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相談屋  作者: しょ本
1/1

自殺志願者

これで、いいのかな。



#相談屋

M社に務めているOLです。何のために生きてるのかわからなくなりました。何度も死のうと考えたけどいろいろあって死ぬ事ができません。

もし相談屋さんが見ているなら、“私を死なせてください。”



…本当に相談屋から連絡くるのかな。これで、死ねるのかな。

……まぁ、その時がくればわかるか。・・・・・寝よ。




 私の名前は照橋みな。M社に務める普通のOL。それなりに仕事はできるし、人脈もまぁまぁある。会社の人たちからは信用されている…と思う。うちはブラックじゃないからお金もそれなりにある。

 ここまで聞くと普通にいい生活してる、どこにでもいそうな普通のOLみたいに見えると思う。でも、私は他の人とは違う所がある。それが、“死にたい”そう思っている事だ。いや、他の人も口に出さないだけで、そう思っている人は案外多いのかもしれない。

 でも、人生それなりにうまくいっているのに死にたいと思っている人は少ないだろう。


 まぁ、ここまで長々と語ってきたが、簡単に私の事を説明すると“死にたがりのOL”だ。

 何度も自殺しようと考えた。

 だけど私が死んだら私の仕事が他の人に回る事になるし、いろいろ処理しなくちゃいけなくなって他の人に迷惑がかかる。そんな事を考えると死のうにも死ねなかった。

 でも、そんなある日会社でこんな話を聞いた。


「ねぇねぇ、相談屋って知ってる?」


「相談屋?」


「そう。なんでも、ツニッター…じゃなくてX(エ◯クス)に#相談屋で相談したい内容を書いてポストしたら、相談屋からDMがきて“どんな相談も解決してくれる”んだって。」


「どんな相談も解決ってwさすがに嘘だよw」


・・・・・どんな相談も解決、か

 この話を聞いた時、正直バカバカしいと思った。けれど、もしかしたら相談屋なら、私の死にたいって相談も解決してくれるのかなとも思った。


 それで、相談屋の噂が本当なのかっていう好奇心も相まって、私はSNSに#相談屋をつけてポストした。でも、その日は何もなく次の日を迎えた。


「なにやってるんだろ。冷静に考えたら、さすがに自殺の手伝いなんかする訳ないのに。しかも犯罪だし。・・・・・期待するのはやめよう。」


 そう言って時計を見ると、もう8時を回っていた。


「ああ、もうそんな時間か。会社…行くか。」


そして、私はいつも通りの日常を過ごしていく。


「照橋さ〜ん。」


 今声をかけてきたのは私の同僚の小沢さんだ。頑張り屋で優しく、小柄でかわいいそして何より“胸がでかい”。そのため、うちの会社の男性陣からモテている。

 私はといえば………まぁ、うん。同僚だから小沢さんとはよく喋るが、その度にこの差はなんなのか考える。やはり私が埼玉出身だからだろうか。いや、そんな事を考えている時じゃない。ちなみに、これは私が自殺したい理由とは一切関係ない。

・・・・・いや、多少はあるかもしれない。って、そんなしょうもない事を考えてないで話を聞こう。


「どうしたの小沢さん。」


「今って仕事立て込んでたりする?」


「いや、大丈夫だよ。」


「ほんと!じゃあちょっと手伝って欲しいのがあるんだけど。あっ、専門外で無理そうならいいんだけど…」


「まぁとりあえず一回どういう内容か教えて。」


「ありがとう。えっとね、こういうやつなんだけど…」


 そう言って仕事内容を伝えていく。これはいつもの光景で、小沢さんはよく私に仕事を手伝って欲しいと頼んでくる。そして手伝った後は毎回何かしらお礼をしてくれる。大丈夫と断っても申し訳ないからと言い、奢ってくれたりする。

