このアイスが当たったら、今日こそあなたに告白する
当たれ当たれ当たれ……。
私は強く念じながら勢いよくアイスを頬張る。
キンキンに冷えたアイスは私の歯を容赦なく刺激するけれど、そんなの知らんぷりして口に含んでいく。
ソーダの味が口いっぱいに広がり、清涼感が私の鼻までスースーさせる。
「マユ、落ち着いて食えって」
頭の上で、苦笑したケイゴの声が聞こえた。
「ふるしゃい。ひまはべてるから」
「うるさい。今食べてるから?」
「しゃいかい」
「正解、か」
アイスを食べながら私がしゃべるのは毎度のことで、耳が慣れてきたケイゴはこのくらいの短い言葉なら容易に理解できるようになっていた。
「あー、またはずれちゃった」
「お、いつもどおりだな」
食べ終えた私を待っていたのは無機質な木の棒。うっすら木目が見えるだけで、裏返したり何度も確認しても、そこに「当たり」の文字は見当たらない。
「よっしゃ。じゃあ帰ろうぜ」
「ちぇ、わかりましたよ」
しょんぼりする私の肩をポンと叩いて、ケイゴは歩き始めた。
私は背を向けたケイゴにバレないように、そっと肩に手をおいて、残った感触を確かめてから数歩遅れて後を追った。
「毎回アイスって飽きないか?」
「ううん全然」
「その間は嘘ついてる時の間だな」
「なにそのドヤ顔むかつく」
目が合ってドキッとしたので怒ったフリをして顔をそむける。
「だって、去年からずっと食ってるよな? 今冬だし絶対無理してるだろ」
「無理なんてしてない」
「歯ガチガチ鳴ってんぞ」
体を擦って体温の上昇を図る。しばらくして震えが止まったので、
「ね、鳴ってない」
「顔真っ白じゃん」
「ケイゴも女の子褒めるとかできるようになったんだ」
「ちげーよ。ほら、これ使えって」
「え、ちょなに」
私の返答を待たずに自分の首に掛けていたマフラーを巻いてくる。
「どうだ、あったけえだろ」
「そりゃあまあ……マフラーってそういうもんでしょ」
「素直じゃねえなあ。喜べ、俺のぬくもり付きだ」
「キッモ。最悪」
ニヤついてしまう口元をマフラーで隠す。こんな顔見られたくない。
「その、ありがとう。あったかい」
「お、そりゃなにより」
お礼を言うと、満足げに頷いた。さっきまで見えなかったケイゴの吐息は白くなっていたが仕方ない、ここは男を立たせて見なかったことにしてやろう。
突然だが、私はこの幼なじみのケイゴに思いを寄せている。好意を抱いている。まどろっこしい言い方を辞めると大大大好きである。
そんなの、私自身小さい頃から自覚していて、周りの人たちも一般教養と同じくらいに当然のように知っていることだ。
ただ、一般教養とはあくまで一般的な教養のこと――全ての人の頭に入っているわけではない。
その例外でありイレギュラー、常識から逸脱する程の鈍感さを我がものにしているのが今、私の隣を歩いているケイゴだ。
どれだけ思わせ振りな態度をしてもなんのその。彼の鈍感さにはつけいる隙がない。
誰が好きでもない男子と毎日一緒に帰路につくというのか。
誰が好きでもない男子の部屋に当たり前みたいな顔して居座るか。
誰が好きでもない男子に……こんなに胸を高鳴らせるか。
これだけ私のサインを見逃す彼にほとほと呆れてもよさそうなものだが、そこは私も私。思いは冷めきっていくどころか段々と強くなっていくばかりだ。
そうとなれば最終奥義。私から思いを伝えるという手段を取るしかあるまい。
しかし、私とて長年独り身をこじらせている乙女。自分から告白するなどというハイリスクな行為、すぐに実行できるわけもなく……でもこのままではいけないという思いもあって。
そこで思い付いたのが運に身を委ねることだ。
方法は至極簡単。通学路にある某数字の羅列のみで店名を成り立たせているコンビニ。そこに立ち寄って各々買い食いをするのがルーティーンとなっていることを利用して、当たりつきの某坊主頭のわんぱく少年が目印のアイスを購入。
そのアイスをその場で食べ、当たりが出たとき、告白しようというものだ。
