給食の時間
ぱくぱくぱくぱく……!
もぐもぐもぐもぐ……!
ガツガツガツガツ……!
ルインズ地区――旧ルインズの村から5里ほど南に下った場所にある宿場町、キョゥーカの町の一角にある食堂は大賑わいだった。
突如現れた王国軍のタウカン少尉が率いる謎の集団が、とにかく食い散らかしているのだ。
タウカン他、三人の兵士と、見慣れぬ民族衣装をまとった三人、そしてみすぼらしい服を着た六人の不思議な団体に、キョゥーカの宿場町は不穏な空気に包まれた。
国王軍の少尉が引き連れているのだから、兵士以外の人間は罪人かもしれない――そんなまことしやかな噂も流れたが、野次馬たちは食堂の窓から覗き込んだその光景に自分たちの予想は全くの誤解だったことを知らされる。
兵士が罪人に景気よく料理を振舞うはずがない。
「――ど、どんだけ腹が減ってたっすか?」
部下の一人――イニム兵士が青い顔で引いていた。
イサミたちはもちろんのこと、元王族であるルミナーラたちもとにかく食べ物をかき込んでいたのだ。
ここに来るまでの二日間は、獣を狩るか、野生の果実を食すだけだった。
と、そう言葉にすれば充実した食生活にも感じられるのかもしれない。ルインズ地区にいた頃は、木の根のようなイモ類をすり潰し、お湯で伸ばして焼いただけのような食べ物を、それこそ皿一枚分くらいの大きさのものを分けてもらっただけなのだ。
それに比べれば、肉や果物を食べられるのは十分満足できそうなものに聞こえる。
しかし、そう都合よく人数全員が満足できるほど確保もできなかったし、現れる獣のほとんどが魔獣だった。
魔獣の肉は食用には向かないらしく、魔素とも呼ばれる毒素が沈殿しており、経口摂取することで体が蝕まれるらしい。
ただ、セイマも自分が葬ったであろう獣が魔獣だろうとわかり、安堵の息を漏らした。それほどルインズ地区の周辺には魔獣ばかりが棲息しており、それがまたあの地区の貧困を加速させていたことを、イサミたちは道中エッジたちに教えてもらった。
おかげでイサミも刀を振るう経験を積むことはできた。魔獣の駆除は大切なことらしく、魔獣に襲われた野生の動物や植物、時には人間にまで、その魔素が広まってしまうらしい。
それでも最初はまだ何かを斬ることに抵抗が生じていたイサミだったが、最後の方にはある程度度胸はついた。
それに、彼の実力をまだ見ていないルミナーラたちからも多少の信頼を得られたようだった。
ルインズ地区を旅立って三日の間に、ルミナーラたちと様々な経験を重ね、また色々この国の、この世界のことについて教えてもらった。
中でも興味深かったのはかつて世界を混沌に貶めた邪神官と魔王の争乱についてだ。
その争乱は、一方的に魔王と邪神官がエスポフィリア王国を攻めて破壊の限りを尽くしたというものではなく、王国内でも三分の一の地域では邪神官たちに附いた人々もいたらしい。末期には国民同士で戦っていた戦場もあったとのことだった。
勇者一行が魔王と邪神官を滅ぼしたのち、このエスポフィリア王国では同じ過ちを繰り返すことのないよう、先代の国王が政教分離を推し進めたということである。
ただ、現在も王都の北部にある聖堂には多くの参拝者が訪れるらしい。
「へぇー!」
「でも、ということはまだ完全には政教分離ができてないのかしら?」
イサミとアイサは興味深げにルミナーラやエッジたち、時にはタウカン少尉の話を、焚火を囲んでよく聴いていた。
「――ふぁぁ~……。私、先に寝ますねぇ……」
セイマだけは、あまり難しい話は興味ないのか話が深くなると、途端に欠伸をしていた。
そんなこんなで、歩き続けて三日目の昼、山を二つほど越えてようやくたどり着いたのがこの『キョゥーカの宿場町』だった。
今後どうしていくのかという相談も改めてしなければならないが、一先ず食事を、そしてぐっすり眠れる宿をイサミたちはタウカン少尉たちに訴えた。
1階が食堂になっている宿屋があるので丁度良いと案内されたそこで、イサミたちはとにかく食事を注文しまくったのである。
何が書いてあるのかは読めないが、片っ端から注文していた。
食堂側も、異様な団体だったが、国王軍の兵士であるタウカンがいる以上、無下に扱うこともできず、それ以上に他の客よりも優先して対応せざるを得ないと、慌てて調理に励んだ。
見慣れぬ食材、料理が次から次へとテーブルに並んでいく。食器だけは割と似ていてナイフはもちろん、フォークも歯が2本だが使えないことはなかった。木製のフォークやスプーンなどはどことなく温もりを感じる。無理矢理くっつけた3台のテーブルに十三人が並んだ。イサミはお誕生日席に座らされている。
「位の高い姫様が座るんじゃねえの?」
と尋ねたが、
「そんな目立つことをしたら勘づかれるかもしれぬじゃろ!」
