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異世界転生予備校  作者: ずんだらもち子
6時間目

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52/76

6時間目  道徳 ②

 阿鼻叫喚の王都の中を、三人は人の流れに逆らって王城へと向かった。

 突然現れた謎の隕石は、直接的には王城にしか被害を与えていない。土煙が空を覆ったくらいだろう。

 しかし、動揺して逃げ惑う民衆が蹴飛ばしてしまったかがり火が、民家に燃え移り、あちこちで火事が発生している。家の壁面に生い茂る蔦植物が導火線のように茎へ静かに火を走らせていた。

 お屋敷に住むような貴族の連中は、避難する先が王都の外にあるが、平民街に生活する民たちは逃げる先がなかったようで、まだ王都の中には大勢の人がいたようだ。

 幸い、王城に近い区画から貴族街、平民街と続くため、平民たちが逃げるには時間がある。

 それでも炎が爆ぜ、柱が崩れる音に紛れて警鐘が鳴り響き、阿鼻叫喚が王都の上空で行き交う。様々な物が燃えていくつもの臭いが混ざり鼻を突く。火炎色に下半分を染めた夜空では、月や星の瞬きは役に立たない。

 区画整理され敷き詰められた家屋の隙間を逃げる人々は、いつ火の手が自分の首元に伸びてくるかという不安から、必死に逃げるように走る。


 だから、三人の異様な出で立ちに注意を向ける人などいなかった。


 黒い星座の模様のローブを纏ったセイマ。

 返り血を何度も雪ぐが桃色に染まってしまった白衣を纏うアイサ。

 左腕に王家の紋章が凝らされた腕輪を嵌め、右手には刀を持ったイサミ。


 茜色の炎が三人を照らすようで、その実影絵にしてしまっているからかもしれない。

 避難を誘導する兵士でさえ、「おい君たち! そっちは……――」と懸念の声をかけてくる。

「あぶ……な…………」

 鬼気迫る表情の三人に、兵士は首筋を目一杯伸ばして固唾を飲み、言葉を止めた。


「おい、これ大丈夫なんだろうな?」

「さぁ?」

「アイサさん、あまり無駄な殺生をすると理事長に怒られますよ?」

「怒られるで済むか? 禁止されてるだろ」

「というかさらっと私のせいになってるけど、隕石落としたのセイマだから」

「えー!? そ、そんな、今更私一人のせいにするんですかぁ!? イサミさぁん……」

「いや俺一番無関係だろ!? だいたい……」



 無視された兵士は呆然とその後ろ姿を眺める。

 見慣れぬ衣服をまとった三人へ今更ながら警戒心を抱き、手にしていた槍を構えようとしたが、方々から届く悲鳴を無視することはできず、その追及を断念する言い訳にしたのだった。



