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異世界転生予備校  作者: ずんだらもち子
5時間目

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5時間目  算数・課外授業 後②

 王城内の謁見の間は、わびしいものだった。少しの咳払いや、靴を擦る音がやたらに耳へと届くほど閑散としていた。

 玉座に王の姿はなく、かつて並んだ文官武官の長も持ち場に就いており姿はなかった。

 更には、その部下たる兵士や文官たち、城に務める給仕たちも、日に日にその数を減らしていた。

 中には、謎の手紙に恐怖し、人知れず城を離れる者もいる。

「――女神を名乗る者たちの足取りも気になる。ルルウバン師団長に命令だ。ただちに捕らえよと」

 イノス宰相は淡々と告げた。

「始末するのではなく捕獲するのですか?」

「やつらの狙いを聞きだす必要がある。殺した場合、報酬は半分だとも伝えておけ」

「はっ!」

 使い役の兵士はイノス宰相の下を去った。もはや使い役も数が少ない。先の兵士が出て行くと、残っているのはあと一人だけだった。

「……さて、タウカン少尉の足取りはつかめたか?」

「はっ。王都内での目撃情報は三件でした」

「たったの三件だと?」

 イノスは瞳だけを動かして兵士を睨む。

「は、はいっ」

 兵士は乾く喉を湿らせるのに必死で唾を飲んだ。「今は割ける人数が減っておりますので……」

「……詳細を」

「はっ。男爵邸付近で一度。しかし家の者たちは会っていないということでした」

「彼がそう言わせているだけではないのか」

「『いつの間にか旦那様がお帰りになられたのですか!?』と女給が安堵してこちらに訊ねてきていた様子から察するに、どうにも帰宅した様子は感じ取れませんでした。それから、市場での目撃が一件、東門での目撃が一件のみです」

 市場は王都の中央通り南側、それからタウカン少尉の男爵邸は王都の西側にある。王城内での目撃も含めると綺麗に東西南北で姿を現している。

 何かの意図が含まれていると考えるべきか、と、イノスは眉間にしわを作る。

「目撃された近辺を徹底的に調べろ。何か仕掛けてあるかもしれん。それと、タウカン少尉も目撃次第捉えるよう全兵士に伝達だ。……あとは、王妃様との接触については、誰か詳細は知らないのか?」

「護衛は席を外すように言われて、同席できていなかったようです。ただ、タウカン少尉が出ていかれた後、すぐに女給が部屋に入ったらしいのですが、静かに眠られていたとのことで、特に何かをされたということもなかったようです」

