7時間目 LHR ②
「――ねぇ、なんかあっちの方ですごいことになってるけどいいの!?」
プレア妃が戸惑いながら聖域の方と、アイサたちの方とを見比べる。
アイサは王城の中庭で食事にありついていた。少し離れたところでは未だにイノスがうなっている。
プレア妃はしばらくイノスを憐れむように睨んでいたが、やがてアイサに向き直り、
「よくそんな平気で食べられるわね……」
プレア妃とレニがタウカンを囮に部屋から逃げ出した後、とにかく二人ともお腹が空いていたらしく、妃の案内で食糧庫に寄っていたようである。
「大丈夫よ、イサミくんがいるんだし」
私は血が足りてないのよとばかりに食料にあり付いている。
イサミ? と首を傾げたプレアの隣で、セイマが瞳を潤ませた。
「アイサさん……イサミさんのこと、信頼してるんですね」
セイマがどこか嬉しそうに言った。
「違うわよ」
「へ?」
干した肉を食いちぎりながらアイサが言う。
「一応彼も戦ってるんだし、いきなりは死なないでしょ? 多少の時間稼ぎくらいしてくれるわよ」
「そ、そうですか……」
はぁ、とセイマはため息を吐いた。
「あのお……せいなさん、でしたっけ?」
少し離れたところからレニがおずおずと言いながら、セイマを呼ぶ。
「セイマです」
「そうそう、セイマさん」
ぱあっと屈託のない笑顔を見せる辺り、悪気はないことはセイマにも伝わる。
――本当にイサミさん以外興味ないんだから……。
「お久しぶりですね。でもどうしてこんなところに?」
セイマは青筋をこめかみに浮かべながらも負けじと笑顔を作ってみせる。
「それよりも、」
レニが虫でも払うようにセイマの挨拶を払いのけるので、セイマの口角が怪しく吊り上がり、八重歯がのぞく。
「あの女、イサミさんとどういう関係なんですか……」
レニの瞳から光が消える。呆然と眺めるのはもちろんアイサだった。
本当ならばそんな質問、「けっ!」と舌打ちして後ろ脚で砂をかけたい気持ちだったが、セイマは自分を諫めるように頭を振り、冷静さを取り戻す。
――アイサさんにだけは、そんな感じで関わると危険な気がします!
と、頭の中の小さなセイマは言っているのだが……。如何せん、そんなことをアイサを目の前にして言えるわけもなかった。
無難な答えを用意するなら、「お友達です」、もしくは「仲間です」で良いだろう。
しかし、レニが過剰に意訳してしまう可能性もあるが、何よりアイサが「お友達?」と、苛立ってしまうかもしれない。
だが、他に言葉が浮かばない。
「えっと、一緒に旅をする仲間っていうか協力者っていうか……」
セイマは声を震わせながら必死に絞り出す。
「「仲間?」」
しかし、最悪の結末だった。
アイサもレニも、どちらも反応してしまったのだ。
「な、仲間ということは……あの女の人は」
セイマの後ろからアイサを指さしてレニが言う。「イサミさんの色んなことを知ってるということですか?」
「い、いやいや。仲間だからって何でも知ってるわけではないですよ!」
「セイマ、何よ急に仲間って……」
いつも通り表情の変化が著しく乏しいアイサが、食事の手を止めて振り返ってきたので、セイマは固まってしまう。
「い、いやあの、その……」
アイサはレニと目線を合わせた。
「あの、あなたは――」
「私とイサミくんが仲間? 冗談はよしてくれるかしら?」
「え? じゃああなたはただの付き添いかなにか――」
「私たちは人には言えない特別な関係なのよ。安っぽい言葉で表現しちゃダメよセイマ」
セイマは直感的にわかった。
――これ、アイサさんからかってるな。もう知りませんから!――
「と、とと、特別な関係って……!」
瞬間的にレニの顔が真っ赤になる。
「そそそそ、それはそののの、ととっ特別な部分を色々と……」
頭から湯気でも出しそうなほどだ。燃え尽きたのか言葉尻がしぼんでいく。
「貴女がイサミくんの何をそんなに気に入ったのか知らないけど、」
アイサは口元をハンカチで拭い、食事を終える。ご馳走さまでしたと手を合わせる仕草を、プレア妃は興味深げにまじまじと見つめていた。
「今状況はそれどころじゃないのよ。貴女の相手をしてる暇はないわ」
アイサの視線に射貫かれたようにレニは固まってしまう。
