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俺、りん  作者: じぇにゅいん
第一部(改訂中)
8/177

第7話 『のどか (2)』 改訂版

麗らかな陽気を含んだ柔らかい光が、保健室の白いカーテン越しに差し込み、カーテンを優しく揺らすそよ風が、窓辺に置かれた紫色のクレマチスの香りを部屋の隅々まで運んでいく。

その慣れぬ香りに、鼻腔をくすぐられた和宏は、フワリとした心地よさを感じながら目覚めた。


(もう朝……か?)


まだ寝足りないようなダルさは残っていた。

だが、構うことなく、ゆっくりとベッドの上に上半身を起こした和宏は、目を擦りながら周りを見渡した。

とは云っても、そこは四方をカーテンとパーティションパネルで区切られた保健室のベッドの上。

ここが保健室だと気づいたのは、先ほどのクレマチスの香りを吹き飛ばすような、どこか薬品くさい学校の保健室独特の匂いが和宏の鼻をついたからだ。


(なんで俺、こんなトコにいるんだ……?)


霞がかかったように、記憶がハッキリしない。

だが、耳や肩にまとわりつくロングヘアや、着ているセーラー服に気付くと、湧き上がるように意識が覚醒し始めた。


(そっか……。学校に来て、頭が痛くなったんだよな……確か)


今朝、起きたら“りん”になっていたこと。

それでもなんとか学校に来たこと。

何故か妙な発作に見舞われたこと。

そして、ここに運んでこられたこと。


今日起こったことの記憶が、次々に脳裏に蘇ってくる。


(夢じゃなかったんだな……これは)


和宏は、耳にかかるロングヘアを邪魔に感じながら、自嘲するように笑った。

悪い夢から醒めたら、まだ悪い夢は続いていた……とでもいうような、悪い冗談を地でいく話だ。

しかし、これが現実には違いない。

あの発作が、嘘のようにスッキリと治まっていたことだけが、和宏にとって唯一の救いだった。


「アラ、ひょっとして起きたの?」


年配の女性の、おっとりとした品の良い声が和宏に話しかけた。

この保健室の主である野口の声だ。

サッとカーテンが開かれ、白衣を着た人の良さそうなおばちゃんが顔を出した。


「ん、目が覚めたみたいね。もう頭は大丈夫?」


年相応のシワが刻まれた、温和で、人を包み込むような笑顔。

とりあえず、和宏がコクリと頷くと同時に、保健室の引き戸が開く音がした。

無遠慮に室内に入ってくる人影が二人分。

言うまでもなく、沙紀と東子だ。


「あっ! りんが起きてるっ!」


東子のキンキンしたアニメ声が保健室一杯に響いた。

だが、東子の声に慣れっこの沙紀は、気にすることなく和宏に駆け寄った。


「良かった、無事そうで。私の突っ込みが原因でやばいことになったどうしようかと思ったわ。全く」


沙紀が、和宏の後頭部をシコタマ突っ込み倒したのは事実であるが、さすがにそれが発作の原因とは思えない。

それでも、沙紀は真剣に胸を撫で下ろしていた。


「そうそう。アタシたち、ホントに心配したんだからっ! もう夜も眠れないくらいっ」


(まだ昼間ですからっ!)


東子のボケに、和宏の心の中で突っ込みが入る。

だが、二人の笑顔は、嬉しそうに輝いていた。

まるで、りんの無事を確認して、心底安心したかのような二人。

案外、本気で心配してくれていたのかもしれない……と、和宏は思った。


「そういや、久保さんは?」


(久保……?)


「そうそう。あとは見ておくって言ってたけどっ」


(ひょっとして……あの女のことか?)


和宏は、意識が朦朧としていた時に聞いた“あの声”を思い出していた。

女子高生の割りには、ひどく落ち着いた冷静な声。

その妙なしゃべり方をする声を思い返しながら、野口は衝撃な事実を口にした。


「もちろん、彼女はとっくに教室に戻ったわよ。もう放課後なんだから」


放課後――っ!?


和宏は、思わず素っ頓狂な声を上げた。

この保健室に和宏が運ばれてきたのは、二時間目が始まる直前である。

保健室に備え付けられた時計によると、現在時刻は午後四時。

実に六時間以上ぶっ通しで眠り続けた計算だ。

だが、驚く和宏を尻目に、沙紀と東子は何を今さら……という顔だった。


「多分……寝不足だったんじゃないかしら?」


「そうそう。それなのに朝走って学校来るから具合が悪くなったんじゃないっ?」


和宏は、うぅ……と唸りながら考え込んだ。

今朝、起きてから学校に来るまでに寝不足を感じたことは一度もなかった。

もちろん、起きてからずっとドタバタの連続で、寝不足を感じるヒマがなかっただけという可能性もある。

例えそうだとしても、真昼間から六時間も寝入ってしまうほどの寝不足だったとは到底思えなかった。

しかし、未だに頭を傾げる和宏に構うことなく、沙紀と東子はもうこの件を寝不足が原因と決め付けてしまっていた。


「ところでりん? この後どうする? よかったら家まで送ってあげるわよ」と沙紀。


(……えっ?)


「そうそう。一人じゃ不安でしょっ?」と東子。


(なん……だとっ!?)


和宏は、訝しげな表情で、二人を交互に見た。

なにか企んでるんじゃね? ……と思ったからだ。

だが、沙紀の切れ長の瞳も、東子のタレ目も、和宏の疑いの眼をあざ笑うかのように澄んでいる。


(ひょっとして……根はいいヤツらなのかもな)


条件反射的に“怪しい”と思ってしまった自分を恥じるように、和宏は俯いた。


何はともあれ、もう放課後である。

しかも、りんは部活に所属していない……いわゆる帰宅部。

いつ帰っても良い立場だった。

それなら帰るか……と和宏が思った瞬間、ある疑問が頭に浮かんだ。


「そういえば、二人とも部活は?」


沙紀と東子は、女子バスケ部に所属していた。

これは、“りんの記憶”からリサーチ済みの情報である。

もう放課後ということは、二人とも部活に行っていなくてはならないはずだった。


「え……な、何よ。べ、別に部活をサボるために家に送るとか言ったんじゃないんだからね!」


「そ、そうそう。りんを口実にして帰っちゃえ……とかそんなことは全っ然……」


とんだツンデレ娘が正体を現した。

一気に挙動不審者の仲間入りを果たした二人は、『実はそんなこと考えていました!』と白状する勢いでアタフタしている。


(やれやれ……)


呆れたように、ため息一つ。

和宏は、二度三度と首を振りながら思った。


前言撤回――と。



――TO BE CONTINUED

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