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俺、りん  作者: じぇにゅいん
第二部
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第74話 『First Love (12)』

「く、苦しい……デス……」


“りん”が、思わずうめき声を上げた。

しかし、目の前で作業に夢中のことみは、こともなげに言う。


「我慢しなさいねぇ~。これがゆるいと絶対に着崩れるんだから~」


苦しいと言っているにもかかわらず、ことみはさらにギュッと腰紐を締め付けた。


(うう……マジか……?)


そのことみの手つきのたどたどしさに、“りん”はなんとなく不安を覚える。

やっぱ、あんな約束しなきゃよかった……とも思うが、勝負に負けてしまったのだから致し方なしだ。


約束……とは、夏休みに入る前に、沙紀とした約束のことである。


『夏祭りの日は、必ず浴衣を着てくること』


まぁ浴衣くらい……などと、軽く考えていたのが運のつきだった。

まさか、着付けからこんなに面倒くさいものとは露知らず。


おまけに、ことみに「浴衣はドコにある?」と聞いただけで、「まぁっ! カレシと浴衣デートォっ! いいわよぉ……新しい浴衣買ってあげるぅ!」ときた。


何でもかんでも、とりあえず“カレシ”に結びつけることみの思考パターンはどうにかならないものだろうか?

そんなことを思いながら、その時の“りん”は苦笑いを浮かべるほかなかったが、ことみは、その翌日には新しい浴衣を買ってきていた。

……そのバイタリティだけは見習うべきかもしれない。


そういう経緯で、“りん”は今、着付けをしてもらっている最中であった。

白い生地にピンク色のバラがちりばめられた、かなり可愛らしいデザインの浴衣。

ことみの少女趣味が色濃く出た一品だ。


着付けは……ことみの不慣れも手伝って、まだまだ続く。

和宏が心の中でうんざりするほどに。


ぎゅ~っと締め付けられた腰紐の次は、おはしょりである。


「ここを手抜きすると可愛くなくなっちゃうのよねぇ~……確か」


(……“確か”て……)


ことみは、随所に気になる台詞を吐きながら着付けていく。

シワにならないようにシワにならないように……ただひたすら呟きながらおはしょりを整えることみ。


(……まるで念仏だな……)


“りん”は、苦笑いをしながら、チラリと時計を見る。

すでに時間は15時を過ぎていた。


『当日は4時頃には迎えに行くから、それまでにスタンバッとくのよ』


沙紀の台詞が、和宏の頭の中でリフレインする。

いつまでこれは続くんだろう……と思いながら。


妙なベルトを取り付けられ、どんどん動きづらくなっていくような感覚に、和宏は辟易とする。

浴衣って、もっとラクに着られるモンだと思ってたんだけどな……と、和宏は思わず毒づきたくなった。


「さ、だいぶ良い感じねぇ~……上出来ぃ~♪」


つい今しがたまで緊迫感を漂わせていたことみが、止めていた息をプハァ~ッと吐くように安堵感を漂わせる。


「もう終わりでいいんだよね?」


やっと終わったか……と思い、“りん”は背後のことみに声をかけたが、返ってきた返事は非情だった。


「……そんなはずないじゃな~い!」


「ええ~!?」


「まだ帯もしてないのに、終わりな訳ないでしょ?」


どうやら、まだ着付けが続くらしい。

和宏の目の前が、少しだけ真っ暗になった。


結局、帯結びが終わったのが15時半ちょうど。

長い長い着付けの時間は、和宏にとって拷問に等しかった。

おまけに、椅子に座ろうにも、背もたれにもたれかかることも出来ない。


『せっかく結んだ帯がぐしゃぐしゃになるから、座る時は気を付けるのよぉ~♪』


ことみに、そう注意されているからだ。

自分の部屋に戻った“りん”は、椅子に浅く腰掛けながら、軽くため息をつく。

全く女の浴衣ってヤツは面倒だ……そう思った時、外の玄関からことみの間の抜けた声が聞こえてきた。


「りん~! 手紙届いてるわよぉ~!」


(……手紙?)


“りん”は、開け放ったままの窓から階下を見下ろすと、手紙をヒラヒラと振っていることみの姿が目に入った。

その手紙は通常の封筒ではなく、縁が赤と青と白の縞模様の、実際にお目にかかることはあまりないタイプの封筒だった。

ただし、それがなんであるかは和宏にだってわかる。


海外からの手紙……エアメールだ。


(……彩ちゃんっ!)


