちを誘導して王都を離れてくれ」
指さしたのは林の向こう。運ばれた兵士たちが右往左往しているのを、二人は上空から見つけていたのだ。
「しかし――」
「大丈夫だ。ここにはイサミたちがいるからな」
ルミナーラの瞳から不安の色が消えていたのだった。
「イサミ……こ、これは一体…………――へ!?」
リーナを見送り、改めてイサミたちと再会したルミナーラだったが、さっそく目を丸くした。
「ルミナーラ!……るみっ、なーら……うああああああああああああ!」
イサミは突如膝から崩れ落ち、号泣する。
「ど、どうしたのだイサミ? どこか痛むのか?」
「ごめん!」
「は?」
「俺……ちっとも分かってなかった……!」
イサミの流した大粒の涙が、足元の雑草の細い葉を弾いた。
「お前、すげえ辛い目に遭ってたんだな……それでも、必死に……うぅ!」
「イサミ……」
「何いきなり泣いてんのよ」
アイサがぺしんとイサミの頭をはたく。
本人は軽い気持ちだったかもしれないが、力は超強化されているのだ。叩かれたイサミは、目から星が出て、さらに地面に頭突きした形になり、もう一度星を出した。
「いでえええええええええ!」
別の意味での涙を流すイサミだった。額に血がにじんでいる。
「あ、忘れてたわ」
「アイサさん……」
「……ふふ」
ルミナーラが笑った。
三人が一斉に顔を向けてきたので、ルミナーラは笑うのを急いでやめると少し照れくさそうにしていた。
「よい。イサミが謝ることではない。それに、だ」
「それに?」
「それに…………私も、散々泣いた」
ルミナーラは微笑を浮かべながら、目尻から涙をこぼした。
「もう二度と、父上の声を聴けないのかと、これからの人生で作るであろう思い出の中に、父上がいない、見たことの無い父上の表情に出会えないのかと思うと……涙が今も零れてしまう」
「――っ!」
ルミナーラのその言葉に、イサミは短く息を飲んだ。
耳から入ったその言葉が、脳を貫く感覚に襲われた。
「だが……、」
ルミナーラは目尻を手首で擦ると、目に力を込めた。
「そこで泣き寝入りするだけでは王家の恥だ。必ず雪辱を果たす……絶対に」
ルミナーラが見上げた聖域の上空では、胎動が強まり、繭をこじ開けようと歪な動きを見せている。グライフが翼から時折強い光を放っている。そのわずかな時間だけ、動きが止まっているが、すぐにも動き出す。
「あれは……もしかして……」
ルミナーラが目を細めていた。
「ふっ……ははっ」
イサミは、打って変わって、笑った。
「あら、頭の打ちどころが悪かったかしら?」
アイサが言った。
「違うよ……。いや、ルミナーラ、お前すごいよ」
「わ、私か?」
――そんなことにその若さで気付けるなんて……すげえよ。それだけの苦労をしてきたってこと、だもんな。
「わりぃなルミナーラ」
目を赤くはらしたイサミが言う。
「え……」
「実は、王はもう、俺の手で……斬ったんだ」
「……そのことか」
ルミナーラはポケットからくしゃくしゃになった手紙を取り出した。
「それならば、この最後の指示書に書かれていたぞ」
口元は怒りを噛み殺した笑みで歪んでいたが、目つきは鋭いものだった。
その眼はアイサを見ている。
「あら、きちんと読んでくれたのね。嬉しいわ」
「あぁ、読んだ。そのことだけではない、全部。……だけど、納得してはいない」
ルミナーラは鋭くアイサを睨む。
「私からも謝らなくちゃいけないわ。思いのほか、王都の民に怪我をさせてしまったみたい」
目を逸らすようにアイサが振り返った先は、半壊した王城がそびえる王都だ。
今もなお、炎と黒い煙が立ち昇っている。
「アイサ、お主は治癒術が使えるのだろう? 全員を治癒してくれるのであれば、罪には問わないでおこう」
「ありがとう。善処するわ」
「それで、その……」
イサミが再び言葉を続ける。
「あの王を斬ったら、何故だかわかんねえけど、こんなことになっちまった」
「タウカンさんが言ってたわ。……魔王が復活したって」
「!?…………そうか。もしかして……そういうことだったのか…………」
