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眠りの前に

「創人さま、お水を張ってくださいませ。水浴びをしたいのです」


食後、ぼうっとテレビを眺めていたら、透き通る声に呼ばれて振り向く。

と、そこには白い小鳥の姿をしたレティシアがいた。


「お湯に浸からなくていいんだ?僕、いまお風呂ためてるけど」

「こちらの姿で身繕いをした方が、経済的かと思いまして。わたしの寝床も、籐籠のようなものにハンカチを一枚敷いてくだされば済みますし」


慎ましい同居人だなぁ、と思いつつ首肯し、今夜はその通りにすることになった。


僕はお風呂、彼女は水浴びをすませ、小鳥のレティシアは僕の枕元に置いた籠の中で羽根を畳む。


「おやすみ、レティシア」

「あなた様。眠る前にお訊ねしておきたいことがございます」

「……なんだろう」

「悪魔と契約したあなた様は、身体の半分を差し出したと仰いましたね?」


では、と彼女は薄闇に鳥目であるはずの目を光らせた。


「なぜ半分なのでしょう?そもそも契約の中身とは?わたし、しっかりとそれを知っておかなくては眠れません。たぶん」

「たぶんなのか」


確かに詳しく話さなかったな、と思ったので、初めて悪魔と僕のことをひとに語ることにした。

極めてシンプルな話だ。


「僕の身体の半分は悪魔のものなんだ。そしてもう半分は、今は僕のものだけど、近い将来悪魔が迎えにやってきて完全に乗っ取られるらしい」

「……やはり。なぜ半分だけなのかと気に掛けておりましたが、あなた様と契約した悪魔は未熟者だったのですね?身体のすべてを、魂のすべてを手中に収めることは、当時はできなかったのですね」

「そうみたいだ。だから悪魔の力が満ちるそのとき、僕を迎えに来ると言っていた。……つまり、そうなると僕の自我はなくなる。この身体は完全に悪魔のものになって、好き放題されるんだ。そんなことになる前に、どうにかしようとしたこともあるけど……うまくいかなかった」


つまり僕は、自らの意思で何度か命を絶とうとしたことがあるのだ。悪魔に救われた命なのに、笑ってしまうよな。それでも僕という人間の身体が完全に掌握されたら、無差別殺人やむごたらしい何かが起きるかもしれない。それだけは避けたかった。許し難いと思った。

けれど、何度やってもそれは失敗に終わり、その都度悪魔との契約の威力を思い知らされた。

僕の身体の右半分が、必死に抗い死ぬことを止めにかかるのだ。どうしようもなかった。


「……悪魔の力はいつ満ちると?」

「わからない。でもそう遠くない未来なんじゃないか、とは思ってる」


こほん、と上品に咳をして、レティシアは首をもたげる。


「整理いたしましょう。十年前、創人さまと契約した悪魔は未熟者でした。ですからあなた様のすべてを奪うことはできず、そして命を助けるという契約ですから、身体の半分の所有権を持っていきました。今のところ悪さはしていないようですが、悪魔の力が満ちたそのとき、その者は再び顕現し、あなた様のすべてを奪うのですね」

「そう。つまり僕は、死ぬ」

「ライバルではないですか」


……え?


「その悪魔はあなた様のすべてを奪いにやって参ります。それ即ち、あなた様を己のものにしようということ。わたしのライバルではないですかっ!!」

「え!?」

「だってそうではないですか!その悪魔は女性だったのではないですか!?違いますか!?」

「そうだったかもしれないけど……あのときは僕も朦朧としてたから姿なんかはよくは覚えてないというか……」

「あなた様はわたしのつがいの鳥になっていただくかたですのに!そんなライバルがいただなんて!決めました、やはりなんとしてもわたしはあなた様を救って見せます、ええ、どのような手を使っても!!」

「ちょっと落ち着いて欲しい」


怖いから。


レティシアはかなり憤っているけれど、僕の口からは乾いた笑いしか漏れ出ない。


彼女の心意気は嬉しく思う。でも、期待はしない。


なにものにも期待はしない。そう決めているから。


「創人さま?」

「もう寝るよ。なに?」

「明日の放課後は、デートをいたしましょうね」

「え?突然なんの話?」

「やはりわたしのことを好いていただくためには、同じ時間を共有しませんと!」


レティシアの声は微笑している。柔和に。


「創人さまは諦念が強すぎるのです。執着も未練もないのでしょう?ですから、わたしというものに執着していただきます」


そっと囁くように彼女は、告げる。


「あなた様を夢中にして差し上げます……わたしに。」

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