第64話 『First Love (2)』
昨日とはうってかわって、今日は晴天だった。
ほぼ真上にある太陽。
目を細めて空を見上げると、雲一つない真っ青な空が広がっていた。
お昼ごはんもソコソコに、“りん”は一見手持ち無沙汰のようにグラウンドに佇む。
昼休みのグラウンドは、いつも人が少ない。
当然、えんじ色のジャージまで着込んだ“りん”の存在は、このグラウンドにおいて奇異なものだった。
だが、そんな“りん”に近づく人影が一つ……高木さんだ。
“りん”が、高木さんに気付き、顔を綻ばせながら声をかける。
「……来てくれたんだね……高木さん」
しかし、高木さんの表情は、“りん”の笑顔とは対照的に、不思議なものを見るような目つきだった。
「……なんなの? ジャージなんか着て。オマケに昼休みにグラウンドに来てくれなんて……ワケわかんないよ」
昼休みにグラウンドに来てほしい。
今日の朝、“りん”は、高木さんに理由も何も説明することなく、それだけを伝えていた。
それを聞いた時の高木さんの顔は、これ以上ないほどポカンとしていたが、あえて返事を聞くことすらしなかったのだ。
来てくれるかどうかは、ある意味“賭け”だったのだが、どうやら賭けには勝ったようだ。
ただ、怒っている様子ではないものの、“りん”の真意を測りかねている表情が感じ取れた。
「……どうしても確かめたいことがあってさ……」
「確かめたいこと?」
高木さんが、身構えたような姿勢は崩さず、首を捻る。
「昨日、グラウンドで……何を見てたの?」
「……ッ」
「あんなに真剣に……さ」
“りん”は意識して、優しく静かに語りかける。
だが、高木さんの表情は相変らず固いままだ。
昨日、偶然高木さんを見かけた時、その視線が陸上部の練習風景の方を向いていたことを、“りん”は見逃していなかった。
それは、“りん”に、“ある確信”を抱かせていた。
「……もともと走ることがキライだったなんて……嘘でしょ?」
「……っ!」
核心に触れた“りん”の台詞に、声にならない声を上げた高木さんの顔がみるみる紅潮していく。
「キライなら、陸上部の練習なんて見るはずないから……」
……図星だった。
心の奥底を見抜かれたような感触。
感じるのは、決まりの悪さと軽い反発心。
高木さんは、目を伏せながら下唇を噛み、精一杯の抵抗を試みるように……小さい声で呟いた。
「……関係ないじゃない……あんたには……」
「そりゃ関係ないけどさ。でも……悲しいじゃん?」
「……悲しい?」
「心の底から打ち込んだ何かを、どんな重い理由があったにしろ、実はスキじゃなかったんだ……なんてね」
それは、周囲の過度の同情から逃れるために、高木さんが導き出した歪な結論である。
和宏にとっては、その辛さは想像することしか出来ない。
もし自分が野球が出来ない体になった時、最初から野球なんてスキじゃなかった……なんて思ってしまったら?
それは、今の自分の全否定でしかない……これほど悲しいことはないと和宏は思う。
「だから……再確認してほしくてね」
「……さい……かくにん? って……何を?」
優しさを含ませた笑顔の“りん”に対し、高木さんは思いっきり怪訝な顔である。
しかし、“りん”は構うことなく、高木さんに背中を向けてしゃがみこみ、その体勢のまま、高木さんの方を振り向いてニヤッと笑った。
「……“風を切る爽快感”」
「……!?」
高木さんは、“りん”を見ながら目をパチクリさせる。
「まさか、おんぶする気……? あたしを?」
我が意を得たり……とばかりに笑顔になる“りん”。
もちろん高木さんは、半分呆れ顔だ。
「イヤイヤ……なに考えてんの。無理に決まってるでしょ?」
「大丈夫! 高木さん軽いでしょ。いけるよ!」
高木さんの足の細さが示すとおり、筋肉が相当削げ落ちてしまっている分、体重が軽いのは確かだった。
それを知ってか知らずか、“りん”は妙に自信満々だ。
「本気……なの?」
相変わらず満面の笑みを浮かべ、深く頷く“りん”に、ついに高木さんも降参した。
知らないよ……と呟きながら、“りん”の背中に覆いかぶさる高木さん。
“りん”の背中に、高木さんの胸の二つの膨らみが密着する。
(あうぅ……って、イヤイヤ、今はそれどころじゃねぇ!)
“りん”は、高木さんをガッシリと背負うと、100メートル走用のスタート地点に仁王立ちした。
「揺れるから、しっかりつかまっててね」
「う、うん……」
「じゃあ、いくよ……スタートッ!」
透き通るような掛け声とともに“りん”は駆け出す。
予想以上に軽かった高木さんの体重に、次第に“りん”の走るスピードが増していった。
―――TO BE CONTINUED