ルミナーラは、驚いたり、不安の色を見せたりすることもなかった。
ただ、微かにだが、微笑を浮かべていた。何かに安心したように。
「グオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!」
膜が破れる音を立てながら、醜い雄叫びを轟かせて魔王が姿を見せた。
衝撃にグライフが吹き飛ばされていく。
どこからか雷雲が生じ、突風が吹き荒び、世界が荒れていく。
「くそっ……! あれが完全体とでもいうわけか」
イサミは歯噛みする。
「だけど、大丈夫だぜルミナーラ」
そのまま歯を見せつけるように勇ましく笑みを作り、挑発するように魔王ジャルファを睨んだ。
「俺が絶対なんとかする……死ぬまで諦めねえよ、」
今度は――。
その最後の一言は雷鳴にかき消されそうになったが、アイサには聞こえたのか、彼女が薄い笑みを浮かべた。
「イサミ」
ルミナーラがイサミの左側に寄りそう。
そして彼の腕輪に手を乗せる。
腕輪が突如光を発した。
「こ、これは……!?」
眩しさに顰めたイサミの顔とルミナーラを淡い緑の光が染める。
「王家の力……聖なる力だ」
ルミナーラの持つ力と腕輪が共鳴した。
光はどす黒く血に汚れた晒を浄化し、そのままイサミが左手に握る刀をも染めていく。
緑の光と、青い刀身が混ざり、空色の光の刃が生まれた。
「闇の眷族の王たる魔王を討つにはこの力が必要だと言われている。先の争乱の際にも、勇者……現王と、ミララセが力を合わせて魔王を封じたとも」
「なるほど」
アイサが一人肯いた。
ルミナーラは真っすぐな目をイサミに向けていた。
「私はできれば、お姉様のように多くの人を癒す力がもっと欲しかった。争乱が治まったのちの世には悪しき魂を浄化する力など、もはやいらない力だと思っていた。肝心な時に誰かを守ることもできない力などと……。だが、今この時のための力だったのかもしれない」
「このゲハイは……イザミグンじゃあないがあああああ!」
魔王の声が二重に聞こえるような鈍い響きを伴っていた。
「ルミナーラ……」
「私の力を全て注ぎ込んだ。終わらせてくれイサミ……この長く続いた悪しき物語を」
「……あぁ」
「ねぇルミナーラ」
光の外側からアイサが訊ねる。
「あの聖域って、残したほうがいいのかしら?」
「え? あぁ、カージョン王がここ一年ほどで建てさせたのだろう。私は知らない建物だ。特に必要はないぞ」
「セイマ」
「はい?」
「ここなら遠慮はいらないわよ」
「へ?――あ、そうですね。全力で……行くぜぇ!」
セイマの瞳孔が縦に絞られる。
獲物を捉えるために細めた肉食獣のように。
口元からは犬歯が覗いていた。
「あかり……」
イサミはヘアピンを外し、鋒から刃を通していく。
やがて鍔元に届くと、ヘアピンは溶けて消え、鍔は紅に染まった。
――……ごめん。今頃気付いて。俺は……本当にバカだ。
今頃謝ったって、何の慰めにもならないよな。もう届くこともないし。
だけど……!――
光の刃が共鳴したかのようにその刀身をさらに強く太く光らせた。
「――グライフ!」
セイマが聖獣を呼び寄せる。
どこか慌てた様子でグライフはセイマの前にやってくると背中を差し出した。
セイマが颯爽と飛び乗る。
「セイマ、あいつは恐らく王家の力がないと、その魂にまで致命傷を与えられないわ」
「ちい、じゃあ仕方ねえ……おいイサミさん!」
「は、はい! ――ど、どしたんだよセイマ、めちゃくちゃ荒っぽくなってね!?」
「アタイがやつの動きを止める。華持たせてやるぜ、一発で決めろ!」
豹変したセイマがグライフの背中をばしんとはたく。
「グライフ、時間を止める力弱くなったんじゃねえか? 全然稼げてねぇじゃねえか!」
『い、いえ……魔王の力が強すぎるのです』
セイマに小言を言われながらそそくさとグライフが飛び立った。
「オラオラオラオラあああああ!」
セイマの召喚により、流星群が魔王の体を目指して飛来していく。
「ガハハハハ! そんなものワタシには効かぬ!」
