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俺、りん  作者: じぇにゅいん
第一部(改訂中)
7/177

第6話 『のどか (1)』 改訂版

「りん……大丈夫?」


「……」


「どこが痛いの? 頭?」


「……」


りんの身体を気遣いながら飛んでくる沙紀と東子の質問。

しかし、和宏は頷くことでしか答えることが出来なかった。


フラフラと焦点の定まらぬ視点。

雲の上を歩いているように覚束ない足元。

そして、ズキズキと疼く頭。


沙紀と東子が両脇を支えていなかったら、歩くことが出来ずにへたりこんでいただろう。

保健室に到着すると、“野口のぐち好子よしこ”がビックリしながら三人を出迎えた。

年齢は五十歳。白衣を身に纏った品の良いおばちゃん風の保健室の専任教師だ。


「あらまぁ! どうしちゃったの?」


「ちょっとわかんないんです、よしこ先生」


「そうそう。突然こんな……頭が痛そうにして」


気が動転しているせいか、沙紀も東子も症状の説明がたどたどしかった。

野口は、泡を喰っている二人を尻目に、和宏に優しく問いかけた。


「どう? 頭が痛いの?」


和宏は、軽く頷いた。


「金槌で殴られたような痛み?」


和宏は、弱々しく首を横に振った。


「吐き気はある?」


和宏は、同じように首を横に振った。


ふーむ……と呟きながら、野口は大きく頷いた。


「とりあえず緊急性はないようだから、一番手前のベッドに寝かしてくれる? 休ませて様子を見ましょう」


簡単な問診から、最善の対処方法を導き出す。

外見はただの小柄なおばちゃんだが、さすがに野口は保健室付きの教師であった。


沙紀と東子は、野口に言われるがまま、和宏をベッドに寝かしつけた。

野口は、慣れた手つきで常備薬の鎮痛剤を飲ませると


「すぐ効いてくるから、ちょっと休んでおくといいわ」


と、和宏の顔を覗きこみながら、優しく言った。

だが、和宏の頭痛は、なかなか治まろうとしない。

寝入ろうにも、無遠慮に絶え間なく押しかけてくる鈍痛が邪魔をしていたからだ。

和宏は、意識を朦朧とさせたまま、ただ痛みに耐えるしかなかった。


何故こんな体験したこともない、締め付けるような頭痛に襲われるのか?


考えても考えても答えが出ることはなく、代わりに和宏に与えられるのは、この上なく不快な鈍痛。

何かを考えるたびにそれが顔を出す状態に辟易とした和宏は、無意識に体中の力を抜きながら深呼吸をした。

大きく息を吐き出すたびに、頑固にこびりついた残渣のような頭痛が、心なしか治まっていく。


(これでちょっとはラクになるか……な……)


和宏は、今にも眠り落ちそうなまどろみの中で、そう思った。


 ◇


和宏の意識が落ちたのは、ほんの数分前。

だが、耳元で交わされる会話によって、和宏の意識は揺り起こされてしまっていた。

聞き覚えのある声と聞き覚えのない声が、和宏の耳に次々と飛び込んでくる。

その時気づいたのは、“今、自分の記憶が妙に混乱していること”だった。


(何で俺……こんなとこにいるんだ?)


頭の中は、モヤがかかったようにボンヤリしたまま。

脳みそがコンニャクゼリーか何かと入れ替わってしまったような、頼りない感覚が和宏を包んでいた。


「でも、ホントに大丈夫かしら……りん」という沙紀の声。


「アタシたち、このままついてても構わないんだけどっ」という東子の声。


その声には、和宏にも聞き覚えがあった。

だが、混乱した記憶は、それが誰の声なのかを正確に把握できずにいる。


(誰だ? 東子って?)

(沙紀? 知らねぇぞ、そんなヤツ)

(そもそも“りん”って誰よ?)

