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俺、りん  作者: じぇにゅいん
第二部
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第84話 『Season in the Sea (6)』

頭上から燦々と照りつける太陽の位置が、ほぼ真上になった。

波間に漂う人々の数が少なくなったように感じるのは、おそらく気のせいではないだろう。


そんなお昼の食事時のこと。

焼きそば300食完売という……最初は「途方もない」と思っていた目標が、あともう少しで達成されようとしていた。


「3個ください」


「はい! 1200円になります!」


“りん”の透き通るような声が浜辺に響く。

一気に3個売れたため、残りはあと2個になった。

つまり、もう298食が売れたということである。

目が回るほど忙しかったことを思い出しながら、“りん”は感慨深い思いに浸った。


そんな“りん”の背後から近づく……二つの人影。


「いやぁ~……遊んだ遊んだっ♪」


「今日は結構波が高くて面白かったわね」


聞き慣れたその声は、間違いなく沙紀と東子のものだ。

“りん”が振り返ると、二人の充実した表情が目に入った。


「どう? 調子は?」


発泡スチロールの箱を覗き込みながら“りん”に尋ねる沙紀。

そして、便乗するように箱の中を覗き込んだ東子が、パックがもう2つしか残っていないことに気付いた。


「あれぇっ!? 2つしか残ってないよっ?」


「売れたんだよ。全部」


「「ええ~っ!」」


沙紀と東子が、大げさじゃないかというほど、大声で驚く。

ただし、その表情にわざとらしさは感じられず、本当に驚いている様子だ。

それもそのはず……なにせ午前中のうちに、300個がほぼ完売状態なのだ。

驚くな……という方がムリだろう。


「いや~……さすがりん。アタシの見込んだだけのコトはあるねっ♪」


「私も、りんはやれば出来る娘だと思ってたわ」


(……オ、オマエラな……)


まるで「ようやく素質が開花したか……」とでも言いたげな物言いなのが、本当にワケがわからない。

“りん”は、なんとも調子の良い二人の台詞に脱力した。


「……ひょっとして、りん目当ての男が大挙して押しかけてきたんじゃないの?」


「そうそう。ソレありうる~♪」


沙紀も東子も、まるで“りん”をからかうように……完全に面白がっている。

しかも、妙に楽しそうなことこの上ない。


「……んなことあるはずないじゃん……」←作者注:実はそう。


「ナンパとかされなかった?」


「……されるはずないだろ?」←作者注:された。


「……りんってニブイから気付いてないだけだったりしてっ♪」


「ニブくないよ……失礼な……」←作者注:マジでニブイ。


意外と……というか当然というか、沙紀と東子は“りん”のコトをよくわかっている。

あの行列を見たわけでもないのに、ほぼ状況を見抜いているようだ。


そんな会話の最中、3人の男たちが無遠慮に“りん”に近づいてきた。


「おっほ~っ! ホントにカワイイぜ!」


「こりゃ、オレの好みだわ」


「な? な? 言ったとおりだろ? な?」


いかにも“不良”といった感じの男3人組である。

スポーツも武道もしていないのは、そのなまっちろい体つきを見れば一目瞭然だが、身長だけは170センチから175センチくらいで、いずれも“りん”より大きい。

おそらく、「浜辺に焼きそばを売っているカワイイ娘がいる」という例の噂を聞きつけて見に来たのだろう。


まるで見世物を見るかのような無神経な視線を投げつけてくる男たち。

だが、“りん”は、この3人の男たちを見て……何か記憶に引っかかるものを感じた。


(……コイツら。どっかで顔会わせたことあったような……?)


通常の記憶だけでなく、“りんの記憶”まで手繰ってみても……なかなか思い出せない。

そうこうしているうちに、“りん”のカウンターテーブルまでやってきた3人の男たちは、“りん”の身体を嘗め回すように眺めながら、話しかけてきた。


「どうよ? これからオレらと遊ばねぇ?」


「……いや、あの……まだ仕事が残っているのでちょっと……」


「いいじゃん。ちょっとくらいよ」


少しばかり引きつったスマイルを交えながら、やんわりと断ろうとする“りん”だったが、こんな傍若無人な男があっさり引き下がるはずもない。

オマケに、“りん”の胸のふくらみをガン見しながら、「結構胸あるじゃん……」と聞こえよがしに話す後ろの二人の男たち。


この恐ろしく不愉快な三人組に、和宏の不快感が増幅されていく。

“りん”は、何故か“りん”の後ろに隠れるようにしている沙紀と東子に、小さな声で呟いた。


(おい沙紀……。コイツラやっつけろよ……得意のアイアンクローでさ)


(ムリよ……)


(何でだよ……?)


(……だって怖いじゃない)


なんでやねんっ! ……と思わず心の中で関西弁で突っ込む和宏。

実際、沙紀ならこの三人を相手にしたって勝てるはずなのだが、こんなチンピラっぽい男はさすがに怖いらしい。

いかに理不尽で怪力自慢の沙紀といえども女の子、ということだろう。

ちなみに、危うく弾みで「お前に怖いものなんかねぇだろ……」と口を滑らせるところだったのは、和宏だけの秘密だ。


その時、男たちの後ろに、困ったようにして立っている赤い水着姿の女の子が“りん”の目に入った。

見た目は小学校高学年……小学4年生の夏美と変わらぬくらいか、もう少し上に見える。

“りん”は、これ幸いとばかりに目の前の男たちをわざと無視して、その女の子に声をかけた。


「……どうしたの?」


「……あの……焼きそば……」


焼きそばを買いに来たはいいが、この男たちのせいで困っていたのだろう。

この異様な雰囲気の中、少し怯えたような小さい声なのがその証拠だ。

“りん”が、安心させるように笑顔で焼きそばの入ったパックを手渡すと、困ったことに男たちがまたわめき始めた。


「よっしゃ~! これで今日の仕事はおしま~い!」


「イェ~イ!」


おどけた言い方をして、三人の男たちが、下品な声でゲタゲタ笑う。

その拍子に、三人の男の内の一人が、さっきの女の子に足を引っ掛けてしまった。

「きゃ……」という声とともに女の子はよろけ、持っていた焼きそばのパックがぐしゃりと落ちた……男の右足の甲の上に。


「っあっちゃあっ!!」


パックから焼きそばと目玉焼きが落下の衝撃で飛び出し、男の右足にモロにかかったのだ。

何しろ、その中身はアツアツの焼きそばと目玉焼きである。

ヤケドしてもおかしくないほどの熱さのはずだ。


右足を抱えながら、ぴょんぴょん飛び跳ねる男。

その姿は、「ザマーミロ」という思いも手伝って、どこかユーモラスに映った。


「このガキ~ッ!」


怒り心頭といった男が、呻きながら右こぶしを振り上げた。

まさか、子どもに手を上げるとは思っていなかった“りん”たちの表情が一瞬で凍りつく。


「やめ……!」


“りん”が「やめろ!」と叫ぼうとした瞬間だった。

突然クルリと振り返った女の子が……その“りん”の声を打ち消すように叫んだ。


「お兄ちゃんっ!」


女の子が叫んだその先には、浅黒くて筋肉質な身体の小太りな男。

そして、その顔には見覚えがある、というよりも……むしろ見慣れた顔だ。

“りん”のみならず、沙紀も東子も……三人はほぼ同時に叫んでいた。


「「「大村クン!?」」」



―――TO BE CONTINUED

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