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5時間目  算数・課外授業 前②

「――おい、聞いたか?」

「あぁ。なんでも北の港町にも表れたみたいだぞ」

「え、一体なにがあったのさ?」

「女神さまだよ。女神さまが復活なさったんだ!」


 ――流れ着いた町の出入り口でそう村人たちが噂するのを耳にして、イサミはつい顔をニヤけさせる。

「セイマのやつ、上手くやってるみたいだな」

 隣に並ぶルミナーラに小声でそう語ると、彼女も細い顎を小さく上下させる。

「うむ。しかし、少しばかり話が大きくなっているような気もする」

「確かに。アイサには聖獣の妖精にでもなれって言われたけど……。っていうか、女神さまってのがあたかも過去にいたというか、みんな知ってる前提で喋ってね?」

「うむ。それも一つの原因だろう。それについては――」

 と語り始めたルミナーラの声を、過行く町の中年連中の声がかき消す。


「女神さまがお怒りだって!?」

「あぁ、なんでもけたたましい呪いの言葉を唱えるんだと。聞く者の耳を狂わせるとか……。幻覚を見たり体調を崩して寝込んだり、隣町のアンディさんはそのせいか時々耳の奥でキーンと音が鳴るとか……――」


「……何やってんだあいつ。呪いの言葉? つーか最後のはただの耳鳴りだろ……」

「さすがだな。イサミたちの力は我々の魔術とは違うと思っていたが、呪いまで扱えるのか」

 苦い顔を浮かべるイサミの隣で、ルミナーラは敬意にも似た輝きをその瞳に浮かべていた。

「いやそんな話は聞いたことねえけど……ていうか、国の人々の心を掴むってのに、怖がらせてどうすんだよ」

「敬意と畏怖は相反するかもしれないが、人の心を留める力は似ている。一先ず問題ないだろう」




 ――その頃、セイマとトリヒス、それに兵士のファートとイムニは、とある山の奥深く、潜むように広がる湖のそばで一休みしていたところだった。

 今、着実に燻ぶり始めた国を揺るがすひと騒動などとは無縁の暖かい日差しに、緑の空気、青い水がそこにはあった。

「はぁ~……なんだかお昼寝したい気分です……」

 昼食をとり、満足したお腹をさするセイマは、聖獣のグライフの脇腹に背もたれる。聖獣は、昼下がりの猫のように前脚を畳んで香箱座りをしていた。

「「「……」」」

 トリヒスたちはそんなセイマの正面に並んで座って、一緒に昼食を食べていたのだが、怯えるような気を使うような、何とも言えない難しい表情を並べていた。

 互いに無言で視線を交わしている。ここ数日で彼女に聞きたいことがいくつか浮かんでいるのだが、その機会を見計らっているのだろうか。

「あ、あの、セイマ殿」

 やがて、年長者でもあるトリヒスが咳ばらいを交えつつ、神妙な面持ちで言った。

 小太りと小柄の兵士二人も、背筋を伸ばす。

「はい、なんですか?」

 セイマは屈託のない笑顔を振りまく。

 その眩しさに、トリヒスはつい喉を縦に動かした。

「そ、その……楽しそうですね」

「はいっ!」

 陽の光を反射させて煌めく湖面の様にセイマの笑顔は輝きを放っていた。

 元気な返事の勢いそのままに立ち上がる。薄手の衣をいくつか重ねて作り上げた衣装の裾を掴むと、体を右へ左へとくるくる半回転させつつ、

「最初はちょっと恥ずかしかったですけど、慣れちゃうと可愛いですし」

 宿場町で布を買い、即興で作った割には様になっていた。

「そ、そうですか……」

「あ、あんのお」

 引き下がったトリヒスと入れ替わりに言ったのは小太りの兵士であるファートだった。

「あのぉ、いつも最後に唱える呪文みてぇなのはなんだぬ? おらの耳にもこびりついちまって……」

「え? 呪文?」

 そこでセイマの顔はぴたと静かになった。

「歌……なんですけど」


「「「え!? 歌ぁ!!!?」」」


 まぶたを全開にし、こぶしを飲み込まんほど口を開き、雲を射貫かんばかりに三人は声を重ねて叫んだ。

「ふぇ!?」

 その衝撃に、セイマもまた、びくりと体を弾ませて固まってしまう。彼女の背後で聖獣もまたこっそりと目を見開いていた。

「は、はい……。妖精と言えば、やっぱり歌かなって思って……」

 セイマの言葉に、トリヒスたちは何も言えなくなってしまった。何がやっぱりなのか疑問だったのかもしれないがとにかく互いに目を合わせては泳がせるばかり。

