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異世界転生予備校  作者: ずんだらもち子
5時間目

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5時間目  算数・課外授業 前①

「――おい、アイサ」

 タウカン少尉が左右に気配を配りながら尋ねる。

 アイサとタウカン少尉の二人は、今王都の中にある、とある路地裏の一角に身を潜めていた。

 王都は北に王城であるエスポフィリア城があり、その敷地を囲う城壁の外側は、王族・貴族の居住区になっている。さらにその外側が王都の民たちが住む平民街となっている。

 とはいっても、文化や産業のレベルは当然国内一のものばかりが並んでいて、文字通り国の中心である。地方にすむ民にとっては憧れの場所でもあった。

 そんな平民街のアパートメントが並ぶ路地の脇を抜けて、都市計画のいたずらによって路地裏にできたような、うらぶれた空き地に二人はいた。

「本気でやるのか?」

「もう賽は投げられてるのよ。――ちゃんと持ってるんでしょうね?」

 アイサが鋭く開いた瞼の中で瞳を動かす。

「あぁ」

 タウカンは鎧の懐から細長い硝子の瓶を取り出す。そのはずみで中の液体がとろりと揺れた。

「気味悪いな……。なぁ、失敗したら命はないぜ」

「失敗できないから面白いんでしょ」

 建物と建物の間に切り取られた町の景色を見ながら、アイサは平然と言った。

 いじらしく開いた口が塞がらないタウカンは、喉の奥から言葉を絞り出す。

「……オレが逃げ出したらどうするつもりだ?」

「カッコ悪いと思うわ」

「うるせー。そうじゃなくてだな――」

「その時は私が未熟だったと思って、諦めるわ」

 淡白にそう答えるアイサに、タウカンはもう何も言い返すことができなかった。

「あ、そうそう。あなた気づいてないでしょうけど、このままいけば五日後には発症するわよ」

「いい!?」

「死にたくなかったら急いで戻ってくるのね。あと、お妃様もお願いね」

 驚く彼を余所に、アイサは路地の向こうの表通りに目を光らせたままで、慰めや励ましなどの感情を向けることもない。

「オレ一人だけ負担でかくねぇか!? いきなりお妃様まで攫ってくるなんてよ」

 タウカンが詰め寄り唾を飛ばす。

「誰も攫えなんて言ってないわ。今はまだお姫様なんて連れてこられても足手まといだもの」

 妃を物の様に考えるその発言に、タウカンは寒気を感じた。

「それに手紙は到着するのにあと二日はかかるんでしょ?」

「あ、あぁ。昨日宿場町の詰所で託したからな。早馬を乗り継いでも三日はかかる」

 手紙の配達制度は、この国では王国が運営しているらしく、各町村に置かれた詰所がその受付業務を行っているようだ。馬を乗り継いで届けられるシステムで、詰所は旧時代的な駅の役割も果たしているらしい。

「到着したころを見計らって行くのね。それまでに私の隠れ家、じゃなくてお仕事先、紹介してくれるんでしょ」

「お前、遠慮なく頼むよな……。隠れるくらいなら王都から離れたらいいじゃねえか?」

「他にやることもあるし、恐らく相手は手紙を読んだら、一応城門を閉ざすはずよ。そうなったら忍び込むのは手間がかかるから、こうして先に入ってるんじゃない」

 タウカンもその点については異論はなかった。

 初めて出会った聖獣に乗せられてこの王都にアイサと二人降ろされた時、その説明を受けて当初は手のひらを打った彼だったが、作戦の実行が迫るにつれて次第に恐怖心を抱き始めたようだ。

