第77話 『夏祭り (3)』
「お~……やっぱり萱坂か!」
聞き覚えのある声。
その声の主は、2年E組、野球部の山崎。
先の球技大会では、“りん”と白熱した好勝負(第39話参照)を演じ、後の紗耶香騒動(?)の際には、“りん”のカレシ役まで務めている。(第47話参照)
その山崎が、ジーンズに白いTシャツという、オシャレとは程遠いラフな格好をして、「奇遇だな」という顔で突っ立っていた。
「浴衣なんか着てるから気付かなかったな。馬子にも衣装ってヤツか?」
(……コ、コイツは……)
失礼な……とばかりに、“りん”の口がへの字になる。
初めて会った時から気付いてはいたが、山崎は本当に口が悪い。
(ま、まぁ……浴衣を褒めてもらいたいわけじゃないけどな)
確かに、「その浴衣……似合うよ」とか「なかなか可愛いぜ」とか言われても……どうリアクションして良いのやら、だ。
だが、幸いなことに、そんな気の利いた台詞を吐く様子は、今のところ全くなかった。
浅黒く日焼けした顔に、口元から覗く白い歯が良く映える。
相変らず爽やかな山崎の笑顔。
そんな無邪気な笑顔から、視線を下に移すと……山崎が“妙なもの”を持っていることに“りん”は気付いた。
「……ソレなに?」
“りん”が、山崎の持っている“ソレ”を指差す。
水鉄砲というにはちょっと大きい……いわゆる“ウォーターガン”だ。
「あ~っ! 山崎っ! またそんなの持って!」
“りん”より、一拍遅れて振り向いた沙紀が、腕組みをして、おかんむりな様子で山崎を睨む。
「おお、沙紀と東子もいたのか……気付かなかったぜ?」
そう言って山崎はニカッと笑い、沙紀と東子は頬をぷくっと膨らませた。
いつも“りん”が翻弄されてばかりの沙紀と東子を簡単にあしらう山崎に、和宏は素直に「すげぇ……」と思わざるをえなかった。
「しっつれいね~……。大体アンタ、高二にもなってまだ水鉄砲で遊んでるわけ?」
沙紀の視線が、山崎の持つ“ウォーターガン”に突き刺さる。
しかし、山崎は、その視線を痛がることすらなく、自慢げに“ウォーターガン”を振りかざした。
「これは“水鉄砲”じゃなくて“ウォーターガン”だって! 水鉄砲とは飛距離が違うぜ!」
圧縮空気を使うことによって、昔ながらの水鉄砲よりも格段に性能UP(?)したのが“ウォーターガン”である。
だが、その見分けがつかない(っていうかどうでもよい)沙紀は、「だからどうした」という顔だ。
思わず拍子抜けした顔になった山崎は、負け惜しみのように力説する。
「ま、“男のロマン”ってヤツだな。女にはわかんねぇよ」
(……っ)
和宏が、“男のロマン”という言葉に敏感に反応した。
なにしろ、ついさっきまで“男のロマン”の理解者を求めていた和宏である。
目の前の山崎に、急に親近感がわいたのは、自然な流れともいえた。
さらに、子どもの頃の水鉄砲くらいしか使ったことのない和宏にとっては、“ウォーターガン”なるものがどれほどのものか、単純に興味をそそられたというのもあった。
「すごいじゃん。ちょっと触らせてよ」
好奇心に輝く“りん”の瞳。
興味津々で右手を差し出す“りん”を、沙紀と東子が「またか……」という目で見る。
「ま~たりんは……。変なトコに食いつくんだから……」
東子も「同感!」とばかりに、ウンウンと頷く。
「だって……なんかすごそうじゃん?」
「おお、話がわかるな萱坂」
妙に嬉しそうな顔をする山崎は、そのなんともゴツイ“ウォーターガン”を“りん”に手渡した。
実際に手に持ってみると、予想以上にズシリと重い。
やはり、おもちゃの水鉄砲とは全く違う質感だ。
手に持ったからには撃ってみたい……当然の心理である。
“りん”は、夜店の裏側の雑木林の方に歩き始めた。
「ちょっと! りん! ドコ行くのよ?」
「大丈夫。ちょっと試し撃ちするだけ」
なにが大丈夫なんだかわからないが、“りん”と山崎は、嬉々として雑木林に足を踏み入れていく。
