表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
俺、りん  作者: じぇにゅいん
第二部
78/177

第76話 『夏祭り (2)』

縁日の夜店は、ただ見て回るだけでも楽しいものだ。

東子は、食べ物の夜店にしか目がいっていなかったようだが、もちろん縁日に出ている夜店は食べ物の店ばかりではない。

“りん”は、その中の一つを見て、声を上げた。


「おっ! 射的じゃん!」


3段の棚に、所狭しと並べられた景品群。

人形やキャラメルといった小物から、家庭用ゲーム機の“Eステーション”本体という超大物まで。

その景品に釣られたのか、子どもたちが鈴なりになっていた。


「射的がどうかしたの?」


「いや。やってみようかな~……なんて」


「へ~……りんってば射的得意なワケ?」


「まぁね」


「……アンタって、ほとほと変な特技を持ってるわね……」


沙紀と東子が呆れたように言った。

野球と射的が得意な女子……確かにヘンかもしれない。

しかし、男子としては至って普通のハズだ。

それもそのはず……なんといっても、少し前までは和宏は普通の男子高校生だったのだから。


ちなみに、子どもの頃は、その天才的な射的の腕で、あまりに景品を取りすぎて、射的屋のオヤジから立入禁止を喰らったことすらあった。

今こそ、その腕をもう一度奮う時……なぜか使命感に駆られた“りん”は、浴衣のソデをまくりながら、店のオヤジに300円を手渡した。


珍しい女子高生の客に、店のオヤジは鼻の下を伸ばしながら、紙コップに入った弾を“りん”に差し出す。


「はいよ、お嬢ちゃん! 頑張ってね!」


受け取った紙コップには、コルク製の弾が10発。

“りん”は、近くに置いてある射的ライフルを手に取り……構えてみた。


悪くはない。

そういう感触を得つつ、撃鉄を引いてコルクの弾を銃口に詰めた。


(……何を狙おうかな……)


“りん”は、棚に乗った景品を品定めしていく。

射的のセオリーとしては、“落としやすそうなものを狙え”だ。

その結果、一番先に“りん”の目に止まったのは“安定性の良くないヌイグルミ”である。


「え~? あのヌイグルミはかわいくないよ~……!」


横で見ている沙紀と東子が、なぜか口を尖らせて文句を言い始めた。

確かにお世辞にもかわいいとは言えないヌイグルミだが、うまく当たれば一発で取れそうなのだ。


“りん”は、ライフルを構えて狙いをつける。

その妙にサマになった立ち姿と、可愛らしい浴衣女子が射的に挑戦しているというシュールな図に、周りの視線が集まり始めていた。


パンッ!


一発目……ハズレ。

コルクの弾が、わずかにヌイグルミの右上をかすめていった。

続いて二発目……これも同様にはずれる。


「ちょっとりん! 得意なんじゃなかったの?」


沙紀は、からかうような口調だったが、“りん”は意に介さず、逆にニヤリと笑い返した。


「へへ……最初は弾道を確かめるのが目的なんだ。次は当てるよ」


“りん”の予告どおり、3発目が見事にヌイグルミの頭に命中し、ポトリと落ちる。

周りからは、どよめきと拍手が上がった。


「わわっ! すご~い!」


「やるじゃない……りんのクセに」


「だから『クセに』って言うのやめろよな……」


いつもの沙紀と東子の茶々にも負けず、次々に景品を落としていく“りん”。

そして、周りで見物している客はヤンヤヤンヤの大喝采。

だが、店のオヤジだけは、表情を引きつらせながら、口元をヒクヒクさせていた。


残り1弾……しかし取った景品はすでに6個である。

確かに、この調子で景品を取られたのでは、店のオヤジもたまらないだろう。


「ねぇりん。折角だからアレ狙ったら?」


沙紀が、家庭用ゲーム機のEステーションを指差した。

並んでいる中では、間違いなく一番の目玉と思われる景品だ。

しかし、“りん”の返事はつれなかった。


「あ~、ありゃムリだ」


「……ど、どうしてよ?」


いともあっさりと言い放つ“りん”に、沙紀は少々口を尖らせる。


「あんなデカくて重いヤツ……1発や2発当てたところで動きもしないよ。どうせ客に取らせる気のない“エサ”だし」


確かに、コルクの弾が当たったくらいではビクともしなさそうだし、なにより“りん”の説明には説得力があった。

沙紀は、「ふ~ん」と唸らざるをえ得なかった。


「……だから、取れそうなモノを取る……と」


そう言いながら、最後の1弾を撃つ“りん”。

狙ったとおりに水鉄砲セットをゲットして、10発で7個の景品を獲得するというハイアベレージな荒稼ぎだ。

オマケに、紙袋に入れてもらった景品を受け取る際には、ギャラリーから盛大な拍手喝采まで贈られてしまった。

妙に盛大な拍手に、怪訝に思った“りん”が周囲を見渡すと、二重三重の人垣に取り囲まれていることに気付いて、声にならない声を上げる。


(……あわわ……!?)


“りん”たち3人は、照れ隠しのようなヒクついた笑いを浮かべながら、逃げるように射的屋を後にした。


射的屋から、かなり離れた場所。

神社の社へと続く石階段の下まで来たところで、ようやく3人は一息つくことが出来た。


「はぁ……。“りん”ってば、よくよくギャラリーを集めるコよねぇ……全く」


腕組みをした沙紀の口調が、感心しているのか呆れているのか……よくわからない。

無論、ギャラリーを集めたかったわけではないのだが。


「結局、何を取ったのっ?」


そう言いながら、“りん”が抱える紙袋の中を、改めて覗き込む東子と沙紀。

(可愛くない)ヌイグルミ、トランプ、水鉄砲セット……などなど。

その魅力に乏しいラインナップに、沙紀が突き刺すような一言を口にする。


「……アンタ、こんなのが欲しかったの?」


……。


「……イヤ。別に欲しかったわけじゃ……」


「「じゃダメじゃんっ!」」


天才的な射的の腕を披露したというのに、あまりに無情な沙紀と東子のダメ出し。

あうぅ……と、和宏は軽く鬱な気分になった。


(……違うんだ!)

(景品の善し悪しじゃねぇんだよ……)

(釣りに例えるなら“キャッチアンドリリース”)

(これが“男のロマン”てヤツなんだよ……)


得たモノが重要なのではなく、それを得るまでの過程を楽しむことが重要なのだ。

そう心の中で力説する“りん”の動きが……何かを思い出したかのようにピタリと止まる。


沙紀と東子は女。

ついでに言うなら“りん”も女。

ならば、一体誰がこの“男のロマン”を理解できるというのだろうか?


……絶対に理解してもらえない。


そう確信した“りん”は、首をカクンとうなだれるしかなった。


すでに、とっぷりと日が暮れ、辺りは完全な夜。

縁日の賑わいも最高潮に達し、今から打ち上げ花火が上がるまでが、夏祭りの最高の盛り上がり時でもある。

神社の社へと続く石階段の下に佇んでいた“りん”たちの背後から、声をかけられたのは、ちょうどそんな時だった。


「ひょっとして……萱坂……か?」


その聞き覚えのある声に、“りん”はそっと振り返った。



―――TO BE CONTINUED

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