 ちなみにだが、私は人から頼まれた事は断れない人間だ。

 ひと通り聞いた後


「これならできそうだし、やってみる。」


「本当!助かる〜。やっぱり照橋さんは“なんでもできて”すごいな〜。また何か頼むかもしれないけど、その時もお願い。あっ、いつもみたいに何食べたいか考えといてね。」


「本当に大丈夫なのに。ありがとね。」


そう言うと小沢さんは笑って


「お礼言うのはこっちだよ。いつも手伝ってくれてありがとう。」


そう言って自分の机に戻っていった。


・・・・・本当に優しいんだよな。小沢さん。


 そんな感じの会話を終えて、仕事を続けていると今度は部長から声をかけられた。


「照橋。お前にこの仕事頼みたいんだができるか。きつそうなら他のやつに回す事もできるぞ。まぁでも、“お前なら問題なさそうだがなw。”で、どうだ。できそうか?」


「アハハ。・・・・・まぁ大丈夫そうです。」


「そうか、よろしくな。わからない所があったら俺に聞いてこいよ。」


「はい。お気遣いいただきありがとうございます。」


そう言うと部長は「おう」と返事をして戻っていった。


 この会社の人はみんなちゃんと人に気を遣う事ができる。本当にみんな優しい人たちだ。だからこそ・・・・・。

 本当に、今の自分はなんで、この仕事をしてるんだろう。



 その後は特に変わった事もなく、いつも通りに時間が過ぎていった。小沢さんが夕飯を奢ってくれて、その後もちょっと話していた。といっても、私が一方的に小沢さんの話を聞いてただけだけど。まぁそういう事で、家に帰ってきた時には9時を過ぎていた。


「ただいまー。って言っても一人暮らしだから返事なんてないんだけど…。ふぅ。」


一息付き、今日あった事を振り返る。


「あー、そういえば部長に言われたやつ、まだちょっと残ってたな。今、やっておくか。」


 そうして私はパソコンを開いた。こういう風に家でも仕事するのは稀にある。まぁ、この仕事が好きだったから、入りたての時はよくやっていた。多分その時の癖が多少残っているんだろう。


 パソコンを開きあとちょっとで終わるという所で、ふと、相談屋の事が気になった。


「連絡・・・きてたりするかな?」


スマホを開き、通知が来てないか確認する。

すると、ある人からDMが届いていた。


「きゅう…せい?」


 救世(きゅうせい)?というアカウント名からだった。DMの内容を確認すると次のような事が書かれていた。




 初めまして、相談屋です。あなたの投稿した内容を読ませていただきました。【依頼をお引き受けいたします。】何があったのかはわかりませんが、“あなたのお悩みを解決します”。

 詳しく話を聞きたいので、来週の土曜日にZOONで通話したいと考えています。部屋はこちらで立てます。ルームIDは当日お伝えします。

 また、事前情報として紹介できる範囲で、職業や会社もしくは学校名、名前を教えてくれるとありがたいです。もちろん、個人情報ですので、全て教えたくない場合は連絡しなくても構いません。

土曜日にまた連絡いたします。




これ読んで、正直に最初に思った事を言うなら


「なんか・・・・・・詐欺みたいだな。」


という事だった。

特に最後の文が圧倒的詐欺感をかもし出している。

まぁでも、どうせ死のうと考えていたしちょっとだけならいいかな。


そう考え、一部の情報をふせて相談屋と名乗る人に連絡した。


その後は特に変わった事がなく、1週間が経とうとしていた。

一つ変わった事があるとすれば、


「照橋さんおはよう。」


「あっ、小沢さん。おはよう。」


「そういえば照橋さんってさ。最近彼氏とかできたの?」


「彼氏?いや、いないけど。どうして?」


すると小沢さんは少し首を傾けて


「・・・・・いや、なんでもない。」


 そう言って仕事に戻っていった。

 そう、変わった事というのは、最近よく彼氏でもできたのかと聞かれるようになった事だ。

 正直、ストーカーでもいるのかと思って通報しようか迷っている。でも、特に被害がないし、誰かにつけられてる感じもしないから、今のところは警戒するだけにとどまっている。


