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俺、りん  作者: じぇにゅいん
第二部
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第70話 『First Love (8)』

のんちゃん堂に着いた“りん”は、まだ開店していない店内のカウンターに座った。

今日は“のんちゃん号”の納車の日だったため、昼間は臨時休業にしたらしく、例の年季の入った暖簾は店内にしまわれたままになっており、客席テーブルの上には逆さにされた椅子が整然と乗せられている。

そんな舞台裏を見ているような光景は、非日常的な雰囲気も手伝って、ちょっとばかり和宏を戸惑わせた。


ちなみに、大吾は帰ってくるなり、奥に入ってテレビに見入っているようだ。

まさに、自由気ままな自営業を地でいっているといえるだろう。


「焼きそば食べるかい?」


カウンターの向こう……鉄板の前に立っているのどかがコテを片手に尋ねたが、食欲のない“りん”は首を横に振った。


「じゃあ、コーヒーをいれてあげるよ」


そう言うと、のどかはサイフォンを取り出して、コーヒーを作り始めた。

程なくして、コポコポという音が二人しかいない店内に響き、のどかが出来上がったコーヒーをカップに注いでいく。


「で、何を悩んでいるんだい? 和宏」


のどかが、ソーサーに乗せたいれたてのコーヒーを“りん”の目の前に「カチャリ」と置きながら尋ねた。

フワッと漂う、コーヒー特有の酸味のあるほのかな香り。

“りん”は、ビックリ顔でのどかを見上げた。


「……な、悩みって……?」


「アハハ。とぼけてもムダムダ。和宏はすぐに顔に出るから。モロわかりだよ」


コーヒーカップを口に運びながら、のどかは愉快そうに笑った。

それを見て、“りん”もまた苦笑いせざるを得なかった。


(……かなわねぇな、のどかには……)


和宏自身、隠し事は上手じゃない……という自覚くらいはあるし、なにより、今さらのどかに隠してもしょうがないことでもある。

和宏は、包み隠さず一部始終を正直に話した。

その間、のどかは口を挟むことなく、時に頷きながら、真剣に聞いてくれていた。


「……というわけだ……」


「ふ~ん……」


そう言いながら、のどかは右親指を口に当てて、真剣な表情で考え始めた。

ちなみに、指を口に当てるのは、のどかが考える時のクセである。

そして、もう一度、ふ~ん……とのどかは唸った。


「和宏……一つ聞くけどさ……」


「……?」


「キミは……それでいいのかい?」


「えっ?」


予期しないのどかの台詞に、思わず漏れた“りん”の声。

だが、のどかは厳しい表情を崩さなかった。


「その彼女は、何時の新幹線に乗るんだって?」


「……え、た、確か3時ちょうどって言ってたけど……」


のどかが、店内に備え付けられた時計を見上げる……現在13時30分過ぎ。


「お父さんっ! 車出してっ! 博多駅までっ!」


のどかは、店の奥にいる大吾に向かって、大きな声で叫んだ。

だが、漏れ聞こえてくるテレビの音とともに返ってきた大吾の返事は、至ってのんきなモノだった。


「……ああん?」


大吾からすれば、「突然何を言い出すんだ?」というところであろうが、そんな大吾をのどかは容赦なく一喝した。


「急いでっ!!!」


「お、おう!」


何か、ただならぬモノを感じたのだろう。

跳ね起きた大吾が、店の奥でドタバタと支度し始めたようだ。

それらのやり取りを呆然と見ていた和宏は、急に我に返って慌てた。


「ちょ……のどか! 何を……」


慌てふためく“りん”の鼻先に、ピンッと突きつけられたのどかの人差し指。

「何を考えてるんだ!?」……と続けようとした“りん”の台詞は、それに遮られた。

突如突き出された指先を避けるように、思わずのけぞってしまった“りん”を、のどかの大きな二つの瞳が真っ直ぐに捉える。


「このまま行かせちゃダメだよ……和宏」


「……のどか……?」


「彼女は、アメリカで一人になるのが心細いって言ったんだろう?」


「……ああ……」


「りんに助けを求めたんだろう?」


「……」


のどかの大きい瞳……いつもはクリクリした可愛らしい瞳が、いつになく真剣な光を湛えている。

その両瞳には、映りこんだ“りん”の顔がハッキリと見えた。


「なら……助けを求める手はちゃんと掴んであげなきゃダメだよ。……でないと……」


(……?)


力強かったのどかの眼光が、何かを思い出したかのように……急に切なげに曇った。

だが、それはほんの一瞬のこと。

すぐに光を取り戻した瞳は、再び“りん”を見据えていた。


「……でないと……きっと後悔することになる」


のどかは……ハッキリとそう言い切った。


彩が最後に見せた寂しさを秘めた笑顔。

あんな笑顔が、彩との思い出としてずっと残ってしまうのなら……確かに最悪だと和宏は思う。

きっと、彩のことを思い出すたびに、何もしてやれなかった自分への嫌悪感を抱くに違いないのだから。


(……でも、一体どうすればいいんだ?)


彩をパッと元気させる……そんな魔法のような手段などあるのだろうか。。

いや、ちょっと考えただけで簡単に名案が思い浮かぶくらいなら最初から世話はない。


「……今なら博多駅まで車で飛ばせばギリギリ間に合うと思う」


「……!」


「もう一度……彼女に会うべきだよ」


「……でも……」


確かに、今から車で高速道路に乗れば新幹線の発車時刻前に博多駅に着くかもしれない。

しかし、今さら彩に会ったところで何ができるのか……と思う。

とはいえ……このまま何もしないというのも、和宏の中ではありえない選択肢だったが。


そんな葛藤に囚われながら、力なく立ち尽くす“りん”。

その時、店の外から車のエンジン音と大吾の声が響いた。


「お~いっ! 準備できたぞっ!」


時間がない……一刻も早く車に乗り込んで出発するべき状況である。

のどかは、思い悩んでいる様子の“りん”の背中に、優しく手を添えた。


「和宏……まずは行こう。ちゃんとお別れを言うだけでも彼女は喜んでくれると思うよ」


「……あ、ああ」


“りん”が、のどかに促されつつ店の外に出ると、例ののんちゃん号が店の真ん前に横付けされていた。

運転席の窓を全開にした大吾が、ハンドルを握りながらぼやく。


「全く……親使いが荒いぜ」


「仕方ないじゃないか。車の運転はお父さんにしか出来ないんだから」


こんな時にも、のどかと大吾は軽口を叩き合う。

時間はもう13時50分になろうとしている……高速道路を使ってもギリギリだ。


その時、和宏の頭の中に何かがよぎった。


(……“俺が彩ちゃんにしてやれること”じゃなくて……“俺にしか彩ちゃんにしてやれないこと”……)


「りん……?」


のどかが、突然動きの止まった“りん”の顔を心配そうに覗き込む。

和宏の頭の中に、モヤモヤとした何かが、はっきりと形になろうとしていた。


「……のどか。悪いけど……俺の家に寄ってくれないかな?」


もう時間がない。

しかし、“りん”の吹っ切れた表情を見たのどかは嬉しそうに頷いた。



―――TO BE CONTINUED

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