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俺、りん  作者: じぇにゅいん
第三部
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第95話 『Perfect Game (1)』

9月2日……つまり二学期が始まって2日目のこと。

担任の種田が、A組の全生徒が揃った朝のホームルームで“ある提案”をした。


「新学期になったことだし……席替えをするぞー」


新学期が始まり、新しく転校生(栞)が入ってきた直後……まさに最適のタイミング。

しかし、教室内には悲喜が入り混じって、騒然とした雰囲気に包まれた。

総じて、後ろの席の者はそのままでいたいし、前の席の者は後ろに行きたい……といった感じだが、仲の良い友だちと離れ離れになりたくない者や、逆に気の合わないクラスメイトと離れたい者もいる。


「あ~あ。ついに席替えかぁ~……」


「そうね。せっかく三人で楽しかったのにね……」


「……」


東子と沙紀は、“今回の席替えは残念派”のようだ。

“りん”をおもちゃにして楽しむという二人の嗜好から言えば、むしろ当然であろう。


「ま、まぁ……新学期だししょうがないんじゃね?」


“りん”は、コッテリとした正論を吐いた。

しかし、沙紀に通用するとは限らない。


「何よ……そのちょっと嬉しそうな感じは?」


(……誤解ですっ!)


沙紀が、ジトリとした目つきで“りん”を睨みつけると同時に、右手をワキワキさせる。

毎度お馴染みのアイアンクロー予告。

新学期になっても相変らずの二人を見て、東子はクスクスと笑った。


「まあまあ。三人離れるって決まったわけでもないしっ♪ 運が良ければまた一緒になれるよっ♪」


「そうね……運次第だしね……」


(……運ねぇ……)


そう言って、三人は、担任の種田の方を向き直した。

その種田が持っているのは“ドンブリと2個のサイコロ”。


皆、当たり前のように、種田のいる教卓まで出て行っては、2個のサイコロをドンブリの中に振っていく。

その都度「チンチロリン!」という音がなるのは……教育上いかがなものか。

しかし、種田も生徒も疑問に思う向きもなく……次々と新しい座席表が埋まっていった。


A組の座席の並びは、縦横とも6列ずつ。

2個のサイコロ(赤と白の六面ダイス)が、それぞれ縦と横の座標を示している。

順番の回ってきた沙紀、東子、“りん”も、同じようにサイコロを振った。


沙紀はⅡの2。

東子はⅡの4。

そして、“りん”はⅡの3。


運が良いのか悪いのか……一学期中は横一列に並んでいた三人は、今度は縦一列に並ぶことになった。


「「お~! やったね♪」」


沙紀と東子が、“りん”の頭上でハイタッチした。

さして日頃の行いが良いわけでもないはずだが、二人とも恐ろしいほどの引きの強さである。


「何よ……その“日頃の行いが悪いクセに”みたいなカオは?」


(心を読むなよ……)


そうこうしているうちに、全員がサイコロを振り終わり、全ての座席が埋まった。

だが、興奮冷めやらぬ教室内は、未だにどよめきが残っていた。


「それじゃあ、一時間目の授業が始まる前に各自移動しておくように!」


担任の種田は、そう言い残して教室を出て行った。

ちなみに、サイコロを振るのにドンブリは必要だったのだろうか?

……今となっては、もはやどうでも良いが。


早々に移動し終えた“りん”たち三人。

そして、“りん”の左隣に移動してきたのは……転校してきたばかりの園田栞だった。


「よ、よろしくお願いします~……りんさん」


昨日のコトがあるからか、“りん”の表情を窺いつつ、ちょっとばかりバツの悪そうなオドオドした表情。

心なしか、栞のかけている銀縁のめがねに反射する光が弱々しい。


“りん”は、そんな栞をジトリと睨んだ。

なにせ、あの後は、思わず落っことしたゴミ箱から零れ落ちて散らばったゴミを片付けて、大村の鼻血が止まるまで介抱する羽目になる等……散々だったのだ。


「そ、そんなに睨まなくてもいいじゃないですか……。ちょっと胸を触ったくらいで……」


(……イヤイヤイヤ! 揉まれたしっ!)


まるで、胸の形を確かめるように……“揉みしだく”という表現がピッタリと思えるほど丁寧に。

今思い出しても、背筋がゾワゾワと鳥肌が立つかのようだ。


「なになに? アンタ、私には胸触らせないクセに、栞には触らせるワケ?」


栞の話に反応した沙紀が、言いがかりに近いことを言い始めた……っていうか百パーセント言いがかりである。


「うお~いっ! 触らせたんじゃなくて触られたの! 勘違いすんなよ……」


「ふ~ん……」


「……まぁまぁ! りんもそんな仏頂面しないでさっ♪ いいじゃない。女の子に触られるくらいっ♪」


(そ~いうモンかな~……?)


なんとも妙な東子の助け舟だが、確かに女の子同士の胸の触りっこ(今回は“りん”が一方的に触られただけだが)程度なら珍しいことでもない。

栞は我が意を得たり……といった面持ちで、手をパチンと合わせた。


「そ、そうですよ~……。ちょっとした勘違いなんですから……」


(……どんな勘違いだよ……?)


