第93話 『栞 (2)』
園田栞……二学期から鳳鳴高校2年A組に転校してきた女子生徒。
頭脳明晰、容姿端麗、明朗快活。
彼女を表現するための四字熟語は多彩であり、一見非の打ち所がなさそうな娘にも見える。
その栞は、妙な間違いを口走った“りん”が激しく動揺したことに疑問を持った。
つまり、“なぜあんなにも動揺したのか”ということにだ。
(そもそも……あの“りんさん”って何者なんでしょうか……?)
見た感じ、随分とクラスの中では人気者のようだ。
顔は美人系で、スタイルもいい。
言葉遣いが粗暴で、かなり男っぽいが、そこがまた飾らない性格のアピールにもなっている。
そして……野球好き。
これは、クラスの誰もが、そう認識しているらしい。
“球技大会”での活躍があったからなのだが、転校してきたばかりの栞は、それを知らなかった。
まずは、りんのことをもっと知りたい……そう思った栞は、周囲にそれとなく“りん”のコトを聞いてみることにした。
転校初日で、まだみんなと充分に打ち解けているわけでもないが、もともと外交的な性格の栞にとっては、さして苦でもない。
以下は、“萱坂りんと野球について”……“りん”の周囲に尋ねた内容である。
りんの友人U「りんのこと? 球技大会の時にピッチャーして以来、一躍人気者って感じでさ。あの娘はスゴイよ。我がソフトボール同好会に欲しい逸材だね」
りんの友人S「球技大会の出場メンバー決めの時はビックリしたわ。自分から野球メンバーに志願するんだから。今になって考えてみたら、野球バカだからムリもないけど」
りんの友人T「あの時キャッチャーしてた大村くんがしきりに褒めてたみたいだよ♪ 『コントロール抜群!』って。アタシ野球はよくわかんないけどねっ♪」
この件については、大体の生徒が口を揃えて「球技大会でのりんのピッチングはすごかった」と語っている。
もちろん、栞自身は、これを直接見ていないのだが、これだけ皆が口を揃えて言うのだから、実際にすごいピッチングだったのだろう……と、容易に想像がついた。
しかし、ここで栞が気に留めたのは「球技大会の出場メンバー決めの時に、自分から野球メンバーに志願して、皆を驚かせた」という部分である。
(それだけ野球が得意なのに、そのことを誰も知らなかったのはどうして?)
誰もが驚いた……ということは、“りん”が野球をするとは誰も思っていなかったということであり、逆に言えば、“りん”は野球が得意だと知っていれば、球技大会で野球に志願しても驚くに値しなかったハズなのだ。
それなりの野球の経験がなければ、まともなピッチングなど出来るはずがない。
野球好きの栞は、それをよく知っている。
ならば、“りん”には相当の野球経験があるはずなのだ。
にもかかわらず、誰も“りん”に野球経験があることを知らなかった……。
明らかに不可解。
本当に“りん”に野球の経験があるならば、誰かなりかが“りん=ピッチャー”という事実を知っていていいはずではないか。
そう考えた栞は、「本当にりんが野球経験者であることを誰も知らなかったのか」を次の聞き込みテーマに据えた。
りんの友人U「りんが野球をやってたかって? さぁ……? やってたんだと思うけど……聞いたことはないね~」
りんの友人S「そういえば、4月に同じクラスになってから野球の話なんてしたことないわね。きっとネコかぶってたんじゃないかしら? 後でお仕置き(←!?)が必要ね……」
りんの友人T「りんはツッコミが弱いからよく鍛えてた(←!?)けど、野球の話とかはぜ~んぜんっ。アタシたちが興味なかったから、そういう話にならなかったのかもしれないけどね~。 中学校時代にでもやってたんじゃない?」
一部、物騒かつ意味不明な回答が混じっていたものの、返ってきた内容自体は判で押したような同じ答えだった。
すなわち、誰も“りん”が野球をやっていたことを知らなかった……ということである。
それどころか、野球のことを話題にしたことすらないと言う。
(……やっぱり不自然……。りんさんが厳重に秘密にしていた……ということ?)
とはいえ、いくら考えても、秘密にする理由や、そうすることにより得られるメリットがあるとは思えない。
あえて言うなら、周りが野球に興味のない女の子ばかりという中で、自分だけが野球好きという状況は居心地が悪かったから……というくらいか。
しかし、そうなると今度は、いきなり自分から秘密をオープンにしてしまう理由の説明が付かない。
考えれば考えるほど、栞の思考が袋小路に入り込んでいく。
しかし、不可解なことがあると、自分で推論を立てて確かめないと気がすまない性質の栞は、トンデモナイ“ある推論”をはじき出した。
―――入れ替わり……!?
栞が愛読するライトノベルでは、このテの話がよく出てくる。
何か突拍子のない理由で、やむを得ず双子の姉と弟が入れ替わって学校へ……といった類の話だ。
もちろん、栞は“りん”に兄弟がいるかいないかまでは掴んでいないが、突如浮かんだこの推論に、栞の脳の中にアドレナリンが大量に分泌され始めた。
(球技大会の直前に、女の子のりんさんと、男の子の“誰か”が入れ替わった……。そして、“男の子が入れ替わったりんさん”が見事なピッチングを披露したのだとすれば……!?)
誰が、どんな形で、“りん”と入れ替わっているかはわからないが、そう考えれば、説明のつかなかったあらゆることの辻褄が合う。
先ほどの“りん”との会話の中で、“りん”が自分のコトを“俺”と言ったことにも。
栞は、まるでパズルのピースが次々にピタリと嵌っていくような感覚に酔いしれた。
考えうる限り、最も現実離れした、正常ではない結論。
しかし、栞にとっては、この唯一の結論こそが絶対の正解。
そう信じ込んだ栞は、次に、その結論が正解である証明を得るための手段を、頭の中で手繰り寄せていく。
(!)
そして、回転の速い頭脳から閃き出されたそれは……至ってシンプル。
栞は、銀縁のメガネをキラリと光らせた。
(……必ず正体を暴いてみせますよ……りんさん)
―――TO BE CONTINUED