 城塞都市の中、北部ではさらに王城を囲む城壁が備えられていた。

 もっとも、今は、東側の城壁は崩れており、その灰色の山を登れば侵入は容易いのだが、それでも三人は城門前へと向かった。

 王城へと続く豪奢な扉を前に、三人は並ぶ。

「さ、覚悟は良いかしら?」

 夜風のように涼し気な表情でアイサが尋ねる。

「さすがにちょっと緊張してきましたね」

 という言葉とは裏腹に、やる気に満ちた力強い笑みを見せるのはセイマだった。

「だ、大丈夫だ。もうやるっきゃねえ!」

 イサミだけ目を白黒させて、やけくそになっていた。

「じゃあイサミくん、どうぞ」

 アイサと、続いてセイマも一歩後ろに下がる。

「え、お、俺!?」

 イサミは自分を指さし左右に首を振りまくる。

「だって真ん中に立ってるし」

「お前らが左右に分かれるからだろ!」

「イサミさんが一番声大きいですし」

「何その選出理由!? 全然嬉しくねーんだけど!」

 しかし、いつまでもそんなくだらないことでもめている場合ではない。

「ちっ……。わかったよ、やりゃいいんだろ、やりゃ」

 イサミは一歩前に出た。

 そうは言いながらも、気持ちが昂っているのか、イサミは小さく身震いする。


 ――俺の憧れだった人たちみたいだぜ……。あのセリフ、パクってもいいんだよな。


 一度咳ばらいを入れると、イサミは上半身を前後に揺さぶりながら大きく深呼吸をした。



「御用改めである!! カージョン王、そこにいるのはわかってるぞ!!!」



「……」

「……」

「……」


 どこかで、瓦礫のかけらが転がるか細い音がした。

「全然返事ないんだけど!?」

 誰の返事も返ってこない。

 イサミが顔を真っ赤にして振り返る。

「だから、誰もいない予定って言ってるでしょ?」

「まぁ門の外から叫んでもそう簡単には聞こえませんよねぇ」

「誰も呼び出せなんて言ってないわ。門を開けてって意味だったんだけど?」

「………ぅぅぅぅうううっ――でえい!」

 やり場のない怒りを、イサミは門にぶつけた。

 自分の背丈の何倍もある鉄の城門だったが、閂が外されていたようで、彼の蹴りで――簡単に開く。

「っ――……っっっっっっでぇえええええええ!」

 イサミはその場にしゃがみ、自分の右足首に、まるで生まれたての仔犬を触ってもよいのか戸惑うように、そっと触れた。

「すごいですね、こんな大きな鉄の扉を蹴って開けちゃうなんて」

 セイマは額に手を添えて顎を上げる。

「ま、まぁな……」

 イサミは涙目で答える。

「すごいですよ、本当に……アイサさんの特技」

「そっちかよ!」

「思いのほか効果が出てるわね。私とイサミくん、体の相性が良いのかしら?」

 アイサがゴム手袋の嵌り具合を確かめるように指の股を、反対の手指で抑えていた。

「え? そ、そんなの関係あるのかよ!?」

 体の相性という言葉に、妙な感情を覚えたのか、イサミは顔を赤くした。

「私が作ったバフ効果の薬だもの」

 アイサは左右開きの城門の、イサミが蹴りつけた扉側へ近づき、出来上がった彼の足型を撫でながら言った。実験結果を確認する科学者のようでもあった。


 城までのアプローチは、本来ならば花木が薫る美しい庭園が広がっていたのかもしれないが、今視界の右手は崩れた城壁、そして今だ燻ぶる粉塵が見える。

 左手には隕石の破片なのか、衝撃で吹き飛ばされたのか、岩のような物が地面に突き刺さっていた。

 城壁に区切られたその中は、城下町の火災の光が届かず、しかしながら月による銀色の光が視界を青く染めていた。

 見上げた城は地上八階はあるだろう。円錐状の塔が中心にあり、正面から見て左手に一回り小さな塔が見えて、中央から廊下を渡らせてある。

 右半分は巨大な怪獣にでも食いちぎられたように抉られていた。

 崩壊した部分から、内部を伺えそうだが、月明りだけではそれも心もとない。

「未だ城の体を成していることが奇跡みたいだな」

 そして、本来なら城の中へと続く正面出入口は、崩れた瓦礫に覆われて、侵入を防いでいた。

「あとは、王の死体でもすぐに見つかればいいんだけど」

 アイサが感情もなく言い放つ。

 イサミはその言葉に、小さな舌打ちを返して、

「あのなあ、言い方ってもんがあるだろ」

 彼の内心を表現するかのように、目の前の瓦礫の山が震え始めた。

「イサミさんの怒りが伝わってる……?」

「は?――え、あ、ホントだ。いや俺そんな力ねぇぞ!?」

「とすれば、さっきの光の主かしら?」

「カージョン王、か?」

 やがて瓦礫が次々と浮かび上がる。

 咄嗟に身構える三人。

 しかし、瓦礫はゆっくりと上昇を続け、イサミたちが見上げるようになったころ、空の彼方に吹き飛んでいった。

 片づけられた瓦礫の跡に、現れたのは一人の人物。瓦礫を操っていたかのように腕を伸ばしていた。