「ちょっと考えたらわかるでしょ? バカじゃないの?」
「これだから戦の経験のねぇガキは……」
とエッジ、アイサ、そしてタウカンにまで窘められて、イサミはひそかに鼻がつーんとし、涙目になったが、誰にも悟られないよう必死にこらえたのだった。
「――イサミさん、こっちにサラダみたいなのがありますよ。取ってあげます」
「――イサミくん、こっちにもサラダみたいなのがあるわ。はい」
とイサミに左右からサラダを渡してきたセイマとアイサの二人は、肉にガッついている。アイサはフォークを使っていたが、セイマは手で肉をむしり、引き裂いて食べていた。その方が美味しいという。
「いや善意のフリして自分が食べたくないもの俺に渡してきてるだけじゃね? 野菜も食べろよ」
「女子の好きな食べ物は肉なのよ。知らなかったの?」
「そうなの!? タピオカとかパンケーキじゃねえの!?」
「あれは可愛く見せたくて見栄で言ってるだけよ。女は肉よ。覚えておきなさい」
「……まぁもうその情報を有効活用することもないだろうけど」
イサミたちのテーブルの隣ではルミナーラたちも同じように食事に集中している。長い雌伏の時から解放されたように夢中だった。
「くそう……ここもオレがもつのかよ……」
タウカン少尉は嘆いた。食堂はもちろん、宿代も全てタウカンが払うことになっている。
「主人、急な話だが――ゲプッ、今日部屋の方も空いてるか?」
タウカンの部下の一人――ノーマは宿屋のカウンターに立った。玄関正面にあるカウンターから右手には先程食事をした食堂が見えており、イサミたちが満足げに腹を撫でながら背もたれに体を預けているのが見えた。
なんだかんだで部下たちも上官のおごりとなれば遠慮なく食事は堪能したようで、未だに小太りの兵士――ファートとセイマは食事を続けていた。
カウンターの裏手には2階へと続く階段が左右にそれぞれ設けられていて、部屋数の多さを感じさせる。
「はいよ。おっと……」
宿屋の主人は、ノーマの隣に立つアイサと目が合うと、彼へ目配せをしてニヤついた。
「旦那、お楽しみなのは結構ですがね、あんまり派手なことはしないでくださいよ」
「は?……ば、バカ、違うぞ」
「いやあでも、綺麗な娼婦ですな。この辺りではあまり見かけませんね。格好も観たことない服装ですが、いやぁ、妙にそそりますなぁ」
いやらしい目つきでアイサを品定めしている。
アイサはというと、ノーマが勝手なことをしないか監視のつもりできたようだが、彼女もまたじーっと宿屋の主人を見返している。感情の起伏が非常に少ないことはノーマもここ数日で薄々だが感じていたが、今は怒っているのではないかと主人とは対照的に一人ハラハラしていた。
「は、話を聞け! 二人部屋ではない。もう少し広い部屋が欲しいのだ。あそこにいる皆が一つの部屋に泊まれるようにしたまえ!」
「み、皆さんで!? い、一体どんなお楽しみを?!」
「そこから離れろ! 男女は当然別だあ!」
準備させた大部屋に皆が移動している間、アイサとイサミ、そしてタウカンとトリヒスだけが食堂に残ったままだった。ちなみにセイマは食べすぎて動けなくなったので、ノーマやファートに運ばれてしまった。
「――手紙……だと?」
すでに手枷の解かれたタウカン少尉は怪訝な顔を浮かべた。
隣にいたトリヒスも目をしばたかせた後、目玉を左右に動かし、周囲を伺う。宿屋の給仕たちはたくさんの空になった皿を運んだり清掃に励んだりで、聞き耳を立てている様子はない。
「ええ」
アイサはこくりと肯く。
「いきなりご訪問するわけにはいかないでしょ? まずはご挨拶をしておかないと」
「そ、そりゃあ……」
タウカンは顔をひきつらせたままトリヒスとイサミへ目を向ける。
イサミはへっと愉快気に鼻を鳴らすだけだった。
視線を受け取ったトリヒスは、小さく喉を鳴らして調子を整えてから口を開いた。
「ご、ご立派なお考えだとは思いますが……本気ですか?」
「ええ、もちろん。だから紙と書くものを準備してほしいのよ。それとトリヒスさん、私たちこっちの字が書けないから、代筆してくださるかしら?」
「そ、それは構いませんが……」
と今度はトリヒスがタウカンに視線を返す。
「まぁこの町は国の北西部の田舎とは言え、町としては栄えてる方だからすぐにでも準備できるだろうけどよ……」
タウカンは未だ納得できないとばかりに歯切れの悪い物言いになっていた。
「そう。じゃあさっそく行きましょう。イサミくんはどうする?」
「俺はここでトリヒスさんと待ってるよ。ルミナーラ一人にするわけにいかないだろ」
「わかったわ。何か欲しいものある? 買ってくるわよ」
「……それもオレが払うのかよ……?」
タウカンの顔色は青くなるばかりだった。




