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異世界転生予備校  作者: ずんだらもち子
5時間目

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5時間目  算数・課外授業 後④

「な、なんだよそれ……? てかどうなってんだよ!?」

 わめくイサミを、リーナは鼻で嘲笑うのだった。

「ふっ。貴様こそ、戦いを知らぬのか? 魔術を用いた戦いというものを――!」

 余分な水気を切るように、リーナは一度矛を斜めに振り下ろした。

「し、知らねえよ、そんなこと……」

 とイサミはうそぶく。

 ――アイツの魔術はなんだ? あれだけ水が出てるしやっぱ水か? でも氷……水系ってこと? ずるくね!?

 頭を唸るほど回転させ、状況を確認するが、リーナにはそんな時間を待つ義理も必要もない。

「己の無知を恨むんだな。喰らえ、氷三叉アイストライデント!」

 リーナが唱えると、氷の三叉の矛が水色に光った。馬上で矛を縦に振るう。

 光の三叉部分が具象化されイサミへと飛来する。

 真正面に飛んできたので、油断していたイサミの、構えたままの刀にぶつかる。

 金属音にも似た甲高い音が響く。

 反動で揺れた刀の峰に額を打たれた。

「いっ――!」

 目から火花が散るような衝撃だった。

 怪我の功名とばかりに、気を引き締めることができたようだ。赤くなった額をさすりながら柄を持つ手に力を込める。

 一方でリーナは手を休めることなく、矛を上に振り上げ、下に振り下ろすことを繰り返す。その度に氷の矛がイサミへと飛来する。

「ふっ!」

 イサミは短く息を吐きながら、矛を迎え撃ち、払う。

「軌っ道はっ、丸わかりっ、だなっ!」

 真正面にしか飛んでこない。

 タイミングさえズレなければ、防ぐことは容易だ。

 しかし、そのままでは間合いを詰めることもまたできない。

 気が付けばイサミの足元には氷塊と化した矛先で溢れていた。

 それに合わせて周囲の気温も下がり、白み始める。

「さぶっ!」

 イサミの吐く息も白くなった。

「――ぐっ!」

 疲労が増してきた筋肉が寒さでより収縮し、動きが鈍る。柄を握る手もかじかみ、力が籠められない。打ち払うというより、弾くので精いっぱいだ。

「どうした、動きが鈍くなってきたぞ」

 リーナが微かに息を乱しながらほくそ笑む。

「う、うるせぇ、これくらい……でっ!?」

 単調なリズムで放たれる三叉の矛を迎え撃つ、作業にも似た防御。

 今飛来したそれも、これまでと同じように切り払うだけだと脊髄で動いていた。

 だが、刃に触れるか否かの瞬間、リーナがイサミの方へ手をかざす。

破砕(クラッシュ)っ!」

 氷の矛が砕け、礫となってイサミを襲う。

 刀の細い幅では防ぐことなど到底できず、全身に大小様々な氷の礫を受ける。

「ぐあっ」

 鈍い痛みが無数に生じる。石のような氷の塊が額にぶつかり、鈍い痛みと共に視界が暗く霞む。

 切れた皮膚からは血がにじみ出した。左目に血が染み入る。

 一方で鋭利な破片はイサミの衣服、そして肌を掠め斬る。一斉に血が流れ出ていく。

 膝をつくことはなかった。――その暇もなかった。

 追撃の矛が飛んでくる。防ぐべきか躱すべきかを決める余裕もなかった。

 刀を構えたまま迎え撃つ。

 だが、再びリーナが追撃の呪文を唱える。

融解(メルト)!」

 矛が融け、水に戻る。

 刃に切られた水にはほとんど手ごたえと呼べるものはなかった。バケツに入った水をぶっかけられたが如く、イサミは水浸しになった。

「冷てぇ!」

 刀が水の塊を斬った形になったからか、偶然か、体の中心だけは濡れることを回避したが、四肢や頭部は濡れてしまった。

「しまった……!」

 イサミの脳裏に瞬間的に最悪の光景が浮かぶ。


 ――このまま固まってしまう……!?