 そんなこんなで土曜日になり、相談屋と通話する日がやってきた。相談屋から何か連絡がきているか確認すると、ZOONのルームIDが書かれていた。

 ちょっと怖いが、指示通りに入ってみた。すると、相談屋と思わしき人が話しかけてきた。


「初めまして。貴方が、NAMIさんですか。」


「・・・・・はい。そうです。」


NAMIとは私がSNSで使っている名前だ。


「それでは、改めて話を聞かせてください。」


 画面は真っ黒で顔がわからないが、声色的におそらく若い男の人だろうと思った。そして、正直私は驚いていた。理由は、私の想像してた以上に真剣だったから。

 だから私も真剣に応えることにした。


「私が死にたいと思っているのは、本当です。何度も自殺しようと考えて、でも仕事の事考えると出来なくて、それで相談屋さんにお願いしました。」


 そういうと相談屋は何か言う訳でもなく、ただ黙っていた。おそらく考え込んでいるのだろう。当然といえば当然だ。こんな依頼をする人なんてそうそういるもんじゃないし。


「あの、無理そうならお断りしてもらっても・・・・」


「一つ聞いてもいいですか。」


依頼を断ってもいいと言おうとした時、相談屋が話し出した。


「えっ、あっ、はい。」


「言いにくいと思うんですけど・・・・・なぜ、死にたいんですか。」


「⁉︎」


 正直、この相談をした時から聞かれるかもとは思っていた。だから、覚悟は決めてきたが、簡単には口が開かなかった。


「・・・・・もういいかなって。人生の目標もなくなって、なんとなく寝て、なんとなくご飯食べて、そして、なんとなく仕事をする。今の人生に意味があるのかなって思って、生きている理由がわからなくなった。

・・・だから、もうこんな人生捨ててもいいかなって、そう思ったんです。」


 そう言うと、相談屋は数秒の間黙ってしまった。そして口を開いたと思うと、思いがけない質問をしてきた。


「なんとなく仕事する…ですか。今の仕事は…楽しくないですか?」


「えっ‼︎」


それは、私にとって一番聞かれたくない質問だった。


「ポストされた内容に、M社に務めていると書いていましたよね。M社といえば、テレビ、特にアニメなどに関わっている仕事です。私はその界隈についてあまり知りませんが…。テレビやアニメに関わる仕事は、本人がそういうのが好きで、期待を寄せて入っていく所だという認識なんですが、当たっていますか?」


「・・・・・はい。私の場合はそうでした。」


 そう。私は、今の仕事に憧れを抱いて入社した。

 元々、私はアニメが好きだった。好きなアニメはグッズを集めるほどでそれ程までに、この業界を愛していた。

 でも、なんでだろう。いつからだかわからない。気づけば私は、昔ほどの熱を無くしていた。別に、今の会社がブラックという訳でもないし、仕事仲間と仲が悪い訳でもない。むしろみんなからは期待されてる方だと思う。みんなからのお願いは全部聞いてきたし、期待に添えるように人一倍仕事をこなしてきた。それもこれも全部、この仕事が好きだったからやってきた事だ。


 なのに・・・・・やればやる程、この仕事に対する熱が冷めていく。どんどん仕事がつまらなくなっていく。


 私はこの仕事が好きなのか、正直な所わからなくなっていた。そのため、相談屋のあの質問に対して、応える事が出来なかった。


「・・・・・・・・質問を変えましょう。貴方は、“本当に死にたいと思っているんですか”」


「⁈何を…言ってるんですか?死にたいから貴方に相談したんでしょ。」


すると、相談屋はとんでもない事を口にした。


「貴方の知り合いから、貴方に関していろいろ話を聞かせて貰いました。」


「えっ⁉︎」


私が驚いている事を気にも止めず、相談屋は話し続けた。


「NAMIさんいえ、照橋さん。貴方、他の人の仕事も率先してやってあげてるみたいですね。」


「それが何ですか?」


「仕事のためといえど、好きでもないものにそこまでするのはちょっと以上だと私は思います。

 生きる理由がわからないから死にたいと言ってましたけど、本当にないんですか?仕事はその理由じゃないですか。

 それともう一つ。照橋さん、貴方言いましたね。死なないのは仕事のせいだって。本当にそれだけですか?もちろんそれもあるでしょう。

 ・・・でも、本当は生きたいと思ってるじゃないんですか?本当は生きたいけど、その気持ちを誤魔化すためにわざわざ、仕事のせいだって言い訳してるんじゃないんですk」


「そんな訳ないでしょ!!!」


相談屋が言い終わる前に自然と、私は声を張り上げていた。


「みんなを手伝ってるのは、仕事を円滑に進めるためにやってるだけ!

