第76話 『夏祭り (2)』
縁日の夜店は、ただ見て回るだけでも楽しいものだ。
東子は、食べ物の夜店にしか目がいっていなかったようだが、もちろん縁日に出ている夜店は食べ物の店ばかりではない。
“りん”は、その中の一つを見て、声を上げた。
「おっ! 射的じゃん!」
3段の棚に、所狭しと並べられた景品群。
人形やキャラメルといった小物から、家庭用ゲーム機の“Eステーション”本体という超大物まで。
その景品に釣られたのか、子どもたちが鈴なりになっていた。
「射的がどうかしたの?」
「いや。やってみようかな~……なんて」
「へ~……りんってば射的得意なワケ?」
「まぁね」
「……アンタって、ほとほと変な特技を持ってるわね……」
沙紀と東子が呆れたように言った。
野球と射的が得意な女子……確かにヘンかもしれない。
しかし、男子としては至って普通のハズだ。
それもそのはず……なんといっても、少し前までは和宏は普通の男子高校生だったのだから。
ちなみに、子どもの頃は、その天才的な射的の腕で、あまりに景品を取りすぎて、射的屋のオヤジから立入禁止を喰らったことすらあった。
今こそ、その腕をもう一度奮う時……なぜか使命感に駆られた“りん”は、浴衣のソデをまくりながら、店のオヤジに300円を手渡した。
珍しい女子高生の客に、店のオヤジは鼻の下を伸ばしながら、紙コップに入った弾を“りん”に差し出す。
「はいよ、お嬢ちゃん! 頑張ってね!」
受け取った紙コップには、コルク製の弾が10発。
“りん”は、近くに置いてある射的ライフルを手に取り……構えてみた。
悪くはない。
そういう感触を得つつ、撃鉄を引いてコルクの弾を銃口に詰めた。
(……何を狙おうかな……)
“りん”は、棚に乗った景品を品定めしていく。
射的のセオリーとしては、“落としやすそうなものを狙え”だ。
その結果、一番先に“りん”の目に止まったのは“安定性の良くないヌイグルミ”である。
「え~? あのヌイグルミはかわいくないよ~……!」
横で見ている沙紀と東子が、なぜか口を尖らせて文句を言い始めた。
確かにお世辞にもかわいいとは言えないヌイグルミだが、うまく当たれば一発で取れそうなのだ。
“りん”は、ライフルを構えて狙いをつける。
その妙にサマになった立ち姿と、可愛らしい浴衣女子が射的に挑戦しているというシュールな図に、周りの視線が集まり始めていた。
パンッ!
一発目……ハズレ。
コルクの弾が、わずかにヌイグルミの右上をかすめていった。
続いて二発目……これも同様にはずれる。
「ちょっとりん! 得意なんじゃなかったの?」
沙紀は、からかうような口調だったが、“りん”は意に介さず、逆にニヤリと笑い返した。
「へへ……最初は弾道を確かめるのが目的なんだ。次は当てるよ」
“りん”の予告どおり、3発目が見事にヌイグルミの頭に命中し、ポトリと落ちる。
周りからは、どよめきと拍手が上がった。
「わわっ! すご~い!」
「やるじゃない……りんのクセに」
「だから『クセに』って言うのやめろよな……」
いつもの沙紀と東子の茶々にも負けず、次々に景品を落としていく“りん”。
そして、周りで見物している客はヤンヤヤンヤの大喝采。
だが、店のオヤジだけは、表情を引きつらせながら、口元をヒクヒクさせていた。
残り1弾……しかし取った景品はすでに6個である。
確かに、この調子で景品を取られたのでは、店のオヤジもたまらないだろう。
「ねぇりん。折角だからアレ狙ったら?」
沙紀が、家庭用ゲーム機のEステーションを指差した。
並んでいる中では、間違いなく一番の目玉と思われる景品だ。
しかし、“りん”の返事はつれなかった。
「あ~、ありゃムリだ」
「……ど、どうしてよ?」
いともあっさりと言い放つ“りん”に、沙紀は少々口を尖らせる。
「あんなデカくて重いヤツ……1発や2発当てたところで動きもしないよ。どうせ客に取らせる気のない“エサ”だし」
確かに、コルクの弾が当たったくらいではビクともしなさそうだし、なにより“りん”の説明には説得力があった。
沙紀は、「ふ~ん」と唸らざるをえ得なかった。
「……だから、取れそうなモノを取る……と」
そう言いながら、最後の1弾を撃つ“りん”。
狙ったとおりに水鉄砲セットをゲットして、10発で7個の景品を獲得するというハイアベレージな荒稼ぎだ。
オマケに、紙袋に入れてもらった景品を受け取る際には、ギャラリーから盛大な拍手喝采まで贈られてしまった。
妙に盛大な拍手に、怪訝に思った“りん”が周囲を見渡すと、二重三重の人垣に取り囲まれていることに気付いて、声にならない声を上げる。
(……あわわ……!?)
“りん”たち3人は、照れ隠しのようなヒクついた笑いを浮かべながら、逃げるように射的屋を後にした。
射的屋から、かなり離れた場所。
神社の社へと続く石階段の下まで来たところで、ようやく3人は一息つくことが出来た。
「はぁ……。“りん”ってば、よくよくギャラリーを集めるコよねぇ……全く」
腕組みをした沙紀の口調が、感心しているのか呆れているのか……よくわからない。
無論、ギャラリーを集めたかったわけではないのだが。
「結局、何を取ったのっ?」
そう言いながら、“りん”が抱える紙袋の中を、改めて覗き込む東子と沙紀。
(可愛くない)ヌイグルミ、トランプ、水鉄砲セット……などなど。
その魅力に乏しいラインナップに、沙紀が突き刺すような一言を口にする。
「……アンタ、こんなのが欲しかったの?」
……。
「……イヤ。別に欲しかったわけじゃ……」
「「じゃダメじゃんっ!」」
天才的な射的の腕を披露したというのに、あまりに無情な沙紀と東子のダメ出し。
あうぅ……と、和宏は軽く鬱な気分になった。
(……違うんだ!)
(景品の善し悪しじゃねぇんだよ……)
(釣りに例えるなら“キャッチアンドリリース”)
(これが“男のロマン”てヤツなんだよ……)
得たモノが重要なのではなく、それを得るまでの過程を楽しむことが重要なのだ。
そう心の中で力説する“りん”の動きが……何かを思い出したかのようにピタリと止まる。
沙紀と東子は女。
ついでに言うなら“りん”も女。
ならば、一体誰がこの“男のロマン”を理解できるというのだろうか?
……絶対に理解してもらえない。
そう確信した“りん”は、首をカクンとうなだれるしかなった。
すでに、とっぷりと日が暮れ、辺りは完全な夜。
縁日の賑わいも最高潮に達し、今から打ち上げ花火が上がるまでが、夏祭りの最高の盛り上がり時でもある。
神社の社へと続く石階段の下に佇んでいた“りん”たちの背後から、声をかけられたのは、ちょうどそんな時だった。
「ひょっとして……萱坂……か?」
その聞き覚えのある声に、“りん”はそっと振り返った。
―――TO BE CONTINUED