第83話 『Season in the Sea (5)』
白い砂浜に、カーッとした夏の日差しが降り注ぎ、絶え間なく聞こえてくる波の音と楽しげな海水浴客の声が、絵に描いたような夏の風景に彩りを加えていく。
ビーチには、かなりの数のパラソルが立てられ、今日の海日和の晴天を象徴するような大盛況だ。
午前11時過ぎ……すでに書き入れ時といって差し支えない時間帯になっていた。
のどかは、大吾が焼き上げた焼きそばを発泡スチロールの箱に詰め、再び“りん”の元に向かう。
その途中……なんとも妙な光景を目の当たりにした。
約30人ほどの行列。
しかも……全て男。
そもそも、海水浴場の食べ物屋に、これほどの行列が出来ること自体が、通常はありえないはずだ。
その証拠に、近辺の焼きとうもろこし屋などには行列など出来ていないし、海の家の食堂にも人が溢れているわけでもない。
もちろん、のどかにとっても、行列が出来るほど焼きそばが売れるとは思っていなかったので、余計にこの光景は異様に感じられた。
怪訝に思いながら、行列に沿って歩いていくと、並んでいる男たちの会話が洩れ聞こえてきた。
『マジかわいいじゃん!』
『ん~、あのポニーテールはツボだな』
『な? 言ったとおりやろ~?』
その視線の先は……もちろん、一生懸命焼きそばを売りさばいている“りん”だ。
しかも、よく聞くとそんな類の会話が、行列のあちこちから聞こえてくる。
それらの会話の内容を総合してみると、どうやら「やたらとかわいい娘が焼きそばを売っている」という噂を聞きつけて、実物を見るために焼きそばを買いに来ているようだった。
(……ありゃりゃ。和宏ってばモテるなぁ……)
そんなことを思いながら、のどかはニヤニヤと口元を綻ばせた。
笑うのは不謹慎……と思いながらも、込み上げる笑いを堪えることが出来ない。
カウンターテーブルまで辿り着いたのどかは、とりあえずドッカリと箱を置いた。
同時に、在庫の入っているはずの箱の中を覗き込むと……なんとカラッポである。
どうやら、ちょうど在庫が底をついたところだったらしい。
「おお! ナイスタイミング!」
「あはは。大盛況だね」
のどかは、ホッとした面持ちで話しかける“りん”に笑いかけながら、「なるほど……」と心の中で頷いた。
整った顔立ちは、いわゆる美人系。
白を基調にした水着と、“りん”自身の肌の白さ……そして、美しい黒髪のポニーテールによる相乗効果により、この上もなく清楚な感じが倍増されている。
トドメは、ビキニの上に着ているキャミソールとパレオが織り成す可愛らしさの演出だ。
これでは男の噂になるのもムリはない……とのどかは思った。
しかし、“りん”の能天気な表情から察するに、そんな意識はこれっぽっちもなさそうである。
おそらく「なんか妙に客が多いなぁ……」くらいにしか思っていないだろう。
相変らず続く長蛇の列。
“りん”は、休む間もなく、焼きそばを売りさばいていく。
その内の客の一人が、焼きそばを受け取りながら、馴れ馴れしい感じで“りん”に話しかけてきた。
「ところで、ここ……何時に終わるの?」
全身が日焼けで褐色……金色のネックレスをジャラジャラさせた、サーファー風の男だ。
いかにも爽やかなイケメンで、自信満々な感じが伝わってくる。
(……おお。ひょっとして……これってナンパじゃないかな……?)
のどかは、発泡スチロールの箱を片付けながら、その男性客の様子を窺った。
いわゆる「店の仕事が終わったら一緒に遊ばない?」という類のナンパである。
だが、張本人の“りん”は……まさか自分がナンパされているなど思っているはずもなく……。
(……そういや何時までやるのかなコレ。ひょっとして300食売り切るまで帰れねぇんじゃね……?)
思わず考え込む“りん”。
そうして出来上がった妙な“間”。
そんな間に、男が「?」という表情を浮かべたのを見て、“りん”は慌てて答えた。
「さ、さぁ……? 何時に終わるかはちょっとわからないんですけど……」
“りん”の返事が、サーファー風の男の顔を引きつらせ、同時に周囲からは失笑が洩れる。
これは……体よくナンパをお断りしたに等しい。
常識的に考えて、終わりの時間がわからないなんてことは、普通はありえないからだ。
だが、男の引きつった顔を見た和宏は、全く別の考えに思い至っていた。
(ひょっとして……後でもう一回焼きそばを買いに来ようと思ってるんじゃね?)
何時に終わるかわからないということは、予想以上に早く店じまいをすることもありうるということだ。
もし、男が、意気揚々と焼きそば(2つ目)を買いに来た時、もう店じまいしていたら……?
その場面を想像するだけで、目の前のサーファー風の男が「なんてこったっ!」とショックを受ける様が目に浮かぶようである。
(なるほど……。そういうことか……)
実際、目の前の男の顔の引きつり方は、ただ事とは思えない。
和宏は、自信を持って結論付けた。
“この男は、無類の焼きそば好きに違いない”……と。
まだ食べる前だというのに、もう2つ目の心配をしているなんて……なんて焼きそば好きなのだろうか。
目の前の男を温かい目で見つめながら……いたく感心する和宏。
―――嗚呼、勘違い。
「で、でも、焼きそばならまだまだありますよ……。なにせ300食ですから」
“りん”にとっては、的確なフォロー……のつもりだった。
しかし、その台詞によって、何故か周囲からは、さらにドッと笑いが起こる。
(???)
もちろん、なんで笑いが起こったのかは、“りん”にわかるはずもない。
しかし、この場合においては、“お前には興味ねぇよ”という台詞とほぼ同義。
つまり……男にとっては、何気に“トドメ”である。
いたたまれずに、スゴスゴと引き下がるサーファー風の男。
そして……その姿を見て、?マークを顔に浮かべる“りん”。
コレほどまでに噛み合わないナンパも珍しい。
のどかは、クスクスと笑いながら思った。
(……罪作りだねぇ……和宏は)
―――TO BE CONTINUED