「残念だが……、王様はここにはおられぬ」


 マントを羽織った体躯は、妙に角ばっている。その下に鎧の類を装備していることは察して有り余る。

 整った目鼻立ちは甘美であったが、鋭い目つきと隙のない身のこなしから、王国における軍事部門に関わる人物であることを初めて相対した人間にも直感させる。

 黒に近い青色の髪は、さながら真上に広がる夜空のようだった。

「ええ!? な、なんだあの人……、あの瓦礫ふっとばしたぞ!」

「おそらく、宰相のイノスね」

 イサミの左に立つアイサが腕を組みながら答える。

 彼女の右耳のイヤリングとなった緑の宝石が震えながら光っていた。

「お前たち、『異界の使徒』だな」

 イノスが、その突き出していた腕をマントの中に納める。

「へ? イカイノヒト?」

 イサミが間の抜けた顔で言った。とぼけているつもりはない。

「『異界の使徒』よ。そういうことになってるのよ」

 一人アイサだけが肯く。

「アイサさんが書かせたっていう手紙に、そう書いたんですか?」

「タウカンさんがそう書いてしまったのよ。これが訳す言葉も限界があるみたいね」

 とアイサはイヤリングを指で突いた。

「タウカン、だと……?」

 イノスの瞼に力が籠り、目を細くする。

「ということは、貴様か。疫病をもたらしたのは」

 その瞳がアイサに向けられる。

「は?」

 イサミが一人、ぽかりと口を開き、アイサへ首を捩じる。

「……そんな物騒な物じゃないわ」

 腕を組んだまま、左手で前髪を払いながらアイサは言った。

「いずれにしろ貴様がこの王都を混乱に陥れた首謀者であることは間違いないだろう」

「当たり前じゃない。だからここに来てるのよ」

 アイサは臆すことなく言葉を返す。

「もっともだ。それならここで私に殺されることも、また当然と言えるな」

 苛立つ様子も焦燥した態度もない。油断か余裕か、その判断をする材料はイサミたちには無かった。

 イノスはマントは脱ぎ捨てる。

 やはり厳かな鎧を身に着けていた。(なまくら)で刃向かってもへし折られてしまうだろう。

 胸部中央には王家の紋章が彫られている。イサミの腕に嵌めた籠手とは別のものだった。

「イサミくん、あなたは聖域へと向かって」

 アイサは隙のない目つきをイノスに向けたまま、イサミにそうささやいた。「城壁の外に出て城の裏手に回ればいいわ」

「聖域? ってあの城の向こうにあった?」

 イノスの瞼が一瞬小さく動いたのをアイサは見逃さなかった。

「ここにいないのなら、恐らくね」

「い、いやでも……」

 当然渋ってしまう。こちらへの敵意をむき出しにしている相手の目の前で背を向けることなどできない。まして仲間二人を残してなど――そんな葛藤を露骨に滲ませた言葉だった。

「早く。ここは私たちが食い止めます」

 セイマもまた彼を急き立てる。すでに覚悟を決めた一歩を踏み出した。

「だけど、二人だけを残してってのが……」

「「しつこい」です!」

 二人に声を重ねられ、「は、はいっ!」イサミは慌てて踵を返す。

「逃がすかっ」

 イノスが再び手をかざす。

 彼の足元に転がっていた瓦礫の一つを操り、イサミの背中へ向かって真っすぐに飛ばした。

 しかし、その途中にはアイサとセイマがいる。

 瓦礫はイノスの狙いもむなしく、止められてしまった。

 アイサが右手一本で、その瓦礫を掴んだのだ。

 力のせめぎ合いをしているのだろうか、イノスが伸ばした右腕は震え、指が開く。

 しかし、アイサは掴んだままの瓦礫を放そうともしないし、固まったかのように微動だにしない。

「あなた、勘違いしてるようだけど、」

 息を乱すこともなく、アイサは話し始めた。

「別に私たち、あなたには用はないのよ」

 その言葉を受けて、セイマが代わりに小首を傾げてみせた。

 イノスは腕を降ろす。イサミの速い足は、すでに城門の向こう側に消えてしまっている。

 しかし、アイサは、腕を降ろしても、瓦礫を放そうとはしなかった。

「そちらの都合など関係ない。これだけのことをしておいて、さらには王の邪魔をするというのなら、私が貴様たちを殺す理由は有り余る」

「まぁそれもそうですが……」

 セイマの引きつった笑みは、すぐにも捨て去ることになる。

 両手を広げたイノスの背後に転がる瓦礫、植樹、隕石の欠片……そのすべてが浮かび上がり始めたのだった。

いつもお読みくださいましてありがとうございます!

また、先日の投稿後、リアクションをくださった方がいらっしゃって、嬉しさのあまり部屋で叫びました。

ありがとうございます! お気を使わせてすみません。

今後もがんばりますので、よろしくお願いします。


今週もいわゆる平日の間に1話投稿するかもしれません。

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