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俺、りん  作者: じぇにゅいん
第二部
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第66話 『First Love (4)』

あの日以来、目に見えて高木さんが明るくなった。

そう思うのは、おそらく和宏だけではないはずだ。


A組の誰もが、「こんな笑顔が出来る女の子だったんだ」と思っているに違いない。

それほど、ここ最近の彼女の変化は際立っていた。


放課後、生徒用玄関に向かう廊下を歩きながら、“りん”は窓の外を見上げる。

青い空と白い雲のコントラストが眩しい。


もう夏だ。


(さて、早く帰って夏美のところに行かなくちゃな……)


夏美と初めて出会ってから、もう1ヶ月くらいになる。

毎日のように、例の空き地でキャッチボールをしているので、夏美のアンダースローもかなりサマになってきていた。


革靴に履き替えようとして下駄箱を開けると、一枚の封書を見つけた。

以前、ファンレターが下駄箱に入っていたことを思い出し、思わず「またか……?」と呟く。


だが、その差出人の名前を見て……思わず息を呑んだ。


(……き、北村さんっ!?)


封筒の裏に書かれてある差出人は、“北村彩”と書かれていた。

この几帳面そうな筆跡も、北村さんのもので間違いなさそうだ。


慌てて封を開けようとしたものの、こんな人通りの多い玄関では人の目が気になる。

人の目に付かないところ……と、考えをめぐらす和宏が唐突に閃いた。


(裏山……!)


体育館の裏にある山には、のどかに教えてもらった秘密の場所がある。

そこならば、誰の邪魔も入らないはずだ。


思いついたら即行動……の和宏。

靴を履き替え、裏山に向かう。


斜面を登り終え、少し小高い場所に陣取った“りん”は、、もどかしそうに例の封書の封を開ける。

中には便箋が一枚。

内容は非常に簡潔だった。


『りんちゃんへ』

『突然こんなお手紙でごめんなさい』

『明日、土曜日の10時。“スペースランド”の正門前で待っています』


(……なんだこりゃ?)


“スペースランド”と言えば、近隣では最大級の遊園地だ。

しかし、理由も書かずに、いきなり待ち合わせとは……なんとも妙な感じである。

そもそも、ずっと教室で一緒だったのだから、直接“りん”に言おうと思えば言えたはずなのだ。


(……イタズラ……とかじゃないよな?)


便箋の裏と封筒をよく見るが、特に変った様子はない。

ますます“りん”は、ワケがわからなくなってしまった。


その時、ふと斜面の下の体育館の屋根が“りん”の目に入る。


(そうだ! 女子バレー部のところに行けば、北村さんがいるはずだ!)


“りん”は、急いで斜面を駆け下りて、体育館の裏へ。

床窓から、体育館を見渡してみる。


思ったより熱の入った練習を繰り広げるバスケ部とバレー部。

3年生にとって、最後の大会を控えているためか、ムンとした熱気が感じられた。


女子バレー部が練習している辺りを見るが……北村さんが見つからない。

おかしいな……と思った時、床窓から、見慣れたタレ目が覗いた。


「誰探してんのっ?」


「うわっ! ビックリしたっ!」


突然の東子の声に、思わずのけぞる“りん”。

沙紀を含めた女子バスケ部は、東子の背後で懸命に練習中だというのに、こうして油を売っている東子は、なるべくして万年補欠だと言えるだろう。


「そんな驚かなくてもいいじゃないっ!」


プンッと頬を膨らます東子に苦笑しながら、これ幸いとばかりに尋ねる。


「あのさ……北村さん知らない?」


「北村さん? 今日は見てないよっ? っていうか最近部活来てないんじゃないかなぁ……」


「……!?」


“りん”は、右手を口に当てて考え込んだ。

教室で見る北村さんは、特に変わったところは感じられなかった。

ただ……この間、高木さんが口を滑らせていたことを思い出した。


『……全く。今は、あたしより彩の方が大変な時だろうに……』


あの発言と何か関係があるのだろうか。


考え込んだまま動かなくなった“りん”の顔を、東子が心配げに覗き込む。


「もしも~し? どーしたっ?」


「ん? ああ……なんでもない。いないならいいよ……サンキュー」


そう言って、考えるのを途中で中断した“りん”は、そそくさとその場を立ち去っていった。

なんとも不自然な“りん”の後姿を見ながら、思いきり首をひねる東子であった。




翌日の土曜日。

7月にしては、珍しく湿度の低い爽やかな風が吹き抜けていく日だった。

もちろん天気は晴れ……絶好の遊園地日和である。


結局のところ、実際に会ってみるしかない……という結論にしかならなかった。


(まぁいいや。この手紙のとおり行ってみれば何かわかるだろ……)


という、いつもの和宏の特殊スキルの発動である。

むしろ、何を着ていけばいいのか……の方で長時間悩んだくらいだ。


りんの持っている服は、ヒラヒラした女の子っぽい可愛い服が多い。

和宏も、さすがに制服のセーラー服には慣れたものの、普段の私服でまでスカートを履く気にもなれないし、増してやヒラヒラした女の子女の子した格好には大いに抵抗があった。


そこで選んだ服は、いつぞやの男装の時(第15話参照)に着たカーゴパンツとボタンダウンシャツである。

もっとも、今回は男装じゃないので、ポニーテールのまま……ロングヘアを隠すための帽子はナシだ。


電車に乗ること1時間半。

遊園地名からそのまま命名された“スペースランド”駅で降り、駅から遊園地の正門前までは歩いて5分とかからない。

今、9時50分なので、ちょうど良い時間に到着できたといえるだろう。


正門前に到着した“りん”は、待ち合わせをしていると思しき女性をキョロキョロと探す。

壁に寄りかかりながら時計を気にしている女性などをチェックするものの、北村さんはなかなか見つからなかった。


(おかしいな……?)


自分から手紙を出しておいて来ないはずはない。

“りん”は、もう一度、目を皿のようにして辺りを見渡した。

そんな“りん”に、背後から近づく人影が一つ。


白いブラウスに、赤と黄色のタータンチェックのスカート。

イエローのサマーカーディガンを羽織ったその姿は、清楚なお嬢様そのものだ。


「……来てくれたんだね……りんちゃん」


北村さんの声に気付き、声のした方向を振り向く。

その姿は、間違いなく北村さんだったが、いつもの彼女とは雰囲気が違った。


トレードマークの黒縁のメガネをしていない。

いつもキレイに編みこまれている三つ編みもしていない。

初めて見る私服姿ということもあり、いつもよりもどこか大人っぽい雰囲気を醸し出していた。


「今日はコンタクトにしてきたの。……似合うかな?」


いつもと違う北村さんに戸惑っているせいか、反応の鈍い“りん”に……北村さんが優しく微笑みかける。


「―――っ!」


和宏は、出そうになった声を辛うじて押さえ込んだ。


(……そんな……まさか……!?)


以前、北村さんの笑顔を見て『どこかで会ったことがある』と思ったことがあった。


今にして思えば、“会ったことがある”というのは語弊があったかもしれない。

しかし……この笑顔に見覚えがあるのは確かだ。

和宏は、目の前にいる北村さんの笑顔を見て、それにハッキリと気付いた。


いつ、どこで見たことがあったのだろうか?


それは、今いる“りん”の世界ではない……“和宏”の世界でのこと。

“瀬乃江和宏”の中学校時代……その同級生の笑顔にそっくりなのだ。


和宏の初恋の人……“大野おおの美羽みう”の笑顔に。



―――TO BE CONTINUED

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