「あなた軍人なんでしょ? これくらいのことでビビるわけ?」

「けっ。どうせ俺たちは争乱後の世代だよ」

 タウカンは聞こえるか聞こえないかくらいの声でぼやいた。アイサは何も言わなかった。

「これくらいって規模じゃねえんだよ。やっぱりお前たちは本当に、異界の使徒なんだな。はぁ、恐ろしいぜ」

 タウカンはため息を吐き、あごを突き出しながら厭味ったらしく言うのが精一杯の抵抗だった。

「なにそれ?」

 そこで再び、タウカンへと顔を向けるアイサだった。

「お前が手紙にそう書けって言ったんだろ」

「私は異世界からの予備校生って言ったつもりだけど」

「おお、だからそう書いたんだよ」

「……」

 アイサは右耳にぶら下げていたイヤリングを指でいじる。「誤訳ってわけね。まぁいいわ、その方がそれっぽいし」




「――一体どうしたというのですか!?」

 王城内の通路にて、女騎士リーナがイノス宰相を追いかけて声をかける。

「先日の突然のアイラグナス国からの撤退に続いて、式典を早めるなどと……」

 つい先程呼び出された長官たちを集めての会議、王は不在のままイノスが皆に指示を出した。一方的な命令を下すだけだったので、ものの五分も経ず会議は終わりを迎えたのだが、リーナだけはそれで納得ができなかったようだ。

 白味の強い金髪を後ろで一つに束ね三つ編みにしている。その可憐な顔立ちと蒼い瞳に不似合いな赤褐色の鎧に首から下は覆われていた。

 リーナはイノスを追い越し、彼の前で事実上立ちふさがった。

 そこでようやくイノス宰相は足を止め、鼻から重い息を吐く。気だるそうに頭を右に傾けた。

「君は当時出兵には反対していただろう?」

「それはっ……そうですが、」

 一瞬怯んでしまうが、すぐに「それと式典を早めることに関係が――」

「異界からの使徒たちが各地で姿を見せている。それに君も聞いただろう。あの手紙を」

「は……はい……!」

 リーナはその王を侮辱する内容に怒りを覚えた一人で、今も思い出すだけ握る拳に力が入る。

「王にとって大切な儀式であることは以前より直接お話があったはずだ。是が非でも邪魔をされるわけにはいかない。国内の安定を図ることは何より重要だ」

「……しかし、兵はもちろん、国民の間に混乱が生じてしまいます」

「何も中止にするわけではない。式典は王国の武官文官を中心に執り行うものだ。国民は関係ない。それより、君の部下だけではないか? 伝令役から戻ってきていないのは」

「――っ!」

 先の伝令役は各師団から選出し、国内の各地に遣わせた。一個師団に対する負担を減らす為でもあったが、その実各師団の中では、互いをライバル視する傾向が大なり小なり存在し、たかが伝令の一つをとっても、その結果に敏感になるものがいた。

 リーナはあまり王城内での政治については関心が無い方ではあったが、いちいちそのことを突いてくるような者もいて辟易していた。また単純に武官である彼女は負けず嫌いでもある。

「で、ですから、こうして今より出発をするのです!」

 と、つい感情的に答えてしまった。

「もしかしたら私の部下がすでにやられているかもしれませぬゆえ、後始末は私自ら……」

「よい心がけだ。王は弱きものは必要ないとお考えになる」

「……はっ」

 リーナは眉間に皺寄せた難しい表情を隠せないでいた。

 イノスは笑いもせず、冷めた目を向ける。その何をも信頼していないとさえ感じられる目つきがリーナは苦手だった。

「手紙の出所を今追跡している。が、受付の印はキョゥーカの町のものだ」

「キョゥーカの……。……なっ!」

 リーナは目を大きく開いた。蒼い瞳に似つかわぬ血が走っていた。

「そうだ。北西の方面の担当は君の師団だったな」

 リーナは自分の指先が震えるのを隠すように強く握りしめた。


 ――この人、それを分かってて……隠した? 私を守るため? いや、違う。きっと完璧に証拠を集めてから公表するつもりだったのだ。皆の前で完璧に私を貶めるために。でもそれならどうして今そのことを? むしろ助け船とでもいうことだろうか…………いや、希望的観測は捨てろ、(リーナ)


