第81話 『Season in the Sea (3)』
本日の“海日和”を保障するかのような真っ青な空。
まだ朝だというのに、照りつける日差しがやたらと強く、天気予報によれば、今日は“この夏一番の猛暑”とか。
その天気予報は間違いなく当たる……そう思わせるほど、朝っぱらから暑かった。
抜けるような青空の下、のどかによって毒々しいほどのカラーリングとデコレーションを施された“のんちゃん号”が、目的地の海に向けてひた走る。
その揺れる車内で、沙紀が、おもむろに“りん”に尋ねた。
「ねぇ……?」
「……なんだよ?」
「一つ聞いていいかしら?」
「……どうぞ」
「なんで私たち後ろの荷台に乗ってるワケ?」
“りん”が以前乗ったことがある“のんちゃん号”の荷台。(第71話参照)
あの時は、何も積まれていなかったのでガランとしていたが、今日は鉄板などが乗っているため、とにかく狭く、しかもそんな狭い中に、三人が体育座りで、すし詰め状態である。
しかも、明かりのない真っ暗闇。
沙紀が愚痴りたくなるのもわかろうというものだ。
「三人全員は、助手席に乗れないからじゃね?」
「そりゃあムリだろうけど……」
「でも、荷台に乗せられるとは思わなかったね~……結構楽しいけど♪」
(……楽しいかぁ~?)
明かりのない真っ暗闇の荷台の中を“楽しい”と言い切る東子。
相変わらず東子の感性はヘンだ……と、和宏は思った。
苦笑する“りん”であったが、暗闇の中では、その表情は沙紀にも東子にも見えはしない。
「にしても……なんで売り子しなくちゃいけないんだ……?」
“りん”は、ふてくされたように口を尖らせる。
そもそも、一言も「引き受ける」とは言っていないうちに、いつの間にか“りん”が売り子をすることに決定……という空気になっていた。
確かに、釈然としないことこの上ない話だ。
しかし、沙紀はため息混じりに言い返した。
「ま~だ言ってるワケ? しょうがないじゃない!?」
「何がしょうがないんだよ?」
「私はAカップだし」
「アタシはタレ目だし」
(……タレ目はこの際関係ないだろう……)
“りん”は、東子をジトリと睨みつけるが、やはり暗闇の中では伝わらない。
「い~じゃない! りんならスタイルいいし!」
「そうそう。大好きなパレオ付きの水着(第58話参照)も昨日買ったでしょっ?」
(……別にスキってわけじゃねぇ!)
海に行く話が出たのはおとといのコト。
その話を受けて、昨日慌てて水着を買いにいく羽目になったのだ。
“りん”は、目を閉じながら、その時のコトをゆっくりと思い出す……。
やはり、釈然としないものを感じながら……。
……それは、昨日のことである。
鳳鳴高校から、さほど離れていない場所に位置する九州最大級の売り場面積を誇るショッピングセンター。
その二階にある水着売り場。
海水浴用の水着を買いにやってきた“りん”と沙紀と東子の三人は、その一角に佇みながら、ビキニ型やワンピース型の女性用水着をあれやこれやと品定めしていく。
『りん~……これどう?』
“りん”のために、水着を探してくれている沙紀が指差したのは、淡いイエローに花柄模様のビキニタイプの水着だった。
もちろん、“りん”は渋い顔で首を横に振る。
『ビキニはムリだって! ……恥ずかしいよ……』
『もぉ~! りんはスタイルいいんだから絶対似合うって!』
なぜか、妙に力を込めて力説する沙紀。
ヘタをすると、『これに決めなきゃアイアンクローよ……』くらい言い出しかねないくらいの勢いだ。
頬を膨らませる沙紀を見て、「なんでコイツはこんなに必死なんだ……」と思う和宏であった。
『じゃあさっ! これはっ?』
タレ目を目一杯細めて、ニコニコしながら、東子が勧める一品は形こそワンピース。
しかし……ハイレグ。
『却下!』
『え~っ! もう少し悩んでよっ!』
『考える必要あるかっ! ありえんわっ!』
ブ~ッと口を尖らせる東子だったが、おそらく面白半分だったのだろう。
「チェッ」と舌打ちしながら、簡単に引き下がっていった。
『もうちょっとマジメに考えてくれよな……』
『『マジメだよ?』』
(嘘つけっ!)