告白して思いを伝えたいという気持ちはあれど、勇気が出ない私にうってつけの方法だと、閃いた当初は自分を天才かと錯覚していたが、今は自分の運のなさが恨めしい。
出ないのだ。その当たりが。はじめたのが去年の夏の終わりごろ。そして今は一月に差し掛かりアイスの食べ頃はとっくに過ぎてしまっている。
アイスの冷たさがアドバンテージを取れる夏は終わり、今はディスアドバンテージと化した冬。
私が三度の飯よりアイスを好む「アイス愛す同好会」に所属するものであれば話は違うが(そもそもそんなものはない)、私は人より冷え性気味のうら若き高校一年生。冬のアイスは翌日の体調にも影響しかねないレベルの驚異だ。歯覚過敏を発症していないのがせめてもの救いである。
そこまで苦悩しているなら他の商品に乗り換えればいいのでは? そう思う愚かな輩もいるだろう(愚かなのは私だ)。
しかし、一度走った列車は次の駅まで停まってくれない。私はアイスの当たりを引いてみせると決めたあの日から、次はもう、告白という名前の次の駅まで停まることはないのだ。
◇ ◇ ◇
次の日も。そのまた次の日も、今日こそはとアイスをかじる。
しかし、私の願いを嘲笑うかのように、現れるのは無機質な木の棒。
「またはずれたか」
私の顔を見て、ケイゴはいじわるに笑う。
壁にもたれていた体を起こし、再び歩き始める。
もちろん当たりは出てほしいが、当たりが出て告白したら、このなにげない日常が終わってしまう可能性も否めないと最近は思い始めていた。
第一、ケイゴが私のことを恋愛対象として見てないという恐れもある。そうなると、気まずくなって疎遠になるかもしれない。
だから、当たりが出なくてがっかりする気持ちの後に、少しほっとする自分もいるのだ。
先に歩いていくケイゴを走って追いかける。今日はいつもより半歩近づいて隣についた。
◇ ◇ ◇
そして、当たりの出ない、あたりさわりのない日常は淡々と過ぎていき、春の兆しがじんわり見え始めた頃。ケイゴの様子も少しだけ変化が現れる。
「なんか最近、暗くない?」
ぼんやりとどこか遠くを見つめることが多くなったケイゴ。私はなにげなく聞いてみる。
「ん、なんでもねえよ?」
「嘘じゃん」
「嘘なんてつくかよ」
「だって、」
「だってなんだよ?」
ケイゴの少し強めの口調に、私は言葉を詰まらせてしまう。
だって、ケイゴは嘘をついたりごまかすときは鼻を触る癖があるから。
そんな癖を知ってるのバレたら気持ち悪いと思われそうで、なにも言えなくなる。
それに、最近は足取りも重い。いつもより歩くペースが遅いし、話を聞いてないこともしばしばだ。
「なんでもないなら、いいけど」
風の音が鮮明に耳に届く。このもやもやした空気も飛ばされないかと願うが、そうかんたんには過ぎ去ってはくれない。
「ごめん、ちょっと強く言い過ぎた」
しばらくして、立ち止まったケイゴはポツリと呟く。
拳を強く握って、俯いた顔をまっすぐと上げる。
「あのさ、俺、引っ越すんだよね」
思考が止まり、その言葉を理解できたのは十数秒後だった。そして、言葉の意味を理解できたのは更に時間を要した。
「え、あ、引っ越し。へえ、そう、なんだ」
「おう。けっこう前から決まってて」
最近のケイゴの違和感の正体はこのことだったようだ。
「で、もう明日から新しい家に引っ越すことになったから」
そういえば、学校でも普段話さないクラスメイトと話をしていた。あれは別れの挨拶だったのか。
「悪い、黙ってて。その、言い出し辛くてさ」
「全然大丈夫。教えてくれてありがとう」
「マユ、それで、」
「いや、ほんと気にしてないから。そっか、私なんてどうでもいいもんね」
今日は金曜日。明日引っ越すとなれば今回がケイゴとの最後の帰り道ということになる。
ケイゴも色々葛藤があって、悩んで悩んでやっとの思いで教えてくれたのだろう。それくらいわかってる。最後だからこんなギスギスした空気のまま終わらせたくない。頭ではわかっているのに、それでも出てしまった言葉は戻せない。
「どうでもいいわけないだろ」
「もういいよ。引っ越しの準備あるんでしょ? 手続きも色々大変なんだろうし、私なんかに構ってる時間がもったいないよ」
