表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
俺、りん  作者: じぇにゅいん
第三部
97/177

第94話 『栞 (3)』

普段から栞が愛読している、荒唐無稽な設定のライトノベル。

それも、男と女が入れ替わっての学園を舞台にしたドタバタ劇……のような。


そういった現実離れしたライトノベルによって鍛え上げられた(突飛な)発想力が、栞をとんでもない推論に導いた。

すなわち、“ある時を境に萱坂りんは『男』と入れ替わったのではないか?”……である。


栞は、その推論を証明するために、“りん”の様子を窺いながらチャンスを待った。

そして……そのチャンスは、意外にもすぐに訪れた。


ホームルームが終わると同時に始まる、清掃当番による清掃時間。

この時間に、清掃当番になっている生徒が、割り当ての場所を清掃することになるのだが、A組の教室の当番になっている“りん”は……いつもどおり、やる気はあまりない。

もともと、掃除というヤツがキライなのだ。


申し訳程度に、ゴミ箱の中身を捨てる役目を買って出た“りん”は、ゴミ箱を持って教室を出て行く。

行き先は、管理棟のはじっこにある焼却炉。


(チャンスですっ!!)


“りん”の様子をこっそりと窺っていた栞が、焼却炉に向かう“りん”に気付くと、そそくさと先回りして物陰に身を隠した。

ハタから見て、非常に怪しい行動だったが、幸いにも見咎める者はいなかった。

いずれにせよ……後は“りん”が通りかかるのを待つだけだ。


 ◇


「大丈夫? 持とうか? 萱坂さん……」


大きいゴミ箱を抱え、廊下を歩く“りん”の背後から、ちょっと小太りの男子生徒が声をかけた。

野球部の正キャッチャーでありながら、ヌボッとした感じも相まって、パッと見では冴えない印象の大村純である。

だが、夏休み中に海で会った時(第84話参照)は、そういった印象を払拭するほど、男らしい一面を覗かせてもいた。


「だ、大丈夫だよ。これくらい重くもないし」


「でも、持ちにくそうだよ……」


“りん”の抱えていたゴミ箱はかなり大きく、腕のリーチの短い者には少々持ちにくい形状である。

大村も、持ちにくそうにゴミ箱を抱える“りん”を見て、声をかけたのだが、“りん”は大村の申し出に首を振った。


「いいよ。大丈夫。これくらい……」


「……そ、そう……」


折角の大村の申し出であるが、和宏にとっては『じゃあお願い』……と持ってもらうのは、男としてのプライドが許さない。

とはいえ、何故かちょっとシュンとした感じの大村を見て気が咎めたのか、代わりに“りん”は、取り繕うように大村に話しかけた。


「ところでさ、随分と日に焼けたね」


もともと浅黒い肌色が特徴的な大村ではあるが、よく見ると夏休み明けの肌の色は輪をかけて真っ黒になっていた。

その日焼けっぷりは、明らかに夏休み中に海で会った時の比ではない。


「そ、そうだね。今年の県予選は三回戦で負けちゃったし、新キャプテンの山崎が張り切って練習量を増やしちゃったから」


「うぇっ! 山崎が新キャプテンっ!?」


“りん”にとっては……全くの初耳。

まさかあの“やんちゃ坊主”がキャプテンとは……そう思いながら、口をアングリさせる“りん”を見て、大村は込み上げる笑いを懸命に堪えた。


大村は、密かに“りん”に好意を持っている。

笑顔がカワイイ……というのが一番の理由であるが、こういった飾らない表情の豊かさも、その理由の一つだった。


そんな何気ない会話をしながら廊下を歩く二人。

そして、物陰に隠れ、その二人を待ち構える……栞。


栞自身、あまり緊張とは縁のないタイプではあるが、今はさすがに心臓が高鳴っていた。

しかし、想像が正しければ、これで確実に掴めるはず……と、栞は思った。


“今の萱坂りんは男が入れ替わっている”という証拠を。


足音が近づいてくる。

予想に反して二人分の足音だが、気分の高揚している栞には、今さら予定を変更する気などサラサラない。


