第71話 『First Love (9)』
のどかがデザインした“のんちゃん号”が、高速道路をひた走る。
長崎自動車道から鳥栖ジャンクションを経て九州自動車道へ。
佐賀から博多駅までは、高速道路を使用すれば、約1時間程度である。
もちろん、渋滞などに引っかからなければ……の話だが。
「なぁ……?」
「……なんだい?」
「一つ聞いていいか?」
「……どうぞ」
「なんで俺ら……後ろの荷台に乗ってんの?」
のんちゃん号は、移動販売店仕様の軽トラックである。
後部の荷台は、アルミ素材の板に囲まれたボックス型になっており、中には焼きそばを作るための鉄板等が積み込まれることになるのだが、本日のところはまだ積み込まれていない。
そのおかげで、人間が乗るスペースは十分にあった。
“りん”とのどかは、その後部スペースの中でヒザを抱えていた。
おまけに、締め切っているため真っ暗闇だ。
「仕方ないじゃないか。助手席にわたしたちが二人乗っていたら定員オーバーになってしまうんだから」
この車には“運転席”と“助手席”しかなく、定員は2名である。
詰めれば、助手席にのどかと“りん”が座ることは出来るが、定員オーバーになってしまう。
もちろん、定員オーバーだからといって、実際に取締りを受けるとは限らないが、万が一高速道路の入り口などで捕まってしまったら最後、間違いなく間に合わなくなるだろう。
のんちゃん号は、すでに九州自動車道……福岡県に入っている。
パワーのない軽トラックのため、出せるスピードには限度があるが、それでも大吾は目一杯飛ばしていた。
昼間なのに真っ暗闇の荷台の中。
のどかが口を開いた。
「ところでさ和宏……。大野美羽っていう娘はどういう娘なんだい?」
和宏は、のどかの方を見やった……が、暗闇の中、その表情まではわからない。
ただ、多少の照れくささは感じるものの、隠してもしょうがないし、むしろ話しておきたい……という気持ちもあった。
「……う~ん。何から話せばいいかな……」
「そうだな……彼女のドコが良かったんだい?」
改めて聞かれると……意外と答えにくいものだ。
和宏は、当時の記憶を引っ張り出して答えを探した。
「やっぱり……笑顔……だな。すごくこう優しくてホッとするような……」
「あーなるほどね。なんとなくわかる気がする」
今でも目を閉じると彼女の笑顔が脳裏に浮かぶことがある。
ある種の切なさとともに。
「……中学校二年生の一学期の時に隣同士の席になってさ。すごく仲良くなったんだ……」
「……隣同士って……ひょっとしてわざと教科書忘れてきたりとかしたんじゃない?」
「……エスパー?」
相変わらずのどかは鋭い。
何でわかるんだよ? ……とでも言わんばかりに和宏は目を丸くした。
「アハハ。ありがちありがち。大丈夫だよ……そういうのは和宏だけじゃないからさ」
次第に暗闇に目が慣れてきたせいか、のどかが愉快そうに笑っているのがかすかにわかる。
それにしても、のどかもそういうことをしたことがあるんだろうか。
あるとすれば……ちょっとだけ笑えそうだ。
「で?」
「ん……2年の時は良かったけど、3年になったらクラスも変わって、あまり会わなくなったんだ」
「2年の終わりの時とかに告白すればよかったのに」
「……まぁ……そうなんだけどな……」
のどかの指摘に、“りん”の声のトーンがちょっとばかり落ちる。
告白しよう……そういう考えが全くなかったといえば嘘になるだろう。
ただ、その頃の和宏にとって、告白とか恋人とかは、まだ別世界の出来事にしか思えていなかったこともあり、現実的な選択肢とは言いがたかった。
「……しばらくして、彼女にカレシが出来たって話を聞いて……すげぇショックでさ」
「……」
「……でも、その話を聞いた直後に……友だちからあることを聞かされたんだよな……」
「……何? あることって?」
和宏は、一旦言葉を切って大きく息を吐いた。
しかし、のどかは和宏を凝視したまま、言葉を待っていた。
「……『彼女……和宏のことが好きだったんだよ』って……」
「……へぇ!」
のどかが驚いたような声を上げた。
和宏は、のどかの方を見ながら、苦笑いとも照れ笑いともつかない笑いを浮かべる。
「正直……泣いたね。でも、その時になってようやく気付いたんだよ。これが俺の初恋だったんだなぁ……って」
「……」
「でも、気付いた時にはもう終わってたんだよな。なんか笑っちゃう話だろ……?」
その時、車のスピードがガクンと落ち、のどかと“りん”は手をついて慣性に耐えた。
どうやら、高速を降りて一般道に入ったらしい。
となると……博多駅までは目と鼻の先である。
「もうすぐ着くよ。時間は14時40分。間に合うんじゃないかな」
「……博多駅の近くって……渋滞とかするんじゃね?」
「……そこはもう運任せだね」
幸いにして、車は信号にも引っかかることなく順調に進んでいるようだ。
このまま行けば、間に合うのはまず間違いなさそうである。
「……まだ終わってないんだろう?」
「……ん?」
「さっきの話さ。和宏の中ではまだ終わってない……そうだろう?」
「……」
のどかの問いかけに返す言葉を失った和宏は、のどかの顔を見返した。
暗闇の中で見える、二つの大きな瞳。
その瞳は、和宏の胸の内をどこまで見抜いているのだろうか。
のどかの言うとおりだった。
もう終わったこと……そう頭の中では理解しながら、美羽の笑顔を不意に思い出しては募る切なさ。
そして、時に胸を締め付ける「あの時告白していれば……」という後悔の念。
(コイツ……マジでエスパーじゃね……?)
心の中を完全に見通された気分を味わいながら、和宏は心の中でこっそりと呟いた。
渋滞にもはまらずに済んだのか、停車することなく突き進むのんちゃん号。
もうそろそろ着くか……と、“りん”が考えた時、のんちゃん号が急停車した。
(着いた……!?)
―――TO BE CONTINUED