ことみが部屋まで持ってきてくれたエアメールの封を丁寧に開ける。

中には、可愛らしい便箋が3枚。

ぎっしりと書かれた文字は、丁寧かつキレイで、几帳面な感じがとても彩らしい。


和宏は、胸の高鳴りを抑えながら、彩の字を目で追う。

「りんちゃんへ」という書き出しの手紙には、渡米した彩が体験したことが、たくさんちりばめられていた。


アメリカの入国審査で、例のボールについて聞かれ、『This is the very important present』と答えたら、ちゃんと通じたこと。

引っ越した家は、郊外にあるコテージスタイルの建物で、とてもおしゃれであること。

近所の人たちは、とても優しく、いつも親切にしてくれること。


そして……もう友達ができたこと。


“りん”の顔から、嬉しそうな笑みがこぼれた。

和宏が一番心配していたことだからだ。


『りんちゃんに貰ったボールを使ったら、もう近所の子と友達になれたんだよ』


彩の手紙には、そう書いてある。

とはいえ、“ボールを使ったら”という表現が引っかかった。


(一体どう使ったんだ……?)


“りん”は、首を傾げたが、とりあえず「まぁいいや」と思うことにした。

いずれにせよ、向こうで楽しそうにやっている感じが、この手紙からよく伝わってくるからだ。


もし、あの日、彩に会えなかったら、どうなっていただろう?


『きっと後悔することになる』……と、のどかは言っていた。

確かにそのとおりだ、と和宏も思う。


きっと、彩を助けてやれなかった無力感に苛まれることになったに違いない。

そして、彼女のことは思い出したくもないこととして記憶されただろう。

それは……とても悲しいことだ。

だからこそ、今は心の底から「良かった」と思うことができる。


“りん”は、一旦手紙から目を離し、窓の外に視線を移した。

青い空が広がり、時折涼しげなそよ風が開け放った窓から入ってくる。

彩とお別れをした日と同じ……夏色の空。


“りん”は、頬杖をつきながら、彩が最後に見せてくれた笑顔を思い出す。

同時に、思い出の中の大野美羽の笑顔もまた頭をかすめ……二人の面影は重なり合う。


しかし、以前のように、苦しみに似た切なさが胸を刺すことは……今はもうない。

それは多分、彩のあの笑顔のおかげだ。


和宏の中にいつまでも残る、大野美羽への未練のような感情を吹っ切るきっかけをくれた。

そんな苦い思いをキレイに洗い流してくれる笑顔だったのだ……と、和宏は思う。


のどかが「まだ終わってない」と言い当てた和宏の初恋が、ようやく終わりを告げ……残ったのは、淡く切ない思いだけ。

だが、それだけは決して消えることはない。

その淡く切ない思いこそが……初恋という名の思い出なのだから。


(……でも『やっぱり、いい初恋だったよ』なんて言ったら……のどかは笑うかな?)


確かに笑うかもしれない。


『あはは。良かったじゃないか……和宏』


いつものように、大きな瞳を細めながら……きっとこんな感じで笑うだろう。

和宏は、そんなことを思いながら、窓の外を眩しげに眺めた。


今日は夏祭りの日。

そして、夏休みはこれからもまだ続いていく。




「りん~っ! 迎えに来たわよ~っ!」


(……っ!)


階下から、聞き慣れた声が大きく響いた。

窓から玄関前を見下ろすと、浴衣を着込んだ沙紀と東子が、“りん”の方を見上げながら手を振っている。

いつの間にやら、時計の針は、約束の16時を回っていた。


(いっけね! もうこんな時間かっ!)


慌てて手紙を片付けようとした“りん”に、手紙の最後の部分がチラリと目に入った。

手紙の最後は、こう締められていた。


『私、りんちゃんのコト、一生忘れないよ……』


“一生”という言葉に、少しだけ目を丸くする“りん”。

だが、決してオーバーな表現などではない……と和宏は思う。

“りん”は、嬉しそうな笑みを浮かべながら呟いた。


「俺もだよ……彩ちゃん……」

≪オマケ ~緊急座談会 その11~≫


東子「な~んか最初から最後までシリアスっぽかったね~」

作者「たまにはそういうのもいいでしょう……疲れましたが(^^;」

東子「妙にリアルな話もあったけど……ひょっとして実話?」

作者「そうです。第71話で出た、切ない初恋の話なんかは、わたしの友人の実話ですよ(^^;」

東子「へぇ~♪ 作者さんの体験談は入ってないの?」

作者「入ってますよ(^^; さて、どこでしょう?」

東子「……転校する時にプレゼントを貰ったとかっ?」

作者「ブーッ!」

東子「……新幹線の発車間際に友だちが見送りに来てくれたとかっ?」

作者「ブーッ!」

東子「え~っ! もうわかんないっ!」

作者「正解は、『遊園地のコーヒーカップで目を回したことがある』(第67話参照)でした♪」

東子「そこかっ!」


以上、コーヒーカップが苦手というトラウマが判明して終わる。

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