そんな“りん”の心の突っ込みに構うことなく、すでに栞は、「とりあえずこの話はこれでお仕舞い♪」とばかりのステキな笑顔を見せていた。


「そうだ! りんさん、来週の土曜日……試合を見に来ませんか?」


「……試合?」


「はい! 練習試合があるんですよ。ね……大村さん?」


栞は、“りん”の背後にいる人物に問いかけた。

“りん”が何気に振り返ると、そこにはすでに着席した大村がいた。


「アレ? 大村クン……なんでここに?」


「え……、いや、僕……この席なんだけど……」


先ほどの席替えで、大村が引き当てたのはⅢの3……つまり、“りん”の右隣だった。

つまり、“りん”を中心にして、前が沙紀、後ろが東子、左が栞、右が大村……と、非常に都合よく関係者(←!?)がひとかたまりになっていたのだ。


「……」


よく見ると、大村の表情には所在無げな色が混じっている。

まるで、“目のやり場に困っている……”といった感じだ。

いつから着席していたのかは定かではないが、“りん”たちの“胸”がどうこうという会話を聞いていた(っていうか聞かされた)のだろう。


(……タハハ……。ちょっと……悪いことしちゃった気分だな……)


女性に免疫のない大村にとっては刺激が強すぎる話だったに違いない。

和宏だって、男子として、こんな女子の会話を聞いてしまった日には、似たような反応をしてしまいそうだ。

いささかの罪悪感を感じながら、“りん”は取り繕うように話題を変えた。


「……そ、そうだ。れ、練習試合って……?」


「……う、うん。実はね、来週の土曜日に“滝南”と練習試合をすることになってるんだ」


“滝南”……正式には滝川南高校。

隣の福岡県にあり、ここ数年、春夏甲子園に連続出場している甲子園常連の強豪校である。

高校野球を見ている者なら、おそらく誰でも知っているであろう学校名に、“りん”は思わず目を剥いた。


「マジでぇっ! スゴイじゃん! そんなトコと試合なんて……」


「……そ、そうだね。でも相手は全国レベルのトコだから。ボロ負けしたら恥ずかしいし、あまりみんなには言わないようにしてたんだけど」


「え……そうなんですか? 大村さん……」


なるほど……相手は甲子園に出場するのが当たり前の強豪であり、片や鳳鳴高校は県予選を脱したことのない、滝南からすれば弱小もいいところのはずだ。

下手をすれば、見るも無残な試合になりかねないし、その可能性も十分にありうる。


「……アレ? でも……じゃあなんで栞ちゃんはそのことを知ってるんだ……?」


「あ……私、野球部のマネージャーになりましたから♪」


(エエエエエェッ!!)


栞の口から、サラリとサプライズ発言が飛び出した。

転校してきてから今日は何日目だ? ……と、指折り数えようとした“りん”だったが、「昨日ジャンッ!」というセルフ突っ込みで我に返る。


「ちょ……いつの間に?」


「はい。昨日からです!」


相変らず満面の笑顔の栞。

この積極性は、さすがとしか言いようがない。


「うっわ~……すごいねっ! 転校初日からマネージャー志願って……」


東子も沙紀も、当然のコトながら驚いている。

だが、当人の栞だけは、至って平然としていた。


「私、前の学校でもマネージャーしてましたし、コッチでも絶対やるつもりでいましたから」


それでも、転校初日から……というのは驚きだ。

大村は、栞をチラリと見ながら、フォローするように言った。


「確かに僕もビックリしたけどね。でも、ウチって今まで女子マネいなかったし、スコアブックの付け方も知ってるっていうし。みんな大歓迎だったよ」


大村のフォローに、栞は少し照れたようにはにかんだ。

昨日からここまで、恐ろしいほど積極的な面ばかり目に付いた栞だが、このはにかんだ表情だけは普通の女の子のようだった。


「それじゃあ……みんなで応援に行こっ♪」


「そうね。みんなで行くなら面白そうだし。……りんも行くでしょ?」


(……う~ん……)


“りん”は、思わず考え込んだ。


もともと“りん”の中身である“和宏”は、甲子園を目指す、普通の男子高校生だ。

どういうわけか、この世界の“りん”という少女の中に、“和宏”の精神だけが入り込んでいるという……一風変わった状況に陥って、はや四ヶ月弱。

無事、“和宏”の世界に戻ることが出来たなら、普通の男子高校生として甲子園を目指すことは出来るだろうが、いつ戻れるのかすら……全くわからない状態なのだ。

そして今、“りん”という女の子として生活している以上……この“りん”の世界では、甲子園を目指すことすら出来ない。


なんの憂いもなく甲子園目指して野球に打ち込む山崎や大村を見て、自分はどういう気持ちになるだろう?


和宏は、その時の状況を思い浮かべながら、自問自答をしてみた。


悔しさ……?

それとも苛立ちか……?


いずれにせよ、和宏にとっては、気の滅入る話以外の何物でもない。

だが、甲子園のレベルを間近で感じることは、自分にとっては間違いなく有益なはずだ……少なくとも、元の“和宏”の世界に戻った時に。

そう思い直した和宏は、辛うじて笑顔を作って答えた。


「そうだな……行ってみるか」


舞台は9月20日の鳳鳴高校グラウンド。

甲子園常連の強豪校“滝南”を相手にして、プレイボールの鐘が鳴る。



―――TO BE CONTINUED

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