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俺、りん  作者: じぇにゅいん
第二部
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第69話 『First Love (7)』

数日前のHRで、担任の種田が彩の転校を公表した。

“りん”を始め、高木さんなど、すでに知っている生徒もいたが、大部分は初耳だったらしく、一様に驚きの声を上げていた。


彩の家は、父と母と年の離れた兄の4人家族。

すでに自立している兄は日本に残るので、父と母と彩だけが渡米することになる。

当然、向こうでも学校ハイスクールに通うことになるだろう。


知った友達が一人もいない異国の地。

それは、どれだけ心細いであろうか。


人と積極的に接するのが苦手で、引っ込み思案の彩は、見知らぬ人々の輪の中に堂々と入り込んでいける強さを求めた。

その気持ちは、和宏にだってよくわかる。

しかし、あの日以来、彩とは気まずいままになっている和宏には、彼女にどう接していいのかわからないでいた。


……別れの時間は、刻一刻と迫っているというのに。


「元気でね!」


「手紙書くからね!」


終業式が終わった後、A組の女子一同は、鳳鳴高校から約1500メートルほど離れたJR佐賀駅に直行した。

これから彩は、特急で佐賀駅から博多駅まで向かい、博多駅からは新幹線で関西空港まで向かうことになっている。

……その見送りのためだ。


すでに彩の両親は特急の車内に乗り込み、彩だけが乗車ドアの前で、みんなに囲まれていた。

仲の良かった高木さんや同じ女子バレー部だった成田さん、上野の姉御などが、口々に別れの言葉を告げていく。

だが、“りん”は、彩の前に出来た人垣の外から手を振ることしかできなかった。


本当なら、彩の目の前で、何か気の利いた台詞の一つでも言うべきかもしれないが、あいにくとそんな魔法のような台詞などありはしない。

せめて、「頑張れ」の一言でも……とも思うが、その一言すら、今の和宏には高いハードルだった。


いや……それを高いハードルにしてしまったのは和宏自身かもしれない。

あの遊園地で遊んだ日、最後に一言でも優しい言葉をかけることが出来ていたら……こんな気まずい思いをすることもなかったはずなのだから。

しかし、いくら悔やんだところで、今となっては……もう遅いのだ。


ついに発車時間となり、彩は乗車デッキから皆に手を振る。

そして、ドアが閉まる瞬間……“りん”と彩の目が合った。


(~~~っ!)


笑顔なのに、寂しさを心の奥底に同梱しているような瞳。

そのゆらゆらと揺れるような瞳が、和宏の胸を苦々しく突き立てた。


ゆっくりと動き出した特急が加速していく。

同時に、ドアの向こうで手を振る彩の姿もまた遠ざかっていく。

それは、あまりにもあっけなく“りん”の視界から消えていった。


一同は、しばらく駅のホームでおしゃべりに興じながら、別れの余韻に浸っていたが、和宏の頭の中は、最後に見た彩の笑顔が占拠していた。

だが、そろそろお開き……という雰囲気になったところで響いた上野のダミ声によって、“りん”は我に返った。


「さて、ウチらは帰るけど……沙紀たちどうするの? どっか寄ってくの?」


上野と高木さんは、帰る方向が同じらしく、一緒に帰ろうとしているようだ。

沙紀と東子は顔を見合わせ、次に“りん”の方を見た。


「ねぇ、りん。どうする? 私、東子に付き合ってラーメン食べに行くんだけど」


「りんも一緒に行こっ♪ 新しく出来たラーメン屋さんで、半額セール中なんだよっ♪」


タレ目を目一杯細めながら、“半額セール”を強調する東子。

そんな東子を横目で見ながら、呆れている沙紀であったが、東子には全く気にしている様子がない。


「アンタも大したモンね。新しい店には必ず一回は行くんだから」


「だって半額だもんっ! 一杯分の値段で二杯も食べられるんだよっ♪」


(……その発想はなかったな……)


どこぞのバーゲンセールでの話ならわかるが、女子高生がラーメン屋で出す発想とは思えない。


もう時計は12時を回っている。

しかし、今の“りん”にはラーメンどころか全く食欲がなかった。


「……いいよ。今日はやめとく」


「ええっ! なんでっ? 明日から夏休みなのにっ!」


(……それとラーメンは全然関係ないような……)