「マユ。話を最後まで聞いてくれ、おい!」
背中で聞こえるケイゴの声に振り向きそうになる。私は抗うように走り、後悔の念を振り切った。
久しぶりの一人での帰路はとても長く感じ、走っているのにいつもより時間が遅く感じる。
「……ただいま」
「おかえり。どうしたの、そんな息切らせて」
母が不思議そうに玄関で出迎えてくれる。
「お母さん、ケイゴの家って」
「ああそうそう、もう明日引っ越すってね。ケイゴくんからも聞いてるでしょ? ほんとさびしくなるわね。でもまたしばらくしたらってマユ!?」
母たちはもうとっくに知っていたのだ。知らないのは私だけ。私はのけ者にされてる感じがして、階段を上がり、自室のベッドへダイブした。
しばらく顔をうずめ、今日の出来事を反芻すると、自分の愚かさを呪った。
夜になっても私はなにもする気が起きず、なんとかシャワーだけすませてまたベッドにもぐると、そのまま眠ってしまっていた。
◇ ◇ ◇
7時、だけど眠くない。
早くに寝てしまったので、いつもは二度寝を決行する時間でも目が冴えてしまっていた。
体を起こし、鏡を見ると睡眠を十分とったせいか、いつもよりスッキリとした顔をしている。
なにげなく部屋をぐるっと見渡し、窓の外に目をやる。
レースカーテンごしにうっすら映るのは、隣の家のケイゴの部屋。
昔はよく、窓ごしに会話をしたり、長い棒を伝わせてお菓子をロープウェイみたいにして交換したりしてはしゃいでいた。
一回、窓から窓へジャンプして渡れないか挑戦しようとしたが、流石に危ないと親に見つかり怒られたこともあったっけ。
それからは暇なときはカーテンを全開にしておくというルールを決め、タイミングが合えば電話したり、お互いの家に行ったりと、二人にしかわからない秘密ができてとても嬉しかった。
それができるのも、今日で最後だ。
私はゆっくりと窓に向かい、カーテンを開け放つ。
ケイゴの部屋のカーテンは開いていて、一瞬戸惑うが、部屋の中はもぬけの殻で、既に人が住んでいる痕跡はなかった。
「そうだよね、今日引っ越すんだもんね」
自虐気味に笑い、ポツリと独り言をこぼす。
私はカーテンを閉じると、部屋着にパーカーを羽織り、財布をポケットにねじ込み外へ出た。
「ううっ、さむ」
まだ春が本領を発揮していないこの季節。朝の寒さはパーカー1枚じゃ少しこたえる。
部屋に戻ろうかと迷うも、体を縮こめてとぼとぼと歩き始める。
目的もなくただ適当に歩いているつもりだったのに、気付けば通学路を歩いていた。登校する時は一人が多かったのでこのさびしさには慣れているが、今日は家へと帰る道中にケイゴはいない。そして、来週からもケイゴはいないのだ。
「いらっしゃいませー!」
通学の道中にあるコンビニに吸い込まれるように入る。いつも放課後の時間帯に働いているお姉さんがいて、ちょっとびっくりしてしまう。
何を買おうか迷ったが、結局いつものアイスコーナーに足が止まる。
一番上のアイスを避け、その下のアイスを引っ張りだすとそのままレジへと向かった。
商品の棚卸し作業をしていたお姉さんは、私がレジに向かうことを察知して作業を中断し、快くレジ対応をしてくれる。
「あの、」
「え、はい?」
お姉さんが珍しく話しかけてきた。
「今日は一緒じゃないんだね」
どうやら顔を覚えられていたらしく、ケイゴと一緒じゃないことを言っているのだろう。
「はい、たぶん、もう一緒には来ないと思います」
「え、あ、そっか。ごめん、余計なこと聞いて」
お姉さんは申し訳なさそうに両手を合わせる。私はどうしたらいいか分からず、ペコリと頭を下げて、外に出た。
外に出ると、日が昇り始めていて、さっきより少しだけ温かい。
私は慣れた手つきで袋を開けるとアイスを口に放り込む。
いつもより味わって食べていると、ケイゴとの思い出が頭をよぎっていく。
アイスがなくなっていく度に、ケイゴとの時間がもうこの先訪れないという実感が湧いてきて、ますますアイスを食べるスピードが落ちていく。