セイマの生み出した流星群が魔王ジャルファの周囲を旋回する。惑星に姿を変え、衛星軌道にでも乗ったかのようだ。
確かにそれでは致命傷は与えられない。
「――なに!?」
しかし、星たちはその尾を強靭な糸に見立てたかの如く、魔王の体を旋回し続けながらその半径を一挙に狭め、縛り上げる。
そして最後は空へと戻って行き、魔王を宙に吊り上げた。
「ぐっ! しまった!」
完全体へと変態したことにより、実態を手に入れてしまったことで、返ってセイマに捉えられてしまう結果となった。
「な、なーに! これしきの事でえええええええ!」
魔王の肉体が隆起する。
星の糸が切れるか、魔王の肉が裂けるのが先か。
「ぐうううう……! イサミさん! 早く!」
グライフの上で目一杯腕を伸ばしてセイマが堪えている。
「じゃあこっちも行くわよイサミくん」
アイサが指の関節をパキポキと鳴らしてみせた。
「私も行く。……行かせてくれ」
ルミナーラが言った。
アイサはゆっくりと肯き、
「その方が力が安定しそうね。じゃあイサミくんにしがみついて」
「え?――こ、こうか?」
「へ?――うわっ」
ルミナーラがイサミの背中に飛びついた。シャツは晒にしてしまったので、上半身は裸のままだ。
汗や土埃、それに血で汚れいたが、ルミナーラは嫌な顔一つせずしがみついた。
「イサミくん。刀がまた私の股下に悪戯したら困るから腕、上げといて」
「変な言い方するなよ……。こ、こうか?」
イサミはアイサの指示そのままに左腕を挙手する。
「いいわ。じゃあ、そのままじっとしてて」
と近づいて来たアイサのつま先が彼のつま先を小突いた。
彼女の吐息が、鼻の頭をくすぐる。
「ち、近くね? なにするんだ?」
イサミからの質問には答えず、アイサは膝を畳んでしゃがむ。
「動かないでね。私も初めてだから」
アイサの声が、イサミの下腹部に響く。
「ちょ、おまっ!? ななな、何する気――」
何故か動揺しているイサミなど意に介さず、アイサはイサミの両ふくらはぎに手を回すと――がしりと掴み、一気に持ち上げた。
「「わあ!?」」
イサミとルミナーラの絶叫が重なる。
それももちろん気にせず、アイサはルミナーラの後頭部が地面に触れるすれすれで耐えるとそのまま回転し始めた。
「「うわああああああああああああ!」」
左脚を軸に回転する。アイサの踵が地面を削り始め回転が安定し、さらに加速する。
「おおおおおい! なんだよこれええええええええ!!」
「あんなデカいやつの顔に届くためにはこれしかないの――よっ!」
回転が十二分に速度を得、もはやプロペラと化したイサミの体により若干地面より踵が浮き上がった頃、アイサがイサミを上空へ放り投げた。
高々と跳躍し、一瞬のうちに王城を越す高さまで飛び上がる。
そして、魔王ジャルファの頭上に到達した時、イサミは刀を上段に構えた。
ルミナーラも彼の二の腕に手を添えた。
瞬間、刀身を覆っていた光が増幅され、王城の高さと同じほどの刀身となる。
光ゆえに重みはないのか、見降ろすのに夢中なのかイサミに動揺はなかった。
むしろ、磔にされた魔王の方が、酷く動揺してしまう。
「その気配……あの時と同じ……いや、それ以上の、王家の力!? うわ! やめろ! それは好きじゃない!!!!!!!」
「長きにわたりこの国に多くの悲しみを生んだ罪を、その身で雪ぐのだ!」
ルミナーラの涙混じりの声が耳元で響く。
――バカな俺は、それでも俺は……! 一人でも多くの人を救ってやる。これが俺の本当の意味での贖罪の始まりだ!――
「これ以上、ルミナーラたちの……一生懸命生きてる人たちの、邪魔すんじゃねえええええええええええ!!」
真っすぐに刀を振り下ろす。
その太刀筋に歪みはない。
一閃の元、魔王の体は真っ二つになったのだった。
いつもお読みいただきありがとうございます。
今回は少し長くなってしまいました。
途中で分けるべきかと迷ったのですが、やはり一気に駆け抜けてもらいたかったので。
次回は日曜日更新です。