 それと本当は死にたくないって話だけど、そんなわけないでしょ‼︎本気でそう思ったから、相談屋なんて怪しい噂も信じて今の状況があるんでしょ‼︎あんたは私の事を何も知らないし、私の気持ちも知らないくせに適当な事言わないで!!!」


 そこまで言って、私はやっと自分が何をしたか理解した。自分がなんで苛立っているのか、自分でもわからず困惑していた。すると、相談屋は優しい声で話した。


「照橋さん。確かに僕は貴方を知らないし、貴方の気持ちもわからない。いや、そもそも誰も貴方の気持ちは理解できない。

 今から言うのは俺の持論ですけど、よく『〇〇の気持ちはわかるよ』とか『俺も〇〇と同じ様な経験したから気持ちわかる』とかそんな事言う人いるけど、人それぞれ考え方や感じ方は違うから気持ちなんてわからない。だから、この言葉は嘘だと俺は思ってる。

 というか、自分以外の人の気持ちなんて、本人以外わからない。人に出来るのはあくまで、その人の気持ちの想像だけで、実際にその人の心がわかる訳じゃない。

 まぁ、そんなこと言ったら誰も人を救えないって言う人が出てくるけどさ。でも、人の気持ちは理解は出来ないけど、その人の気持ちを想像して、自分の気持ちと本人の気持ちとを近づけるは出来る。

 照橋さんの言う通り、俺は照橋さんを知らない、だからこそ本当の気持ちを、本当の照橋さんを教えてほしいんです。俺が、貴方の気持ちを想像できるように。

 一度、冷静に考えて下さい。1週間時間をあげます。もちろんもっと時間が欲しかったらあげます。ですが、もう一度話す時には、照橋さんの本当の相談内容を教えて下さい。」


気づけば、私の頬を涙がつたっていた。

そして私は、少し考えた後に


「・・・わかりました。1週間だけ…時間を下さい。」


「はい。では、来週の土曜にまた連絡を入れます。」


 そう、優しく言って通話を抜けていった。

 その後、ずっと考え込んでいた。私は本当に死にたいのかどうか。私の本当の悩みはなんなのか。翌日の日曜にも考えてみた。だけど、答えは出なかった。

 そして、月曜日がやってきた。


「今日から仕事か…。」


 そう、今日から仕事が始まる。行きたくない、そう思っている事に気づき自分で驚いた。入社当時はこの仕事が楽しくて、仕事に行くのが楽しみだった。なのに、今は行きたくないと考えている。


「なんで仕事に対する熱がなくなっていったんだろう……。」


 自分でもわからなかった。なんだかもうすでに、いろいろ考え過ぎて疲れている自分がいる。それでも私は、仕事場に向かった。それからは特に変わりなく、水曜日になった。


 その日もM社内は特に変わった事はなく、いつも通りの日常が過ぎようとしていた。

 そんな事を考えていると、小沢さんが私に話しかけてきた。


「照橋さんおはよう。朝っぱらからお願いがあるんだけど、受けてくれるよね。」


 いつも通りの会話だった。だけど、なぜだか今のセリフが胸に引っかかった。


「これ、やってほしいんだよね。先週から任されてた仕事で、今月中にやらなきゃいけないやつでね。先週の土日と、昨日の夜にチャレンジしてみたんだけど、私じゃちょっと難しくてさ。アハハ。」


 小沢さんの目の下を見ると薄っすらとクマができていたのが見えた。相当頑張ったんだろう。


「だからね、もしかすると照橋さんならできるかなと思ってお願いしたいんだ。照橋さんは“優秀だし”きっとできると思うんだよね。私、照橋さんの事かなり“期待してる”から。ほんとに、いつも仕事手伝わせて悪いなとは思ってるんだけど、どうしても出来なくて、照橋さんに“任せたい”んだよね。」