しかし、私が口を止めても、アイスは無情に溶けていく。もったいないので仕方なく溶けたところから舐めていき、食べ終わると最後に一本の木の棒だけが残った。
「嘘、でしょ」
コンビニのゴミ箱に捨てようとした手が止まる。何故なら、いつもなにもない木の棒にくっきりと「当たり」と文字が刻まれていたからだ。
「なんで、今日に限って……」
半年以上の挑戦が実り、本来なら嬉しいはずなのに、喜べない。
この当たりが出たらケイゴに自分から告白すると決めていたのに、そのケイゴとはもう会えないのだ。
昨日以前の私なら感激していたのに、なんで今になって出てしまうのか。
自分の運のなさにほとほと呆れる。と、同時に自分の決断力のなさが情けなくなる。運になんか任せず、すぐに告白していれば、結果はどうあれここまでぐちゃぐちゃな気持ちにならずに済んだというのに。
昨日からこらえていた涙が溢れそうになる。しかし、なんとかこぼれないようにして、私はコンビニを後にした。
歩く道は全て、ケイゴとの思い出ばかりだった。あのちょっと変わった模様のマンホールも、線の消えかかった横断歩道も、怖い犬の住んでいる家も急な長い上り坂も。
登校する時と同じ道なのに、ケイゴと一緒にいるだけで、何倍もきれいに見えたこの景色たちは、隣にケイゴがいないせいか色褪せて見える。
こらえきれなくなり、涙が落ちてコンクリートににじんでいく。そんな私の心模様に反して、空は久々に快晴だ。
よたよたと歩いていると昨日、ケイゴと口論になった公園の前まで来ていた。
最後だったのに。なんであんなことしか言えなったんだろう。
いくら後悔しても戻れない。昨日、ケイゴのいたあたりには丁度日が当たった電信柱の影は伸びている。
右手に握っていたアイスの棒を改めて確認する。
「好きだよ、ケイゴ」
誰もいない道で、ぼそっと自分の気持ちを呟いた。
意外と言ってみるとあっけなく、なぜこの十文字にも満たない素直を気持ちを伝えられなかったのかと涙がどんどん地面にこぼれていった。
「俺も。マユのこと好きだ」
「へ?」
涙でぐちゃぐちゃになった顔のまま、声のした方を向くと、そこにはケイゴが立っていた。
「なんだよその顔」
「え、いや、だって……」
「さっきマユの家行ったんだぞ。そしたら出掛けてるっていうから」
ケイゴは少しだけ息が上がっていた。走って探してくれたのかもしれない。
「ごめん、でも私ケイゴに会わせる顔が」
「そんなぐちゃぐちゃだしな」
ハッとしてパーカーの裾で涙と鼻水を拭う。ケイゴは苦笑いして見守ってくれていた。
「え、ケイゴさっきなんて!?」
冷静になった私はケイゴに質問する。
「いや、だからのその……好き、だって」
頭をかいて照れるケイゴ。自分の顔がいっきに熱くなっていくのがわかった。
「悪い、いつか言わなきゃって思ってたんだけど中々タイミングがな」
「私も。私もケイゴのこと好きだよ」
「わかってるって。言われなくてもわかってる」
「めっちゃ好き。大好き。結婚したいくらい好きだもん」
「あーもうわかった! めっちゃ嬉しいけど一旦ベンチでも座って落ち着こう」
一つ胸を撫で下ろす。ケイゴも私のこと好きでいてくれたんだ。
「よかった、最後に両思いだってわかって」
「最後? なんの話だ?」
「え、だってケイゴ引っ越しするんだよね? それでも、いいの?」
「は、なにが? もしかしてマユ、どこに引っ越すとか聞いてないのか?」
「そんなの知らないけど、どっか遠くの県に……もしかして外国とか!?」
「落ち着け落ち着け。あのな、俺が転校するなんて話聞いてないだろ?」
「だってそれは……私にあえて伝えないように、みんなして黙って」
「泣くなって! 被害妄想だそれは! 引っ越すは家の改装の為で一時的にだ。それも近くのマンションに。だから転校はしない!」
「……へ?」
ケイゴが呆れながら、大幅な勘違いをしている私にことのあらましを説明してくれた。
ケイゴの家は木造で、おじいちゃんの代から引き継いだものらしい。それで、色々なところにガタが来ているので一部改装する為に短期間だけマンションに暮らすことになったという。