「……一体狙いは何なのだ」

 腕を組み、片方の手を口元に当てて、そこからしばらくイノスは考え込むのだった。




「――うっ……なんだこの町は」

 ホリックの町にたどり着いたリーナ師団長は苦々しい表情を浮かべた。

 立ち込める硫黄の臭いや、横たわる浮浪者たちに露骨な嫌悪感を示す。

「ここはホリックの町です」

 リーナに付き従えている部下二名のうち一人が答えた。うち一人は布に包んだ棒状のものを抱えていた。

「お、恐らくですが魔素が充満しております。あまり長いはしたくない場所です。えへんっ」

 部下二人はリーナ以上に顔色を悪くしている。喉にはりつく不快感に咳ばらいを繰り返していた。

「ここが噂に聞くホリックの町か」

 苦々しい顔でリーナは吐き捨てるように言った。

 時折まともそうな若者たちとすれ違うが、そのいずれもが今にも殴りかかってきそうな挑発的な目つきだった。覆面で顔の下半分を隠しているから余計に不気味に見える。

 ――しかし、しばらく町を進んでいくにつれ、彼らは横たわる人々の介抱らしきことをしているのがわかると、彼女もいくらかの警戒心を解き、話しかける。

「そこの君、少々尋ねたいことがある」

「…………」

 そこの君、は返事もせず黙ってリーナたちが来た方角と真反対に向かって去って行った。

「なっ……。――おい、そこの君」

「…………ちっ」

 別のそこの君は舌打ちをして路地の向こうに消えて行く。

「な、なんだ! 一体何がどうなって……――なに?」

 気付けば、路地からは若者たちは消えていた。

 残っているのは気だるそうに横たわり、辛そうにうずくまる人たちばかりだった。

「どういうことだ!? 全く、この町の責任者は一体どんな教育をしているというのだ!」


「特にこれと言って教育はしてねぇがな」


 馬上でリーナが吠えた時、控えている部下のさらに背後から声がかかる。

 目力のある男だった。日に焼けた肌の中白い眼球がやたらに目立っていた。

「貴様が町の長か?」

「だとしたら何だっていうんだ?」

 嘲笑いながらそう言えば、皮肉や冗談の類で捉えてくれる可能性はあったが、マニティ町長には愛想など微塵もなかった。

「おい! 我らは王国軍の師団、そしてこちらにおわす方は王国軍第六師団師団長リーナ様だぞ」

 リーナの後ろに――今は前となったが――控えている騎兵が一歩前に出て、馬上よりマニティ町長や、いつの間にか戻ってきてその周囲を固める若者たちを見降ろす。

「そうか。俺は町長のマニティだ。で? 何の用だ?」

 しかしマニティ町長は一切動じることはない。若い衆に至っては腰に下げているナイフの柄に手を添えつつ、好戦的な目つきを返す。

「不敬な真似を。その態度が内政の杜撰さを物語っているようだな」

 舌打ちを最後に添えてリーナが言った。

「何……?」

 マニティは若い衆と同等かそれ以上に鋭さを目にたたえた。

 リーナは、マニティが挑発にのったとほくそ笑む。

「この町の噂は聴いているぞ。税の徴収もろくにできず、徴兵にも応えようとしないとな」

 しかしマニティはそんな彼女の言葉に、呆れたとばかりにため息を吐く。

「あんたバカなのか」

「なんだと!」

「この実情を見てそんな感想しか持てないのであればバカでしかない。王国軍の、しかも師団長と聞いて多少でも期待した俺もバカだったな。話すだけ無駄なようだ」

「この者たちが不真面目であることが貴様の責任だというのだ!」

 僅かの間に立場が逆転してしまっていることを知ってか知らずか、リーナは声を荒げた。部下の兵士たちもにらみ返している。

「不真面目……だと?」

 一方マニティたちはもはや相手にするのも面倒だと肩を落とす。

「何も知らない世間知らずのお嬢様では話にならん。帰ってくれ」

「貴様ぁ! そこに直れ!」

 リーナが怒鳴ると気落ちしていた青年たちが息を吹き返したように一斉に剣を構えてマニティの前に飛び出してきた。

 周囲の空気が熱を帯びた。

 騎士団と青年団はにらみ合い、一触即発の緊張状態となる。

「我らに剣を向けるとは謀反の意と捉えてよい覚悟があるのだな?」

 部下の一人が剣を抜く。

「そっちこそ、王国軍として民に刃を向けるんだな? 己の未熟さを突かれて、感情的になって、まるでみっともない」

 マニティ町長がそう吐き捨てると、リーナは拳を音が鳴るほど強く握った。