お互い顔を見合わせる沙紀と東子も、しぶしぶながら、“りん”と山崎の後を追う。
前方に人気がないことを確かめつつ、“りん”はウォーターガンを構えた。
先ほどの射的の時と同様、妙にサマになった立ち姿。
そして、トリガーを引くと、撃ち出された水が、狙いを定めた木の幹に見事に当たったが、その勢いは水鉄砲とは次元が違うといって差し支えなかった。
水鉄砲とは比較にならない感触に、“りん”は、目を輝かせながら、驚きの声を上げた。
「おおっ! すっげぇっ!」
「なっ? なっ? だろっ?」
“りん”の好リアクションに気を良くした山崎が、無邪気に笑いながら、“りん”の肩をバンバン叩く。
完全に興奮状態に陥った“りん”と山崎を、沙紀と東子は「付き合ってられん……」という醒めた表情で見つめていた。
その時、林の向こうから複数の子どもの声が聞こえてきた。
「いたぞっ!」
「あそこだっ!」
いかにも悪ガキ風の男の子の声。
声変わりをしていない甲高い声は、明らかに小学生のものだったが、その声を聞いて、山崎の顔色が変わった。
「やべぇ! 敵に見つかったっ!」
「「「テキ……ッ!?」」」
“りん”と沙紀と東子が、ほぼ同時に素っ頓狂な声を上げる。
途端に、水鉄砲によるものと思われる水が、ところ構わず飛んできた。
「萱坂っ! 貸せっ!」
山崎は、まるで緊急事態であるかのように、“りん”の持っていたウォーターガンを掻っ攫い、必死で応戦する。
しかし、事態を飲み込めない“りん”は、山崎と沙紀たちを交互に見ながら、右往左往するしかなかった。
「な、なんじゃこりゃ~!?」
「これ、多分タッくんの弟たちの仕業だよっ!!」
タッくん?
弟たち?
“りん”は、東子が妙なことを口走っていることに気付いたが、それを構っている場合ではなさそうだ。
水が、相変らずひっきりなしに飛んできているからだ。
「ああんもう! “りん”がこんなトコに連れてくるからっ!」
(勝手についてきたんじゃねーかっ!)
林の奥からピュンピュン飛んでくる水に逃げ惑いながらも、沙紀の口からは恨み節が漏れてくる。
理不尽な沙紀の台詞に、思わず反応する“りん”だったが、ここは逃げるのが先であろう。
しかし、逃げるといっても、足元の良くない土の上。
しかも、着ているのは動きにくい浴衣。
そして、履いているのはこれまた動きにくいサンダルだ。
「こらっ! お前らやめろっ!」
山崎が、この場を収めようと、“敵”に必死で呼びかける。
だが、山崎自身も、必死に“ウォーターガン”で応戦しているため、停戦しそうな気配は全くない。
「人いるからやめろって!」
そう山崎が叫んだ時だった。
沙紀の顔と、浴衣のヒザ辺りに、水鉄砲の水が命中した。
「キャッ!」
あれほど飛び交っていた水が、急激に鳴りを潜め、代わりに場の空気が徐々に凍りついていく。
しかし、それは決して突如響いた沙紀の悲鳴によるものではない。
ゴゴゴ……という効果音が聞こえてきそうな程の迫力で、仁王立ちする沙紀が発する殺気によるものだ。
「……や~ま~さ~き~……?」
沙紀の前髪から、水がポタポタと零れ落ち、ただでさえ鋭い沙紀の切れ長の瞳は、さらに鋭さを増す。
その眼光からは、ある種の凄みすら感じさせた。
(……やべぇ……)
このままここにいては危ない……山崎の第六感が、そう告げた。
だが、危険を察知し逃げようとした山崎の前に、素晴らしい身のこなしで立ちはだかる沙紀。
そして、怯えた表情の山崎の額に……すっぽりと沙紀の右手がはまる。
「イダダダダッ!!!」
沙紀の必殺技であるアイアンクローが炸裂した。
いつも“りん”が上げるうめき声と同じ種類の声を上げる山崎。
“りん”にとって、沙紀がアイアンクローをかけている現場を第三者として眺めたのは初めてだった。
正直なところ、技をかけられている山崎が不憫としかいいようがない。
だが、必死で痛みに耐える山崎を見て……“りん”は妙な仲間意識を感じていた。
―――TO BE CONTINUED