“りん”が、栞のそばを通り過ぎた刹那。

ソレッ! ……と声を出したわけではないが、それだけの気合を込めて……栞はその両手を目一杯突き出した。

そして、無防備な“りん”の背後……その脇から両手を差し込み、“りん”の胸を思い切り良く掌で包み込む。


「……ふぇっ!?」


完全に虚を突かれ、瞬時に身体を硬直させる“りん”。

だが、栞はお構いなしに、“りん”の胸の感触を確かめていく。


ワイヤーもパッドも付いていない、スポーツタイプのブラジャーの感触。

その中身……柔らかいマシュマロのような乳房の感触。


(……あ、あれ!?)


まさに、栞にとっては予想外の感触である。

“男”が入れ替わっているなら、“胸”はニセモノに違いない……それが栞の見込みだった。

しかし、今、掌に感じる感触は……何度ムニムニと確かめようとも、明らかにニセモノではない。


硬直する“りん”の脇から引っこ抜いた手の掌を、意外な顔で眺める栞。

こんなはずは……という驚きが、栞の頭の中を駆け巡り……それは、やがて一滴の呟きとなった。


「……ホ、ホンモ……ノ?」


……。


「……な、何がだーっ!!!」


思わず持っていたゴミ箱を落っことし、入っていたゴミが廊下に散乱する。

だが、それを気にする余裕もなく、慌てて両腕で胸をガードしつつ“りん”は振り返った。

目に入ってきたのは、茫然自失とする、栞のポカンとした顔。


“入れ替わり”の疑惑を持ったまでは良かった……が、栞の疑惑とは、せいぜい女顔の“男”が女装をしている……くらいの、カワイイ疑惑にしか過ぎなかった。

それだけに、入れ替わっているのは、実は“精神”だった……とは、さすがの栞も現実離れしすぎていて、想像だにつかなかったに違いない。


今さらながら、“りん”の心臓がバクバクと激しい鼓動を奏でている。

まさか、学校という人目の多いところで、何の前触れもなく、堂々と背後から胸を揉まれる羽目になるとは……全く和宏の想定外だったからだ。

オマケに、隣で一部始終を目撃した大村は……鼻血まで出しているではないか。


背後からわしづかみにされる“りん”の胸……という図。

ウブな大村には、さぞかし刺激の強すぎる光景だったのだろう。


「ちょっ! だ、大丈夫? 大村クン!?」


大村は、鼻血が零れ落ちないよう、慌てて上を向いた。

しかし、これはかなりマヌケな格好だ。

だが、そんな大村の流血を見て……ようやく栞は我に返った。


「キャー! スイマセンッ! 事故です! これは事故なんですっ!」


(事故って何ーっ!?)


イミが全くわからない。

他人の胸を揉みしだく事故って一体なんだ?


だが、そんな疑問を反芻する間もなく、さらに栞が素っ頓狂な声を上げた。


「キャーッ! し、白目剥いてますーっ!」


「おわぁっ! お、大村クン大丈夫かっ! 気を確かにー!!!」


どうやら、大量の鼻血による一時的な貧血症状らしい。

それほど、大村の流血はドクドクと……盛大だった。


自分の引き起こした事態に、オロオロする栞。

とめどなく鼻血を流し続ける大村。

はっきり言って、単なる被害者の“りん”は、右往左往するのが精一杯。


てんやわんや……その言葉がこれほど当てはまる状況などめったにあるものではない。


たった今、“りん”が確かに“女”であることを確認して……栞の疑惑は完全に晴れた。

目の前で展開されている、てんやわんやな状況と引き換えにして。


全ては、栞の思い込みが招いた事象。

園田栞。

頭脳明晰、容姿端麗、明朗快活……“思い込みの激しさ”だけが唯一の欠点。

だが、トラブルメーカーとしての素質は十分だ。


こうして、新学期の幕が開いた。

栞というニューフェイスを加え、より賑やかになった仲間たちとともに……“りん”の学園生活は、これからも続いていくのであった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