 見る見るうちに妖精代行のセイマの顔に不安が影を差す。


「え? 私って………………、オンチ、なんですか……!?」


 さっ――とトリヒスたちは下を向いた。

 その露骨な態度。そしてここまでの発言から、ほぼそう言っているようなものなのだが、それでも明言することだけはできない。王都で再会するという約束の日までまだ五日以上、四人で過ごさなければならないのだ。気まずい空気を確たるものにすべきではないと大人の考えからか、トリヒスは肯くことも、声を発することもしなかった。

 三人のつむじ――兵士の二人もキョゥーカの町を出る時に平民の服に着替えていたので鎧の類は纏っていない――を眺めていたセイマは、すがるように自分の後ろで静かに座っていた聖獣グライフへと振り返る。

「グライフ……さん……?」

 涙目のセイマの声が震える。いくら聖獣とはいえ、その鷲を彷彿とさせる顔から感情の機微を推し量ることは難しい。

『……だ、大丈夫ですセイマ。あなたのじゅ……う、歌声はとても独創的で、他の人には理解できないだけです。とても妖精然としています』

 しかし、意思疎通はできるので、多少声が上擦っていることはトリヒスたちにも分かった。


 ――あ、聖獣様も同じことを考えていたのか――と。


「そ、そうですよね!」

 セイマは目をくしくし擦って涙を拭うと、笑顔でそう答えた。

「「「そうですそうです!」」」

 男たちも急いで聖獣様の意見に便乗したのだった。

「よーし、もっともっとこの国の皆さんを元気づけるためにも、私、歌います!」

「「「え?」」」

 と思わずこぼしてしまった男三人は慌てて互いの脇腹や二の腕を小突き、ぎこちない笑みを作った。

 それには気付かなかったセイマは、ふんすと鼻息荒く、ガッツポーズをしてみせる。

「こんなにも誰かを喜ばせることが楽しいことだったなんて今まで知りませんでした!」

「「「あははは」」」

 硬い愛想笑いは空にこだますることはなかった。

 からかうように木々の間を小鳥が飛び交っていく。

『セイマ。それにみなさん』

 聖獣が改めて名を呼ぶので、セイマは見上げた。

「はい? どうしました」

『今後のことですが、一つ相談があるのです――』




「この先の地域はできれば通りたくはなかったが……」

 もうすぐで新しい町にたどり着く――道案内の看板を見つけてルミナーラがそう告げた時だった。

「エッジのじいさんも言ってたな。気を付けろって」

 主要の街道を進むのが一番の近道だが、当然王都に近づくにつれて王国軍の兵士に見つかる可能性も高くなる。また、貴族や王族の直轄領を通れば同じように捉えられる可能性は高まる。

 しかし、悪戯に遠回りをしていては王都への到着期日に間に合わない。更には、王都での工作を成功させるために視点を王都外に向けさせるべく、多少イサミとルミナーラの存在が露見する必要もある。

「俺なんて指名手配されてんだろ?」

 ――キョゥーカの町でも似たようなことをタウカン少尉たちに尋ねたところ、手配書を見せてくれた。人相書きだが、やたらに写実的だった。どうやら魔術で描かれているようだ。自分で見て、間違いなく俺だとイサミは言ってしまうほどだった。

 同じくセイマも手配書を作られている。

 アイサだけは直接王国軍の人間と出会っていない、もしくは一人残らず打ちのめしているので、手配書はなく、その存在さえも知られているかわからない。だからこそ王都に潜入して手はずを整えておくと言い出したのだ。

「あんなの出回ってたら一発でバレちまうぜ」

 その時のことを思い出し、イサミは小さく身震いした。

「大丈夫だ」

 ルミナーラが前に伸びる道を睨むようにしながら言った。

「なにが大丈夫なんだよ」


「私が何年指名手配されてると思っている」


 皮肉めいたことを言うが、彼女は自嘲することはなかった。

「皆不思議そうにはしても、一日以上滞在しなければそう通報されることもない」

 幾多の経験を孕んだその一言に、イサミは開きかけた口を結び、気を引き締めようと自分の頬を叩くのだった。

いつもお読みくださいましてありがとうございます。

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