「全て終わったらイサミくんを連れてきてあげるからそれまで離れてなさい」
「そ、そうですレニさん。ここは危険です」
「あぁ、そうだぞ」
タウカン少尉も便乗する。「さっき約束しただろ、王妃様をお連れして王都を離れろって」
「タウカンさん、王妃様とこの子、二人ともお願いできるかしら?」
まだ顔色は白いが、アイサがどうにか立ち上がる。
「私とセイマはいかなくちゃいけないから」
「あ、あぁ。俺ぁ、それでもかまわないが」
そう答えるタウカンはどこか緊張がほぐれたようだった。
「ま、待ちなさいよ」
まとまりかけていた場を、再び崩したのはプレア妃だった。
「何?」
「色々訊きたいことがあるけど、とにかく、あんたたち何者なの?」
と、問われて、素直には答えない。
アイサとセイマはじろじろと王妃を眺める。
あまり好意的な表情には思えなかったのだろう、王妃は見る見るうちに美しい顔に険を走らせた。
「な、何よ、失礼ね」
それでも観察をやめなかったアイサとセイマだが、やがて二人は顔を見合わせ肯くと、代表してアイサが言った。
「あなた誰?」
「な……な…………!」
絶句した王妃の怒りはタウカン少尉に向けられる。
「タウカン少尉!!!」
プレアはタウカンの名前はレニに教えてもらっていたようだ。
「は、はいはいはいはい!」
タウカン少尉は慌てて王妃の元へ駆け寄る。
「この無礼な女は誰ですか!」
「そうですそうです」
レニがプレアのそばに近づき、激しく肯く。
「えっとこの人はですね……」
タウカンがどうしたものかとアイサに目配せする。
意図を汲み取ったのか、アイサは顔色を変化させることなく言った。
「あなたの妹さんに頼まれて力を貸してる者よ。プレア王妃様」
「なっ……私の名前知ってるんじゃない!」
「知ってたというか、消去法で判断しただけだけど。ねぇ?」
アイサがセイマに同意を求める。
セイマもコクリと肯いて、
「王妃様って言うからもっとお淑やかな方かと思ってましたが……あ、いえ。なんでもありません」
「もう言ってるようなものじゃない! ふん、悪かったわね! どうせ私はじゃじゃ馬姫よ!」
誰もそんなことは言っていないのがだが、過去に言われたことでもあろうのだろうか。
すっかり拗ねてしまったプレアに、タウカンは冷や汗を流す。
「……って、あんた、今なんて言った!?」
しばらく機嫌が悪いままかと思われたプレア妃は、忙しい。目を真ん丸に見開いて、アイサたちに詰め寄った。
セイマが答える。
「王妃様って言うからもっとお淑やかな方と思ってましたが、ちっともそんなことありませんねって言いました」
「結局最後まで全部言っちゃってるじゃない! 違う、もっと前! ていうかあんたじゃなくてそっちの目つきが悪い方!」
「あなた誰?」
「だからあたしはプレア王妃だっての! 違うわよ、戻りすぎ! 妹って、まさかルミナーラのこと!? あんたたちルミィに会ったの!?」
「はい」
「ええ」
「なんでそんなあっさりしてるのよ! こっちの興奮具合に合わせなさいな! あたし妃よ!?」
ツバを飛ばして怒り散らかすプレアに一歩も引かない二人を見て、タウカンは半ば感心していたのか一人じっくりと肯いていた。
「そうは言われても、私たち別にこの国の住人ではありませんし」
「へ?」
「ていうかタウカンさんも会ってるわよ」
「なっ――」
きっ! っとプレアはタウカンを鋭く睨む。それだけでは怒りが収まらないのか、飛び掛かりタウカンの襟首を乱雑に掴む。
「ぷぷぷプレアさま……!」
「なんで早く言わないのよ!」
「ももも、申し訳ございません。何分機会がなかったものですから」
「ていうかタウカンさん、ルミナーラさんのこと狙ってましたよね?」
「あ、バカ!」
「なんですって!? タウカン少尉! あなたはもう馘首よ、牢獄行き決定!」
「ままま、待ってください!」
「狙ったって言ってもあれよ? 娶ろうとかではなくて、命の方だから」
「バカアイサ! 庇うことになってないだろ」
「市中引き回しよあんたぁ!」
「まぁまぁお妃様、あなたのことを救ってくれたのは他でもないタウカンさんよ。それにルミナーラはその人のことを赦してるんだから」
