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俺、りん  作者: じぇにゅいん
第二部
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第75話 『夏祭り (1)』

それは夏休みに入る前の教室……とある休み時間でのこと。


机を挟んで、“りん”と沙紀がにらみ合い、その横では東子が固唾を呑んで見守っている。

まるで、これから決闘でも始まるかのような緊迫感であった。


『いくわよ……りんっ!』


『こいっ!』


研ぎ澄まされた視線のぶつかり合いは終焉を向かえ、両者がともに右こぶしを振り上げる。

今、まさに切って落とされようとしている決戦の火蓋。

沙紀と“りん”の間の空気が、わずかばかり震えた。


『じゃんけんぽんっ!』


『あっち向いてホイ!』


沙紀と“りん”……どちらの反射神経が鋭いのか?

そんな疑問を、うっかり東子が口にしたことにより始まったこの戦い。

東子がそれを口にする前、“夏祭りには3人一緒に浴衣を着よう”という話で盛り上がっていたせいか、この戦いが開始される頃には“りんが負けたら夏祭りに浴衣で参加すること”という条件まで付加されていた。


“あっち向いてホイ”は、反射神経と集中力が試されるゲームだ。

しかし、反射神経と集中力(勉強以外)なら、“りん”には絶対の自信がある。

そして、それは沙紀も同様であった。


“じゃんけんぽん”でどちらが勝っても、“あっち向いてホイ”のところで、お互い必死に抗う二人。

相手の指の動きに瞬時に反応しているためである。


そして、“じゃんけんぽん”“あっち向いてホイ”のやり取りが、次第に高速化していく。

それは、見ているだけのはずの東子が、「あわわ……」とうろたえてしまうほどだった。


(くっ、やるな……沙紀っ)


(……手ごわいわ……りんのくせにっ!)


ハイスピードで“あっち向いてホイ”を続けながら、頭の中でそんな感想を抱き合う。

ある意味、天晴れな二人である。


もはや、何回目のじゃんけんかわからなくなる頃、じゃんけんに勝った沙紀の集中力がわずかに弛んだ。


上を指差すか、下を指差すか。

ほんの一瞬の沙紀の迷い。


だが、それが結果的にフェイントの役割を果たし、“りん”は見事に引っかかってしまった。

皮肉にも、勝利の女神は、先に集中力を乱してしまった沙紀の方に微笑んだのである。


『ちっくしょ~! 引っかかった……』


『と、とにかく、どういう形でも私の勝ちは勝ちよ……。約束は守ってもらうからね~……りん』


『あううぅ……』


ホッとした表情で勝ち誇る沙紀を見て、“りん”は悔しさのあまり頭を抱えた……。




という(毎度バカバカしい)経緯を経て……今日は8月1日。

沙紀の家の近所の神社で、毎年同日に行われる夏祭りの日である。


日中の暑さの源だった太陽が大きく傾き、夜の帳が降りてくる頃、縁日は活気が漲り始めてくる。

手作り感溢れる提灯が、普段は人通りの少ない神社の鳥居から社にかけての石畳の道をあかあかと照らし、子どもたちを中心とした賑いと時折飛び交う嬌声が、縁日の雰囲気をさらに高揚させていく。

浴衣を着た“りん”と沙紀と東子は、そんな賑やかな縁日の夜店通りを歩いていた。


「りんの浴衣……それおにゅうでしょ? 自分で選んだの?」


沙紀が、白地にピンクのバラがちりばめられた、新品の“りん”の浴衣を指差す。


「そうそう。アタシも、その浴衣カワイイな~って思ってたの~っ♪」


すかさず、カワイイもの好きの東子も、同意……とばかりに頷いた。

下地の白が、眩しいほど真っ白なため、新品であるのが一目瞭然だ。

そんな艶やかで可愛らしい浴衣を着た“りん”に向ける二人の視線には、どことなく羨望の色が混じっているようにも見える。


「いつの間にか母さんが買ってきてたんだよ。絵柄も母さんが勝手に選んだみたいだし」


「ふ~ん……でもいいわね。私のなんか小学校の時に買ってもらった浴衣なのに、まだ新しいの買ってくれないのよ」


沙紀は、自分の浴衣を見ながら、愚痴るように言った。

藍色の生地に打ち上げ花火の柄が入った、ちょっと大人の女性っぽい雰囲気を持った浴衣だ。

確かに、沙紀の言うとおり、いささか年季が入ったシロモノである。


だが、見た感じ……少なくとも浴衣のサイズが小さいようには見えない。

ひょっとすると、小学校の頃からこの身長(ちなみに沙紀の身長は173センチ)だったのだろうか?


