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俺、りん  作者: じぇにゅいん
第二部
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第72話 『First Love (10)』

「うわっ!」


「っと!」


急停車に伴って発生した慣性により、つんのめる二人。

そして、すぐに荷台の扉が開き、暗闇だった室内に差した久しぶりの太陽の光が、二人の目に突き刺さった。


「着いたぞ!」


大吾が荷台の扉を開けると、“りん”とのどかは、眩しげに手を額にかざしながら、車外に降り立った。

着いた場所は、博多駅前ではなく、あと数百メートルほどの距離を残した交差点。


いささか中途半端な場所ではあるが、交差点の先の状況を見れば、なぜ大吾がここで二人を降ろすことにしたのかがよくわかる。

信号こそ青になっているものの、交差点の先では全車線で車が行列を作っており、もはや車が簡単に進める状況ではなかった。

完全に渋滞している。


この状態ならば、もう走って行ったほうが早いはず……。

そういう大吾の判断だった。


時間は……14時52分。


「ありがとう! お父さん!」


「ありがとうございます!」


大吾に礼を言いながら、“りん”とのどかは脱兎のごとく駆け出していく。

目指すは、新幹線の始発ホームだ。


のどかは、腕を伸ばしたまま、ピッチ走法で“りん”の前を走る。

コミカルな走り方ではあるが……妙に速い。

引き離されそうになる“りん”のために、のどかはスピードを緩めつつ……なおも走った。


走りに走って見えてきた駅の入り口。

都合数百メートルを一気に走り抜けてきたが、今までの“りん”の身体なら、とっくに悲鳴を上げている頃だろう。

しかし、最近のトレーニングの成果と疲労を感じる暇のない精神状態とで不思議と苦にならなかった。


駅構内に入っても、行き交う人々を縫うように、二人は走り続ける。

何事か? ……という通行人たちの視線が、“りん”とのどかを突き刺すが、それを気にする余裕すらない。


程なく……改札口が見えてきた。

当然のことながら、“りん”は切符を持っていないので、入場券を購入する必要がある。

“りん”は、走るスピードを緩め、財布を取り出そうとしたのを、のどかが止めた。


「このまま行こう」


「……へ?」


「和宏は、このまま自動改札機を飛び越えるんだ。後はわたしが何とかするから」


「……んなムチャな!」


「もう時間がないんだ! ゴチャゴチャ言わない!」


切羽詰った時ののどかの言い方には、妙な迫力がある。

明らかにムチャをいうのどかに、和宏は何も言い返せなかった。

改札機が目の前に迫り、もう考えているヒマもなさそうだ。


ここはのどかを信じるしかない……それが和宏の結論。


(ええぃ! いっちまえっ!)


“りん”は、走り高跳びの要領で自動改札機を飛び越えた。

空中を跳びながら……チラリと横に見えた駅員の驚く顔が、まるでスローモーションを見るかのようだ。


スタッと、見事に着地に成功した“りん”。

同時に、周囲の通行客のどよめきが起こった。


(……あうう……パンツ見えたかも……)


顔から火が出るほど恥ずかしいとは、まさにこのことであろう。

だが、制服のスカートのまま、手加減ナシの大ジャンプだったのだから、致し方なしだ。


(……でも……気にしてる場合じゃねぇ!)


新幹線のホームに向かって、“りん”は再度走り出す。


「がんばれっ!」


自動改札機の手前辺りから……のどかが声を張り上げた。

だが、“りん”はもう振り返ることなく、背後にいるであろうのどかに見えるように、右手の親指を立てて見せた。


その姿が、自動改札機前に佇むのどかの視界から消えていく。

“りん”を見届けたのどかは、近くの駅員に真っ先に頭を下げた。


「すいません! 友だちの見送りの時間にぎりぎりで……ほんとすいません!」


ペコペコと頭を下げるのどかに、「無賃乗車か?」と色めきたった駅員の表情がみるみる和んでいく。

最後には笑顔さえ見せた駅員に、「今度からは気をつけてね」という注意こそ受けたものの、入場券代だけ支払いをして、なんとか事なきを得ることが出来た。

その頃には、一時、ざわついていた改札口付近も、程なく平常どおり人が流れ始めていた。


(……ふぅ。何とかなった……かな?)


改札脇、みどりの窓口の前に佇みながら、ようやく一息つくことが出来たのどか。

今時の若者は……くらい思われたかもしれないが、場合が場合だけに仕方ないだろう。


ちょうど、そこに、車を駐車場に入れ終わった大吾が駆けつけてきた。


「どうよ? 間に合ったか?」


今の時間は15時……ちょうど彩の乗った新幹線の発車時刻である。

この改札口から新幹線ホームまではそれほど遠くもない。

おそらく間に合ったはずだ……と、のどかは思った。


「……多分ね……」


のどかは、“りん”の向かった先を見つめながら答える。

そんなのどかを見て、大吾は満足げに目を細めた。


「“りんちゃん”か……。いい友だちだなぁ? のどか?」


いつも飄々としている大吾は、いつだってどうでもいい台詞ばかり。

そんな大吾の“らしくない発言”に、のどかは目をパチクリさせる。


「……なにか変なモノでも食べた?」


大吾は、軽くズッコケた。

とはいえ、大吾としても普段の自分らしくない発言という自覚はあっただけに、想定の範囲内ののどかの反応に苦笑を浮かべつつ、真面目な表情は変えなかった。


「……大事にしろよ?」


腕組みをしながら、あえてのどかと視線を合わさずに言う大吾の……父親としての台詞。

のどかは、キョトンとして、大吾の横顔を見上げながら笑った。


「アハハ。わかってるよ」


笑いながら、そう答えるのどかが、どことなく嬉しそうに見える。

そんなのどかに……大吾は白い歯を見せてニカッと笑った。


「じゃ、りんを迎えに行ってくるから」


「おう」


のどかは、入場券を買って、中に入っていく。

自動改札機の向こう側に行ったのどかの後姿を見届けながら、大吾は慣れた手つきで口にタバコをくわえた。


(……さてと……一服するか)


ヘビースモーカーの大吾が、胸ポケットから取り出したのはジッポーライターである。

その時、突然振り返ったのどかが、大吾をジトリと睨んだ。


「お父さん……」


「……あぁ?」


「駅構内は禁煙だよ……」


「……」


常識じゃないか……と言わんばかりののどかの指摘に、大吾はくわえたタバコを元に戻しながら口を尖らせた。



―――TO BE CONTINUED

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