 小沢さんがそう言い終わった後、無意識に私は言葉を発していた。


「・・・・・どうせ、優秀だからできる…期待してるって言えばやってくれる…みんな、私の事をなんだと・・・・・」


 なぜだか私はイラついていた。何に怒っているのか、なんでイラついたのか、自分でもわからなかった。

 でも、どうしてもこの怒りが抑えきれずにいた。


「えっ?照橋さん、今何か言った?」


「・・・・・・」


「照橋さん、もしかして怒ってる?」


「いや、怒ってない。」


「いや、怒ってるよね。もし私が何か怒らす様なこと言ったんだったらごめん。」


「だから怒ってないって。」


「どうしたの照橋さん。なんだか、いつもの照橋さんらしくないよ。」


「大丈夫だって言ってるでしょ!!!」


 気づけば私は叫んでいた。相談屋と話した時と同じように。

 その場にいるみんなが私の方に振り返った。部長が私達の方に駆け寄ってきた。


「おいおい、どうした。いつも仲のいい二人が喧嘩なんてらしくないな。特に照橋。“優秀で非の打ち所がなくていつも落ち着いてる”お前が怒るなんて珍しいな。何があった?」


「・・・・・やめて下さい。」


「えっ?」


「私は優秀でも完璧でもないんです。私も普通の人間なんですよ!これ以上仕事を押し付けないで下さい!今の仕事は楽しくないです!!!」


 そこまで言って私は我に返った。そして、自分はとんでもない事を言ったと自覚した。


「あっ・・・・・その、すみません。私ちょっと疲れてるみたいなんで、今日は、えっと、休みます。」


 そう言って、逃げるように会社を出て行った。後ろから小沢さんが私を呼ぶ声が聞こえた気がしたが無視をした。

 そして、私は家にこもった。


 次の日、私は会社をサボった。部長からは落ち着くまで休んでいていいとメールがきていた。

 私はその日、自分がなんであんな事を言ったのか考えた。


「今の仕事は楽しくない…か。・・・・・私は、今の仕事が嫌いなのかな?」


 私はどんどん、自分がわからなくなっていった。

 そうして1週間が経とうとしていた。相談屋には、もう少し時間が欲しいと言い、期間を延ばしてもらった。


「私……何やってんだろ。」


 相談屋にも、小沢さんにもひどい事を言って、自分で自分を嫌いになった。


「私の悩みって…私が本当にしたい事って、なんなんだろう………。」


 ずっとそう考えていた。いや、正確には考える“ふり”をしていた。


「・・・・・もう、わからないふりはやめよう。本当は、ずっと前から気づいてたんだ。でも、これを認めるって事は…。あんなこと言っちゃったし・・・・・もう、正直になろう。」


 私は、自分が言った事を思い返し、自分に正直になろうと思った。これ以上、みんなに迷惑をかけないために…。

 そしてやっと、本当に自分が解決して欲しかった事を伝える覚悟を決めた。


 前回から2週間たった土曜日。相談屋と話す日がやってきた。前回と同じように、ルームIDの書かれた連絡がきていた。


私は一息ついて、そして・・・参加のボタンを押す。

入った途端、相談屋が話しかけてきた。


「2週間ぶりですね。どうですか。見つかりました?本当に自分がして欲しい事、自分がしたい事。」


そう聞かれて、私は改めて覚悟した。


「私は・・・・・昔みたいに楽しく仕事がしたいです。死にたくない、また楽しく仕事をしてみんなと心の底から、本心から笑って、前みたいな生活をしたい!今はそんなに、仕事もアニメも好きじゃなくなったかもしれないけど、また好きになりたい!」