二人とも、わざとらしい大マジメな顔で言い放ったところが特に怪しい。
女性用の水着を買うなど、初体験の和宏にとって、沙紀と東子の意見は参考になる……と考えたのが、そもそも失敗だったようだ。
この二人に任せてたら、どんな水着を買う羽目になるかわからない。
そう思った和宏は、ちゃんと自分で女性水着売り場を見て回ることにした。
しかし、女性下着売り場の近くを通りかかる時に、つい足早になってしまうくらいウブな和宏にとっては、女性水着売り場をマジマジと見て回るというのは、気恥ずかしいことこの上ない。
もちろん、女性下着売り場をマジマジと見て回るよりは、はるかにマシな事態ではあるが。
そんな中、通常の水着っぽくないものが展示された一角が“りん”の目に止まった。
タンクトップのような水着……である。
『ああ……それ“タンキニ”だねっ♪』
『たんきに?』
『そう……タンクトップとビキニだから“タンキニ”』
『へぇ……』
“タンキニ”をさりげなく解説する沙紀。
通常のビキニの上下の上からタンクトップを着るような形である。
これならば、肌の露出をかなり避けられそうだ。
『……これにしようかな……』
“りん”が、ポツリと呟くと、沙紀と東子が「とんでもない!」という感じでまくし立てた。
何故か必死な沙紀と東子。
絶対に面白がっているに違いない……と和宏は思った。
『ビキニの方がいいわよ!』
『タンキニじゃ折角のナイスバディがアピールできないじゃないっ!』
(誰にアピールするんだよっ!)
沙紀も東子も、何とかして“りん”に露出の多い水着を着せたいようだ。
ひょっとすると、着せ替え人形で遊んでいる時のような感覚かもしれない。
そんな二人にいつまでも構っていたら、日が暮れてしまいそうである。
“りん”は、二人を気にせず、めぼしいタンキニを物色していく。
“りん”の決意が固そうとみた沙紀と東子は、お互いに顔を見合わせつつ、『仕方ない……』という感じで、ビキニではなくタンキニを持ち出してきた。
『じゃあ……これはどう?』
白地に青いラインがワンポイントになったシンプルな色使い。
ビキニ上下とタンクトップだけでなく、パレオまでセットになっている。
『よさげだけど……デザインがかわい過ぎ……』
タンクトップが、ヒラヒラしたキャミソールタイプになっているのが、非常に可愛らしい。
しかし、和宏にとっては、例によって大いに抵抗感のあるデザインである。
『別にいいじゃない。可愛くても』
(……うっ……)
東子にしては珍しく、マジメな顔で反論してきた。
カワイイものが大好きな東子。
そして、たいていの女子はカワイイものが大好きである。
ならば……女子としては、カワイイものを否定する理由はない。
思わず口ごもった“りん”を見て、沙紀が勝ち誇ったように口を開いた。
『じゃっ……これでキマリね』
『いや……ちょっ……』
『ああんもう! りん! 優柔不断は良くないわ! これに決めなきゃアイアンクローよ』
そう言うと、いつものように右手をワキワキさせる沙紀。
ワンパターンだな……と思いつつ、地味なワリに強烈な激痛をもたらす沙紀のアイアンクローは、なるべくなら喰らいたくはない。
『イイデス……ソレデ……』
まさしく諦めの境地。
“りん”は、ガックリと首を落として呟いた。
なんとも理不尽ではあるが……この際、肌の露出を抑えた水着を買っただけでヨシとすべきであろう。
ただ、“買った”というよりも、“買わされた”……という感じであったが。
―――TO BE CONTINUED