「……私がすぐに向かいます。部下の不始末は長である私の責任です」

「イノス公爵様ぁ!」

 そこで、廊下の向こうから一人の兵士が無遠慮に駆けてくる。

「ここ、公爵さま――ひっ!」

 駆け寄った兵士の前に、イノスはいつの間にか抜いた細剣の先を突きつけていた。

 リーナと兵士はいつイノスが抜刀したのかさえ気づかなかった。

「君」

「は、ひゃいっ!?」

「忘れたのか? 僕は今宰相、国王の補佐だ。貴族連中と同じ位置に落とされてはたまらないな」

 皮肉な笑みもない。ただ冷めた目と、開きの薄い口だけがそこにあった。

「もももも、申し訳ございません!」

 兵士は直立したまま、必死に叫んだ。

 リーナは顔を険にして脂汗を浮かべた。

 イノスは満足したのか、剣を収めると兵士に発言を促した。

「それで、どうしたというのだ」

「ひひひ、東スループの村で、よよ、よ、妖精が現れました!」

「何?」

 イノスは顔を顰める。

 リースが代わりとばかりに、鋭く兵士を睨んだ。

「妖精!? バカな……そんなはずは……貴様、虚言では済まされないぞ!」

 イノスは反して冷静だった。

「リーナ、君も用心するように」

「……はっ!」

 リーナ第六師団長は踵を返し廊下を駆けていくのだった。

「君、ついでに伝令を頼まれてくれるか。第五師団長に、南方にある村に使いを頼みたいから、私の執務室に来るように、と」

「はっ」

 剣を突きつけられた兵士が走り去るのと入れ替わりに、また別の兵士がやってきた。その者も随分と必死の形相を浮かべていた。

「イノス様、北東方面にて、女神が現れたとの通報がございました」

「女神……だと?」

「は。何でも、奇妙な呪文をとなえ、民たちを苦しめているだとか」

「……君。使いを頼みたい。第三師団のシャドウのところへ行ってくれるか」




「――はぁ~……今日も平和だ腰がいてぇってなぁ」

 とある山間部にある東スプールの村。一人の農夫が鼻歌混じりに背中を反らす。

 目の前に広がる畑は半分が耕され、もう半分がこれからのようだ。

「……ん?」

 胸を大きく反らせて、見上げた上空に、黒い影が走る。

「な、なんじゃあ、今の……気のせいか?」

 農夫が首を傾げていると、離れた所で作業をしていた同じ農家の仲間が血相を変えて叫んできた。

「ライアーさんよ! 上じゃ上ええ!」

「上? ――ぬあああああああああ!?」

 気まぐれな雨雲ではない。明らかにその広げた翼の姿は生き物だった。

「「せ、聖獣さまじゃああああああああああああ!」」

 農夫たちは手にしていた鍬や鋤を放り投げて逃げ出した。

 聖獣は四方八方の空に向かって火炎を吐きだしている。

「あわばばばばばば!」

「くわばらくわばら……!」

 農夫たちが震えている。

 しかし、そこに農夫の幼い息子がふらりふらりと歩いて来た。

「いかん、ジャァック! こっちに来るんじゃ!」

「しかし、ライアーさんよ、聖獣様はわしらを襲うかのぉ?」

「聖獣様に喰われち…………ん? そ、そうじゃな……いや。でんも、今の王様が聖獣様たちを封印しちまったって聞いてたぞ。悪さばかりするってなもんだから」

「なのに飛んでるべ?」

「あぁ……てことは何か? 聖獣様は放されて……再び暴れてるってことけ?」

「ぬああああ! 聖獣様がおらたつの畑に降りてきたべさ!?」

 聖獣は鷲のような翼をばさりと優雅に上下させて、ふわりと地上に降り立った。それでも生じた突風は、農夫たちの被っていた帽子をいとも簡単に彼方へと吹き飛ばす。

「これ、ジャック!」

 たまらず父はジャックの下に駆け寄る。

 幼き息子は、聖獣の登場に無邪気な黄色い声をあげていた。

 息子を抱きしめる父。

 その目の前の聖獣と思しきものの背中から、一人の少女が舞い降りた。

 薄手の衣をまとい、敬虔さを醸し出すリースが頭に乗せられている。

 首から下がる緑色の宝石が眩く光っていた。

「ご安心ください。聖獣はあなたたちに危害を加えるつもりはありません」

「あ、あんたはまさか……」

「め、女神様だべか……!?」

いつも読んで下さってありがとうございます!

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