 しかし、それ以上の効果はない。

「……なんだよこれ!? 嫌がらせかよ……」

 気配を感じ、全身を見回していた視線をリーナへと戻す。

「なっ――」

 馬上にいるリーナが槍を上段に構えていた。

 内腿に力を入れ、鞍を挟む力を込める。

氷の津波(アイスウェイブ)っ!」

 矛が一等鋭く振り下ろされる。

 氷の穂先が光り、大地に冷気を走らせる。


 空気中の水分を氷結させ、氷の波を大地に走らせる。


 近づくにつれ肥大化し、犀の角状に変化した氷に、イサミは頭で考えるより先に体が動く。

 右手に飛び込むように体を逃がす。

 直撃は免れたが、左のつま先を氷の波が掠める。

 濡れていた左脚部はつま先から瞬時に凍り付いた。

「いっ……!」

 冷気が肌に噛みつく。

 膝から下が言うことを聞かない。

 立ち上がろうとした結果、バランスを崩し倒れてしまう。

「く、くそうっ……! 足が……」

 上がる息とは裏腹に、体は急速に冷えていく。

 もがいているうちに、脚を覆う氷は、振れた大地の草や土を凍らせてしまう。終ぞイサミの左足は動かすことができなくなってしまった。

「はっはっは。滑稽だなイサミ」

 リーナがゆっくりと騎馬を進めさせる。「先程迄の不躾な態度はどうした?」

「ち、くそっ……」

 刀を杖代わりに、どうにか立ち上がったが、つい左脚に触れてしまった右足の裏から、凍り始めた。

「これが魔術だってのか。ミラーロが使ってたのと随分違うじゃねえかよ」

「畏れ多いことを言うな。ミラーロ様のように優れたものではない。武器に備えた石の力に少しだけ私が力を加えたまで」

 矛の石突に輝く青い宝石が、周囲の気温の低下に反目するように強く輝く陽の光を反射させた。

「私の力……? それって水を扱えるってことか?」

「それは魔晶石の力だ。ふっ……もはや貴様に教える必要もあるまい」

 もはや動けぬイサミに、リーナは余裕をもって接近する。かぼりかぼりと鳴る場の緊張感にそぐわない騎馬の蹄の音が、かえってイサミにプレッシャーをかけた。

 伸ばした氷の三叉矛の先が、イサミの鼻先に触れるほどの間合いとなった。

 鋭さではなく、その冷気に痛みを感じる。

「……貴様のような者にミラーロ様が殺されたなど、信じられぬ……!」

 リーナが口の端を噛みしめていることは、口唇の隙間から覗く白い歯が固く重なり合っていることでわかった。

 一方で、イサミは目を点にする他なかった。

「は……はぁ? 殺された?」

 その素っ頓狂な反応に、リーナが睨みを利かせる。

「とぼけるな。貴様が手を下したことはもはや明白だ」

 先ほどとは違い、静かな怒りを内に込めていることがイサミにも伝わってきた。

「ちょ、ちょっと待てよ! 確かに俺はミラーロってやつと戦ったけど、殺してなんかねぇ。俺が最後に見た時はまだ息があったぞ」

 イサミも文字通り濡れ衣だとばかりに必死に訴えた。

 しかし、二人の距離は、これだけ近づいていても、今更それを受け入れられるほど修復されてなどいなかった。

「この期に及んで命乞いのように言い訳を……見苦しい」

 言葉を吐き捨てるリーナ。

「今すぐに……――むっ?」

 リーナは今になって気づいた。

 イサミの右腕にガントレットがはめられていることを。

 そしてそこには、見慣れた紋章が凝らしてあることも。

「き、貴様……ど、どこでそれを!?」

 冷静さを取り戻していたリーナが再び取り乱した。今度は怒りではなく、明らかな動揺を見せている。

「は? え? なに、どれのこと?」

 イサミは他意なくそう言った。