(いや、“りん”のことは覚えておかなくちゃいけないことだったような……)

(ダメだ。頭の中の整理がつかねぇぞ。こんなこと初めてだ……)


和宏の頭の中の混乱は深まるばかり。

それを尻目に、会話は続いていった。


「そうねぇ……。私もちょっと用事で席を外したいんだけど……どうしましょうか……」


日頃、保健室にやってくるちょっと具合の悪い程度の生徒なら、多少目を離しても問題ないが、この和宏の症状はそういうわけにもいかない……ということだろう。

右手を頬に当てながら、野口の表情が困ったように曇った。

ここぞとばかり、じゃあ私たちが……と、沙紀がでしゃばろうとした時だった。


「よかったら、わたしが見ておきましょうか?」


保健室の出入り口近くにいる沙紀たちから見て、和宏が寝ているベッドのさらに奥。

一番奥のベッドから、カーテン越しにその声が聞こえてきた。


「アラ、もう具合は大丈夫なの?」


「はい。さっきよりもだいぶ……」


「じゃあ……お願いしようかしら。貴方なら安心だし」


「え~!? そんなぁ! じゃあ私たちも……」


「コラ。『じゃあ私たちも』じゃないでしょ。“彼女”はずっと具合が悪くて休んでたのよ」


カーテンの隙間から覗かせる“彼女”と、しつこく食い下がる沙紀。

二人の顔を交互に見ながら、野口は苦笑した。


「それじゃ、篠原さんに阿部さん、萱坂さんのことはわたしが見ておくから。二人とも授業に戻っていいよ」


「あれぇ? 私たちの名前を知ってるのっ?」


「うん。だって、いつも三人一緒じゃないか。なんとなく目に付くよ」


沙紀と東子は、お互いに顔を見合わせながら、バツが悪そうに笑った。

まさか、りんを含めて三人で一緒の時がそんなに目立っているとは思ってもいなかったからだ。


「さぁ、二人とも。心配だろうけど、後は“彼女”に任せて戻りなさい」


野口がそう言うと、さすがに沙紀も東子も抗いきれず、しょんぼりと「はーぃ……」と返事をしながら、大人しく退室していった。


「それじゃ、早めに戻るから、ちょっとお願いね。何かあったら、すぐに職員室まで連絡をちょうだい」


「わかりました」


野口が戸をピシャリと閉めると、さっきまで騒がしかった保健室の中は、急に静寂な空間に変わった。

“彼女”と和宏……二人きりの空間に。


(この女は……誰だ?)


和宏は、目を閉じたまま、混乱した頭を巡らせた。

しかし、記憶は一向に彼女の名前を言い当てることが出来ないでいる。

“りんの記憶”を手繰ろうとした途端に、再びこめかみ近辺に痛みが走り始めた。


「気分は……どうだい?」


“彼女”の声だった。

可愛らしさを感じさせる癒し系の声だが、どこか感情を押し殺したような冷静な声。

和宏は、「最悪……」と小さく呻くように呟いた。


「意識はしっかりしてるかい? 自分の名前は言えるかい?」


(名前……?)


自分の名前を聞かれているのだ……と、和宏の頭が理解するまで若干の時間がかかった。

やはり、記憶の混乱はまだ続いていた。


「せのえ……かずひろ……」


「……え?」


ポソリと漏らした和宏の返事に、“彼女”は明らかに困惑していた。

ムリもない。“萱坂りん”だと思っていた娘が、自分は“せのえかずひろ”だと名乗ったのだから。


「キミは“かやさかりん”……じゃないのかい?」


(あれ……? そうだっけ……?)


ただでさえ鈍くなっている和宏の思考が、さらに緩慢になっていく。

先ほど飲んだ鎮痛剤の効き目が表れ始めると同時に、強烈な眠気がやってきたからだ。

現実と夢がごっちゃになったような朦朧とした意識は、今にもどこかへ飛んでいこうとしている。

ウトウトとする和宏の額に、“彼女”はソッと手を置いた。


「ひょっとしてキミは……」


しかし、“彼女”の呟きはもう和宏の耳には届かなかった。

額に当てられた小さな手の冷たい感触を心地よく思いながら、和宏は静かに寝入ってしまっていた。



――TO BE CONTINUED

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