 肩を震わせながら瞼を閉じ、喉から声を絞り出す。

「……っ。この辺りに、異国の服を着た者たちがやってこなかったか……」

「知らん」

「嘘をつくとためにならぬぞ……」

「はっ。本当のことを言ってもなんのためにもならないと思うがな」

 その一言が、リーナの瞼を、瞳孔を開かせた。

「一々鼻につくやつだ! ええい、ソーチャよ、やり――」


「待て!」


 マニティたちの背後へ、反応して目を向けたリーナの視線の先、町角から姿を見せたのはイサミだった。

「バカッ。なぜ出てきた!」

 たまらずマニティが怒鳴る。

「え?」

 ちょっとドヤ顔で登場したイサミだった。

 このタイミングで真打は登場ってね――そんな甘い考えはあっさり否定された。

「いやだって……、マニティさんたち危なそうだったし……。俺のせいでアンタたちに怪我でもされたら寝覚めが悪いし……」

 イサミが戸惑いつつどこか素っ頓狂な答えを告げた。

 マニティは額に手を置いて俯いてしまった。

 リーナが騎馬を操り自分の部下たちの一歩前に出る。

 相対するホリックの町の若い衆たちは引こうとはしなかった。それでもかまわず彼らの頭上を越えてイサミに語り掛けた。

「おい貴様、その妙な格好……、」

 とリーナは目を細める。別に変装用の服を着ているわけではなくイサミ的にはただの制服姿だ。

「手配書に書かれているイサミという男で間違いないか」

 それに呼応するように護衛の一人が手配書をわざわざ取り出し広げてみせた。

 残念ながら誰がどこからどう見てもイサミの顔が描かれている。

「え? あ、いや、そのえっとぉ~……ぴゅ~♪」

 思わず答えに窮するイサミだった。滝のような汗を流し、口笛を吹く。

「違うのか!? この瞬間に出てきて今更違うと言うつもりか!」

 しかし奇跡的に、まだ一度も、誰もイサミのことを指してその名を呼んではいない。

「な、なんでそんなことあんたに言わなくちゃならねえんだよ! バーカ」

 混乱が極みに達し、言葉が乱暴になってしまった。

「貴様もか! ええい! 騎士を愚弄しおって。その罪、その命で償え!」

「なんでお前のくだらねえプライドの為に人の命がいるんだよ。釣り合わねーだろ」

 もはやブレーキをかけることもなく、イサミは暴言を続けた。

「おい、この町で暴れるんじゃねえ! 住民が反応しちまう!」

 感情的な言い合いに危機感を覚え、マニティ町長は二人を制する。

「だってよ。じゃあな!」

 イサミは我先にと逃げ出した。

 そのそばに、ルミナーラはいなかった。

「バカなのか奴は……。私が馬に跨っていることが見えぬのか!」

 リーナは手綱を持つ手に力を込める。

「お前たちはそこでこやつらを見張っていろ」

 部下たちに告げる。

「し、しかし……お一人では」

 部下たちは魔素の耐性があまり強くないのかもしれない。動き回って呼吸を乱せばそれだけ魔素を体内に取り入れてしまうだろう。仮にこの町に一か月居たとしても、すぐに何かしらの症状がでるわけでもない。むしろ抗体が作られるかもしれないが、確実に蓄積はされていく。

「私一人で行く!」

 明らかに顔色が悪くなっている部下たちに無理強いはできないと考えたのか、リーナはそう言った。

 部下は「しかし……」とうわ言のように声をかけるが、リーナは何も答えず、武器を持てと左手を背後に伸ばしたのだった。



 しかし、考えが甘かったのはリーナの方だった。

 この町は、かつては王都に次ぐ栄えた街だと言われていた。すぐそばを流れる河川のおかげで物流、交通の要所だったのだ。その名残で建物は多く、見通しは悪い上に細い路地も多い。馬に乗ったまま人を追うには向いていなかった。

 あっという間にイサミの姿を見失い、さらには彼に時折路地から身を乗り出して挑発までされてしまう。

 誘われるように町の外に出たころ、ようやくイサミの姿を捉えた。

 リーナは慌てて手綱を引き、馬の嘶きと地面を蹄が滑る音を作る。

 イサミがすでに構えていたからだ。

 町から外れたわびしい草原の中、静かな殺気を放つイサミ。

 彼女の細い首に、一筋の脂汗が流れる。

 イサミを睨む表情に鋭さはなく、鈍い苛立ちが見え隠れしていた。

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