「それにマンションも家の近くだし今までとそんな変わんねーの。今まで通り一緒に帰れるし。だからそんな言う必要もないかって。ちょっと平日の工事の音で迷惑掛けるかもだけど」
「え、あ、そうですかそうですか」
なんとか理解した私は、放心状態となる。
「じゃ、じゃあ最近学校で色んな人と話してたのはなに!?」
「いや、それは別いいだろ。てか見てたのかよ」
「怪しい、答えて」
「交友関係を広げたかったんだよ」
苦しい言い訳にじとっとした目で黙っていると、ケイゴは一つため息をついた。
「わかった。その、な。聞いてたんだ」
「なにを?」
「こ、告白ってどうすればいいのかを」
顔をそむけるケイゴの耳は真っ赤になっていた。
「だから最近様子おかしかったんだ」
帰り道、様子がおかしかったのはどうやら告白するタイミングを伺っていたようだ。
「だってそんなのしたことねーし。でも、そろそろこのままで関係ってのも、な」
「おっそ、ってみんなに言われなかった?」
「言われた。なんならみんなまあまあ怒ってた」
「ざまあみやがれだね」
「おい」
みんな私がケイゴのことを好きなのを知っていたので、今さら告白に踏み出すケイゴにびっくりしたに違いない。私も私だけど。
「なんなら付き合ってると思ってる人が多かった」
「そっか」
「よかったでも、マユも同じ気持ちでいてくれて」
「まあ、ね」
落ち着いてくると、だいぶ恥ずかしいことを言ってしまっていた。遠くへ転校して二度と会えないくらいに思っていたからかなり感情的になっていた。
「まさか結婚したいくらい好きとはな。嬉しいけど」
「は、なにが?」
「え、だってさっきマユが」
「言ってないけど。幻聴?」
「嘘つけ顔赤いぞ」
「もうその話終わり。行こ」
いてもたってもいられずベンチから立ち上がる。
「おい、待てって。そっち逆方向だろ」
「コンビニ寄ってくの。ほら」
「あ、それ。マジか」
当たり棒を掲げてみせる。どうせなら今からもう一本貰いに行こうと思ったのだ。
「いらっしゃいませー!」
今日二回目のコンビニ。お姉さんは私たちを確認すると目を丸くしていたが、少ししてからふふっと笑い、作業に戻る。
「これ、当たったので替えてもらっていいですか?」
お姉さんはにっこり笑うとはい、と私にアイスを渡してくれる。
「おめでとうございます」
「それ、どういう意味で言ってます?」
いつもより意味ありげにニコニコしているお姉さんに尋ねてみると、
「はい? もちろんアイスのことです」
とまたニコニコと返される。さっきもう一緒に来ないとか言ってしまったので余計に恥ずかしい。
アイスをその場で開けてまたいつも通り食べていく。本日二本目だというのにおいしく感じるのはたぶん、気のせいではない。
「ちょっと、俺にも一口くれよ」
少し迷ったが、はいとケイゴの口元に持っていくとシャリッと音と共に、四分の一くらいをいっきに持っていかれる。
してやったり顔のケイゴだったが、流石にいっきに頬張り過ぎて、冷たさにもがき苦しんでいた。
口の中でアイスを転がし、なんとか食べきるケイゴを見て、間接キスとかどうでもよくなり、私はお腹を抱えて笑った。
「お、ハズレだな。流石に二連チャンは無理か」
最後に残った木の棒には当たりの文字はなかった。
「いいもん、もう必要ないし」
「ん、どういう意味だそれ?」
「知らなくてよろしい。ほら、いくよ」
一歩踏み出した私はケイゴに右手を差し出す。ケイゴは私の意図がわかったようで、少し迷ったが、左手を私の手に重ねてくれる。
「もう一生分の運使いきったかも」
「アイスの当たり一本でか? そりゃ少なすぎないか」
「違うよ」
私もアイスの当たりの出なくて告白を先送りにしてきたここ最近は、運がない人間だと自虐していたが、そうではないことに今更ながら気づくことができた。
ケイゴに会えたこと、ケイゴと一緒にいれたこと、そしてこうしてケイゴと付き合えたこと。
これ以上に幸運なことなんて、今の私には思い付かないのだから。
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