(どんだけデカイ小学生だっ!)


170センチを超える小学生の沙紀が赤いランドセルを背負っている絵……。

なんとも怖い想像が、和宏の頭の中をよぎる。


「アタシも~。今着てるこの浴衣……充分似合ってるから必要ないって~っ!」


沙紀とは事情が異なるものの、新調してもらえないという点では東子の方も同じのようだ。

ちなみに、東子の浴衣は、明るい黄色地に薄いピンクの桜の花びら柄で、ひたすら明るい感じが、確かに東子によくハマッている。


「りんばっかりずるいわ……もう!」


「そうそう。ズルイッ!」


(……約束を守ったのに、この言われようは一体……)


あの長ったらしい着付けにも耐えたというのに……なんとも報われない。

思わぬ矛先に、“りん”は「ヤレヤレ……」とため息をついた。


「アッ! 見て見てっ♪」


唐突に東子が、夜店の屋台を指差した。

何の変哲もないアメリカンドッグの店。

しかし、飢えた狼のような目で、アメリカンドッグを迷うことなく購入する東子。


「アッ! 見て見てっ♪」


立て続けに東子が指差した屋台は、焼きとうもろこしの店だ。

アメリカンドッグを持ったまま、またも東子は迷いなく購入する。


「アッ! 見て見てっ♪」


すでに両手にアメリカンドッグと焼きとうもろこしを持っているというのに、さらにりんご飴の店に熱い視線を向ける。

迷うことなく、アメリカンドッグを口にくわえて、買いに行こうとする東子を……沙紀と“りん”はとりあえず止めた。


「「チョイ待ち」」


沙紀が東子の右のおさげを、“りん”が左のおさげをムンズと掴む。

髪をつかまれた東子は、後ろに反り返るような形で、動きを封じられてしまった。


「いひゃい~っ!」


アメリカンドッグをくわえたまま、「痛い」と言っているようだ。

だが、“りん”も沙紀も、掴んだ東子のおさげを手放さなかった。


「落ち着け東子。まずはその手に持ってるヤツを先に食え」


「りんの言うとおりよ。ちょっとは落ち着きなさい……」


“りん”と沙紀は、ため息交じりで言う。

しかし、東子は、聞こえているのか聞こえていないのか、「は~な~せ~」とばかりにジタバタするだけだ。


「全くもう……。昔っから変わらないんだから東子は」


「……昔?」


「そう。縁日に来ると食べ物にしか目がいかないのよね。……見境いなく」


“りん”は、今まさにそうなった東子をリアルタイムで見ている。

“東子は食いしん坊”……というのは知っていたが、どうやら想像以上のようだ。

その東子は、おさげを掴まれて動けぬまま、早く自由になるために、一生懸命アメリカンドッグを頬張っていた。


「んで、縁日の次の日は、よくお腹壊してたわね。……食べ過ぎて」


もはや、笑いを取るために身体を張っているとしか思えない。

困ったことに、ドコにどう突っ込みを入れていいのかすらわからない。


その時、ようやくアメリカンドッグを食べ終えた東子が抗議の声を上げた。


「食べたからもう離してよ~っ!」


“りん”と沙紀が、「ハイハイ」とばかりに、おさげから手を離す。

ようやく開放された東子は、ホッと一息つきながら、例のアニメ声を響かせた。


「だって~……縁日で売ってる食べ物って妙においしそうなんだもんっ!」


(……それはわからないでもなけどな……)


普段はわざわざ食べようとは思わないタコ焼きなどを、縁日で見かけると買いたくなる衝動に駆られることは確かにある。

かといって、両手で持ちきれないほど買い込むのはどうか。


「それに、縁日の時は“食べなきゃソンッ!”って感じするでしょっ?」


(……しねーよ……)


心の中の声を大にした“りん”と沙紀は、首を力一杯ヨコに振る。

しかし、当の東子は、至って気にする様子もなく、また夜店を物色し始めた。


アメリカンドッグ、焼きとうもろこしに始まり、りんご飴、焼きイカ、たこ焼き、フラッペ……。

一体、この小さな体のドコに入っていくのか……と思うほどの量。

そして、最後には「う~……食べ過ぎて気持ちわる……」と言い出す始末である。


“りん”は、先ほどの沙紀の話を思い出しながら思った。


(……成長してねぇな。コイツ……)



―――TO BE CONTINUED

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