「そ、そうです! 改心してますから……!」
蒼い顔をしたタウカンが必死に声を絞り出した。プレアは腹の虫がおさまらないのか、襟首から手を放す時突き飛ばす様な形になった。
「……ふん。まぁいいわ。とにかく妹が無事ならそれで……」
パンパンと手をはたきながら、プレアは続ける。
「でも、あなたたちこの国の民ではないのでしょ? どうしてルミナーラが力を貸してと頼んだのよ」
「そんな話も後よ後。もう時間も無駄に経ってるし。――行くわよセイマ」
「はい」
「あっ、ちょっ、待ちなさいよ!」
つたたたっと追いかけるが、体の使い方を忘れているプレアはすぐに転んでしまう。
「ぎゃひっ!」
「タウカンさん、仕上げもあるんだから、手際よくね」
アイサはそういうと振り返っていた顔を前に向け、セイマと共に聖域の方へ向かって去って行った。
――仕上げ……か。本当にいいのかよ……。
呆然と二人の背中を見送っていたタウカンだったが、やがて夜の帳に二人が融け込むと、自分の頬を両手で叩き、気合を入れた。
「大丈夫ですか王妃様!」
「いたたた……!」
「タウカン少尉!」
「は、はいはい!」
「追うわよ、あのふたりを」
「いいっ!? で、ですがあちらは危険です」
――それにアイサたちの邪魔なんてしたら……ごくりっ。
その躊躇う気配を感じ取り、王妃は目を細める。
ただの町娘ならともかく、そこは腐っても王家。ただのひと睨みでさえロイヤルファミリーとしての威厳が存分にかもし出された。
「王国軍の兵士が、王妃であるアタシの命令に背くつもりかしら?」
「い、いや、滅相もございませんが……」
「処せられたくなければ言う通りになさいな!」
「はいいい!」
結局タウカンは首を縦に振ってしまった。
「わ、私も――」
レニが二人の後を追いかけようとする。
「あんたはダメだ! 速く逃げろ!」
タウカンはここぞとばかりに語気を強めた。
「そ、そんな……!」
「そうね、レニ。ここまでありがとう。あなたにも必ずお礼はさせてもらうわ。でもこれ以上は民であるあなたを巻き込むわけには参りません」
自他ともに認めるじゃじゃ馬ことプレアも、静かな気品を言葉の端々に潤わせた物言いで、レニに告げる。
「で、ですが……」
レニはしょんぼりと顔を俯かせる。
「大丈夫。あなたの気にかけているイサミとやらは必ずアタシが連れてくるから。ね、タウカン少尉?」
「は、はい! こうなりゃどこまでもですぜ!」
タウカンは王妃を背負うと、振り返ることなくアイサたちを追うのであった。
「イサミさん……」
レニのか弱い言葉は、王都を真上から照らす月に吸い込まれていくのだった。
「ところでタウカン? ルミナーラは今どこに?」
背負われたプレアは、タウカンの後頭部に向かって問いかける。
「今頃はロウマ平原から王都に向かってる途中です。私の部下も護衛にあたっています。そう危険はないかと」
「そう……でも何か胸騒ぎがするわ」
「それはどっちかっていうと、あれが原因でさあね」
聖域から吹き出した光の柱をタウカンは顎で指した。顎先からは涼しい夜に似合わぬ脂汗が一滴したたり、地面の色を濃くする。
「そうじゃないの……」
プレアの沈痛な面持ちはタウカンからは見えない。だがその声音のか弱さは嫌というほど伝わった。
「ど、どういうことですかな?」
「あの子のことを守護していた力をアタシが目覚めてしまった……止めてしまった以上、あの子の存在は明るみになる」
「守護、ですかい?」
「カージョン王やイノスの移動能力や探知能力なんかからね。もっとも、偶然出くわしたらもうどうしようもないけど」
偶然と言われて、タウカンは自分のことを思い返しばつの悪さを感じたのか、妙な咳ばらいをした。
「えへんおほん!……イノスはあの状態ですし、王はこの先に居ますし……心配しすぎじゃないですかい?」
そうだといいんだけど……。
プレアが最後に呟いた言葉は、聖域へと続く林の中に染み入ったのだった……。
いつもお読みくださいましてありがとうございます!
ラストに向けて駆け抜けて参りますので引き続きよろしくお願いいたします。リアクションもありがとうございます(^^♪
次回は日曜日更新です!