 すると相談屋は小さな声で笑って、嬉しそうに言葉をこぼした。


「そうですか。よし!ならどうすればそうできるか、そもそも何故今の状況になったのか考えて、“私と一緒にその悩みを解決しましょう”。

あっ、言うの忘れてました。改めて、【あなたの依頼をお引き受けいたします】」


そして相談屋は、改めて私の依頼を引き受けた。


「それにしても、好きじゃない、か・・・・・嫌いとは言わないんですね。」


 相談屋が依頼を引き受けると言った後、ボソッと何か言った気がするが、私には聞こえなかった。


 改めて、相談屋は私にいろいろと質問をした。


「まず、なんで今の仕事が楽しくないと思い出したのか、照橋さんなりの考えを教えてください。」


 私は言うのを少しだけためらった。なぜならそれは、みんなに責任を押し付けるような、そんな物だったから。

 それでも、私は覚悟を決めて話した。


「・・・・・たぶんですけど、みんなから優秀だからと思われて、いろいろな仕事を手伝わされて、それで無意識に無理をし過ぎてたのかなって。無理していろんな仕事をこなしていくうちに…仕事が楽しいからやるという意識から、ただの作業のように思っていったのかもしれません。」


「・・・・・・・・なるほど。照橋さんは人からのお願いは断れない人ですか?」


「ええ、そうですね。だから、いろいろな人の仕事を手伝ってしまい……。」


「手伝わされた仕事は、その人の期待通りに完璧にこなしたりします?」


「まぁそうですね。その人の期待以上の出来にして渡したりはします。というかほぼ全部それを意識してやってると思います。」


「・・・・・照橋さん。別に、全部期待通り、もしくは期待以上の出来にする必要は無いと思います。」


「えっ⁉︎でも、それだとその人が困るじゃないじゃないですか。」


「そもそも、照橋さんがやってるのは単なる手伝いですよね。必ずしも完璧にこなす必要はないですよ。何か抜けてたらその人が補完しますし。」


「でも…」


「照橋さんがとても優しい人なのはよくわかります。でも、ずっとそれを続けてたら他の人の仕事がなくなってしまいますし、頼んだ人の自信を削りかねない。むしろそれは、誰かを助けるのではなく、誰かを苦しめる事になる。

 それに、ずっとそんな風にしてると、照橋さんの体ももちませんよ。」


 何も言えなかった。この人は一体どれほどの苦難を乗り越え、そしてどれだけの経験をしてきているから、これ程の事を言えるのか考えたが、私には想像もつかなかった。


「そう……ですね。でも、私がやりたくてやってる部分もあります。それに……正直、私が苦しんでいる理由を仕事仲間のせいにしたくないんです。」


「‼︎・・・・・・・すみません。…そうか。照橋さんは仕事仲間をとても大切にしてるんですね。その人たちのせいで仕事を楽しめなくなったと思っていても、彼らを好きでいる。全員と喋ったわけではないので知りませんけど、きっとみんないい人たちなんですね。」