いつもと変わらぬ東子のボケに、心の晴れない和宏のツッコミはキレが鈍かった。


「ま、いいわ。じゃあ私と東子で行ってくるから。それよりこの間の約束忘れちゃダメよ? もし忘れたら……」


沙紀は、右手を顔の前に突き出してワキワキさせる……毎度お馴染みのアイアンクロー予告だ。


「わ、わかってるよ。ちゃんと覚えてるから!」


“りん”は、相変らずの沙紀の迫力に、一歩後ずさりせざるを得なかった。

全く妙な約束をさせられたものだ……と思いながら、ポニーテールをいじる“りん”の顔には苦々しい笑いが浮ぶ。


そんな“りん”を見て、沙紀は右手を下ろしながら、「それならよろしい」と笑顔で言い放った。

なぜか、その表情は妙に満足げだ。


「じゃ、またねっ♪」


「ちゃんと宿題やるのよ!」


オマエモナー……と思いつつ、“りん”は沙紀たちと別れて駅を出た。


夏らしい青空が広がる昼下がり。

オマケに、明日から夏休みだというのに……どうしても気分が晴れない。


頭の中にちらつくのは、彩が最後に見せた顔……寂しさの入り混じった笑顔だ。


帰り道を、俯き歩きながら、ため息をつく。

まるで通夜が終わった後かと勘違いさせるほど沈んだ姿だ。


『ビッビー!』


トボトボと歩く“りん”の後ろから、車のクラクションの音が聞こえた。

歩道の……しかも端っこを歩いているにもかかわらずである。


(……?)


自分に対してじゃないかもしれない……そう思いながら、のろのろと振り向くと、なんとも珍妙な軽トラックが“りん”に横付けされた。


派手派手しくデコレーションされた荷台部分。

金色銀色原色を使いまくったセンスのへったくれもないカラーリング。


はっきり言って、「かかわらないほうがいい」という雰囲気を醸し出す車だ。


しかし……その荷台部分に書かれてある文字に、“りん”は息を呑んだ。


“のんちゃん堂”。


丸ゴシック体のフォントを使用したロゴで描かれてある文字は、こともあろうに“のんちゃん堂”である。

その文字が見間違いでない証拠に、助手席から降りながら右手を上げたのは……セーラー服を着たのどかだった。


「やあ、りん。今帰るところかい?」


「ああ……っていうかコレナニ?」


“りん”は、のどかが乗っていた車を指差す。

改めて見返しても、やはり「只者じゃない……」と思わせる車にしか見えない。


「これ? ……ああ、新車だよ」


「へぇ、新車なんだ……」


……イヤイヤ。


「……ぢゃなくて。このみょうちくりんな車体は何かって聞いてんだよ?」


「……“みょうちくりん”とは失礼な。わたしが一生懸命デザインしたのに」


(……はぃ?)


“りん”は、目の前ののどかをじっと眺めるが、どう見ても冗談を言っている感じではない。

心外だな……という感情が、その表情からはっきりと見て取れた。


のどかに美的センスは皆無……どうやら、そう断定して差し支えなさそうだ。


「今日納車だったんでね。お父さんと一緒に初乗りだったんだ」


心なしか嬉しそうなのどかの表情。

その時、運転席側から、のどかの父親……大吾が降りてきた。


「やぁ、確かりんちゃん……だったかな?」


人懐っこい笑顔で話しかけてくる大吾に、“りん”は軽く会釈を返した。

“りん”は、大吾と会うのは二度目である。

のどかの父親であり、焼きそば屋のんちゃん堂の主でもある大吾。

相変らず好き放題に伸びている無精ヒゲと、頭に巻いているタオルが、いなせな風貌をより強調している。


「どうよ、この車……ちょっとセンスないと思わない?」


のどかに任したのが失敗だったなぁ……などと、頭を掻きながらぼやく大吾に、のどかが口を尖らせた。


「え~? これ以上目立つカラーリングはないと思うけど?」


(……確かにな……)


“目立つ”という一点においては、これに勝る車はそうあるまい。

腰に両手を当てて、納得いかない表情ののどかを、大吾がなだめていると、後続車にクラクションを鳴らされてしまった。

どうやら、ハザードランプをつけて停車しているのんちゃん号が、後続車の邪魔になっているようだ。


「いけね! 動かさなくちゃな。……さぁ! 二人とも乗った乗った!」


(え~~~っ!!!)


大吾が当たり前のように言うと、“りん”は断るヒマもなく、のどかと一緒に助手席に乗せられてしまった。


あのハデな車体を思い出すだけで、その車に乗っている自分が恥ずかしくてしょうがない……。

道往く人が、皆この車を見ているような……。

オマケに、指を差して笑っているような……。


そんなことを思いながら、“りん”は通行人から顔を見られないように肩をすぼめた。



―――TO BE CONTINUED

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