「ふざけるな! そのガントレット……旧王家の証の一つ……! 貴様、どこで手に入れたのだ!? まかさ盗みを働いたのではあるまいな!」

「はぁ!? そんなわけないだろ! 泥棒なんてするかよ!」

「ではどこでそれを手に入れたというのだ!」

「そ、それは……言えねぇよ!」

「なんだと? 言えぬとはますます怪しい。それを渡すのだ!」

 リーナの言い分ももっともだった。

 しかし、ルミナーラのことを話すわけにはいかない。直情的な彼女に渡ってしまえば、どんな仕打ちを受けるかもわからない。

 イサミはぐっとこらえた。

「怪しくて結構だ。でも盗んではいない。これは俺の宝物だ」

 王家の証だから、ということではない。ルミナーラから真の信頼を得た証でもあるそのガントレットは、イサミにとって特別なものとなっていた。

「あんたたち今の王国側の人間には死んでも渡せねえな」

「ならば実力で奪い返すまで。話しているせいで忘れたのか? 自分の圧倒的不利な状況を」

 リーナはほくそ笑む。

 これだけ照り付ける太陽がある中、イサミの足を固める氷は解けることを知らない。まして右脚も、気づけば膝のあたりまで凍り進んでいた。

「今すぐにでも止めを刺したいところだが……生憎、貴様には聞きたいことがある。さっさと氷漬けにして捕縛し、王都へと連れ帰る!」

 氷の矛が光り始めた。

 騎馬の鼻先を横にし、リーナは左手一本で矛を高々と掲げた。

「くらえ!」

 リーナが矛を振り下ろす。


 ――その瞬間だった。


 イサミの刀の鍔に埋め込まれる形になっていた、緑の宝石が、それまで灯っていた光をより強めたのは。

氷の吐(アイスブ)――」

氷の吐息(アイスブレス)――」

 イサミに先に呪文を唱えられ、リーナは刮目する。

 刀の先から冷気が吹きだした。

 冷気は即刻周囲の空気中の水分を固め、吹雪となる。

 その勢いに圧され、肩の高さまで降ろしていた矛を持つ手が止まってしまう。

 リーナは吹雪に包まれる。

 騎馬の後ろ脚が凍る。

 体表を氷の膜が走る。

 危機を察したリーナは鞍から飛び降りた。

「ぐっ……!」

 受け身も何もなく、まさに緊急回避だった。

 雪が積もり始めた草原の上をリーナの体がしばらく転がった。

 それでも、即座に立ち上がり、矛を構え直す。

 その時には彼女の愛馬は完全に氷漬けになってしまった。


「な、なぜ貴様がその術を――なっ!」


 イサミは馬の向こうから現れる。

 彼の脚の氷はすでに解けており、彼の持つ刀の刃は、赤い炎に包まれていた。

 鍔に埋め込まれた赤い珠が、光を放っていた。

 熱さで正面に構えることはできないのか、彼もまた右腕一本を横に伸ばし、刀を遠ざけるように構えていた。

「それは火の……!? 一体どれだけ術を扱うというのだ!?」

 燃え盛る炎に顔を照らされたリーナは、汗が一筋流れているのを、拭うこともせず矛を構えた。

「だが残念だったなイサミ、私の水の魔術にかかれば!」

 突き出した矛の先から水流が吹きだす。

水流突き(ウォーターストライク)!」

 しかし、それを迎え撃つイサミの炎の剣は水を蒸発させる。

 連鎖的な水の蒸発により、水蒸気爆発を生じさせた。

「ぐわあああああああああああああああああああああああ!」


 高温の爆風はリーナの体を襲い、彼女は軽々と草原の彼方に吹き飛ばされるのだった……。

いつも読んで下さってありがとうございます!

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