 そう言われた時に不意に、水曜日に言った事を思い出した。


「・・・・・・・・・・でも、ひどい事を言ってしまいました。」


「・・・・・何かあったんですか?」


「実は」


そして、水曜日にあった事を相談屋に全て話した。


「なるほど。きっと、今まで溜め込んでいた分が、ちゃんと考える機会ができた事で爆発しちゃったんでしょう。

 ・・・・その問題は私がなんとかします。なので、月曜日は普通に出勤して下さい。


 私が不安そうな顔をしていたからか、相談屋が慰めようとこう言ってきた。


「大丈夫ですよ。きっとみんなわかってくれるはずです。照橋さんが悪意を持って言ったわけじゃないって。」


その言葉に、私は安心感を持った。みんなが私を責めたりしないという、安心感を。


私の安心してる顔を見た相談屋は、話を続けた。


「────────そろそろ終わりましょうか。」


 いろいろ話してそれなりに時間がたち、相談屋がそう言い出した。


「そうですね。・・・・・相談屋さんのおかげで、気持ちが楽になりました。ありがとうございます。」


「そうですか。それならよかったです。では、今日はお疲れ様でした。」


そして、相談屋との面談は終わった。


 ・・・・・改めて考えると不思議な体験だ。顔も名前も何もわからない第三者に、ここまで自分をあらわにして悩みを打ち明ける。


 正直、最初に相談屋から連絡がきた時は詐欺みたいだと思っていたのに、今ではただ、人を助けようと奮闘する良い人のように感じている。


「とりあえず、月曜から仕事には行くか。」


そう考え、日曜が過ぎ月曜日になった。


「スゥー、フゥーー」


 私は今日、2週間ぶりに仕事に行く。あんな事を言った後だからちょっと気まずいが、息を吸って、吐き、覚悟を決めた。

 そして私は家を出て会社に向かった。


 正直まだ不安はある。みんながどういう反応をするか、何を言うか。そんな事を考えながら会社に向かったせいか、気づけばもう会社が目の前に見えた。

 そこで私はある異変に気づいた。


 それは、小沢さんや部長、他にも一緒に働いていたみんなが、会社の入り口に立って話をしている。何やら不安そうな顔だった。私が入り口に近づいていくとみんな私に気づいたようで、とても安心した顔をしていた。中には涙を流している人もいた。


 私が驚いていると小沢さんが私に向かって走ってきて、そして抱きついてきた。状況が理解出来ずに私が混乱していると小沢さんが声を上げた。


「照橋さん…戻ってきてくれて…ありがとう。それと…ごめんなさい。」


 小沢さんの声が震えていた。そこで私はやっと、小沢さんが泣いている事に気づいた。


「私…照橋さんにずっと頼りっぱなしで…照橋さんの…気持ちも考えないで……変に期待を押し付け過ぎちゃって…本当に…ごめんなさい。

 照橋さんが怒って出て行った後…ずっと考えてた。いつも優しく…私の話聞いたり、仕事手伝ってくれたりしてたけど…本当は鬱陶しかったのかなって……ずっと…私が照橋さんを苦しめてたのかなって……もしかしたらこのまま…戻らなくて辞めちゃうのかなって。そう考えると申し訳なくて…ずっと謝りたかった。照橋さん、本当に……ごめん。」


 小沢さんの話を聞いて、私は罪悪感に駆られた。だけどそれと同時に、心が救われたような気もした。


 別に、みんなに謝ってほしかったわけじゃない。ただ普通に話してくれて、普通に迎え入れてくれれば、それでよかった。


 それに、私はみんなが悪いとは思っていない。ただ、自分の気持ちを素直に、みんなに伝えられなかった自分が悪いと思っていたから。


 だけど、小沢さんが謝っているのを聞いて、私の事を考えてくれて、そして、私のために泣いてくれている。みんなも、私のことを思って、わざわざ入り口で待っていてくれた。この場にいるみんなが私を心配して、私のことを思っていてくれたと思うと、自然と涙が止まらなかった。


「小沢さん。ありがとう。それと…私もごめん。小沢さんにひどい事を言った。私が…自分の気持ちを素直に伝えられなかったから…あんな事になったのに…。小沢さんの…みんなのせいにした。小沢さん…みんな…私の方こそ、ごめんなさい。」


 私はやっと、みんなに自分の思いを伝える事ができた。みんなが私の所に来て、口々に謝った。

 気づけなくてごめんと言われたり、無理させてごめんと言ったり、いろいろと言われた。

 そして最後に、部長が来て


「照橋…。自分でどう思おうと、お前は優秀な人間だ。少なくとも、私の目から見ればお前は優秀だ。でも、なんでもできると思ってお前に仕事を押し付け過ぎたかもしれん。お前は容量がいいし、きっとどんな仕事でも、どんな仕事の手伝いでも大丈夫だと思っていた…。でも、これからはお前の調子も見て休ませた方が良さそうなら休ませるようにする。

今まで気づかずに無理をさせてしまって、すまなかった。」


そう言い、深々と頭を下げた。


「部長、そんなに頭を下げないでください。別に恨んだりしてませんし。それに、部長が頭下げたら、言いにくいですけどうすらハゲがw」


「いや、誰が薄らハゲだよ。」


 部長がそう言うとみんな笑って、みんなからいじられ出した。その度に部長がツッコミを入れて、あたりは一瞬で笑顔で溢れ返った。



そうして私はまた、仕事に復帰した。



──────M社から多少離れた場所に男が立っていた。


「随分と楽しそうに話してんな~。まぁ、もうあれなら大丈夫だろ。さてそれじゃあ、救世に電話するか。」


そして男は電話かけ、ある人が電話をとる。


「もしもし、“相談屋”。聞こえてるか。」


「もしも〜し。聞こえてるよ〜。照橋さんどうだった。」


「ああ、元気に仕事仲間とお話ししてるよ。」


「そっか。やっぱ、“照橋さんの悩みをみんなに教えて”正解だったな。」


「そうだな。ただ・・・・・わざわざM社まで行かせて調査させたのは許せねぇぞ‼︎しかも、M社の人に照橋さんがどういう人か話を聞いてこいって言って、誰か聞かれたら適当に彼氏とでも言っとけって…。

お前……まじで人使いが荒いんだよ!!!」


「でも、結果的にそのおかげで照橋さん助かったでしょ。」


「まぁ、そうだけど…。そういやお前、いいのか。」


「何が?」


「最初の依頼は解決してないだろ。どんな依頼も解決するってのが相談屋の売りだろ。まぁ、あの依頼通りの事したら大問題だけどな。」


「は?何言ってんのお前。最初の依頼も解決したろ。」


「えっ?」


「死にたいと思っていた頃の照橋さんは死んだ。今の照橋さんは、あの頃の照橋さんとは違うだろ。」


「‼︎いやwそれはずるだろ。」


「まぁ、間違ってはないしな。」


「ガチでお前は……まぁいいか。とりあえず俺はもう戻る。て事で電話はもう切るぞ。」


「ああ、もうそろそろ9時になるし、俺ももう時間ないから切るは。お疲れ。」


そして電話が切れる。



壁にもたれ、男は一人で何か考え込んでいた。



「自分の気持ちを伝えれず、他者からの過度な期待がプレッシャーになる。そして、期待に応えようと必死に頑張った結果…自分のやりたい事、自分の思いがわからなくなり、生きる目的がわからなくなる。

 そして・・・自殺しようと思い立つ。俺にはわからないけど、もしかしたら他にも、仕事をしていてこうなっている人が案外いるのかもな。

 ・・・・・・人はもっと、人間の心が案外脆くて壊れやすいって事を、知らなきゃいけない。でなきゃ・・・今回は免れたが、自殺する人がどこかで現れる。自殺までいかなくても、壊れる人がでてくるかもしれない。

  いろんな人の話を聞いて、自殺する人、壊れる人を作らないように、これからも頑張らないとな。」






一ヶ月後、M社にて


「てるてる〜。おはよう。」


「あっ小沢ちゃん。おはよう。てか、その呼び方会社ではやめてよ。恥ずかしいから。」


「え〜。いいじゃーん。あっもしかしてみな呼びがいいとか。」


「いや、みなって呼ばれるのはなんか落ち着かない…。

・・・・・はぁ、じゃあそれでいいよ。」


「やったー。」


 相談屋のおかげで会社に復帰して、楽しく仕事ができるようになってから、なんとなく仕事仲間との距離も縮まった気がする。

 あっ、あと仕事は前みたいに楽しくする事ができるようになった。アニメに対する熱も徐々に復活してきてグッズ集めもする様になった。今はまっているアニメは呪術黒戦だ。


 趣味が復活し、仕事も趣味も両方楽しめるようになって、人生が楽しくなっているのは、間違いなく相談屋のおかげだ。

 あの後、相談屋にお礼の連絡を入れるとその時は反応してくれた。ただ、その後は何を送っても反応がなく、気づけばDMが送れなくなっていた。

 小沢さんに相談屋の話をするとその人のアカウントが知りたいと言われた。そのため、救済でユーザー検索をかけてみたがそのアカウントはもうなくなっていた。

 相談屋・・・彼が何者なのかはわからないが、私の人生を救ってくれた彼を私は忘れない。


 あっそうそう、この話をネットにあげたら相談屋考察界隈が盛り上がっていた。その中で、相談屋とは別に“情報屋”という名前が出てきたが、私は本気で相談屋を追うつもりはないのでよくわからない。


 それと、最近ネットで、いじめをした側が誹謗中傷にあったりいじめにあったりといった被害者になる例が増えてきているらしい。

 私としては自業自得だと思うが、やり過ぎで虐めてた側の人が自殺するケースもあるんだよなぁと思って複雑な気持ちになったりもする。


 “相談屋さん”なら、どう思うんだろう?

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