第61話 『Song! Song! Song! (2)』
「い~ます~ぐ抱~いてほ~しい~~よ~♪」
女子バレー部・成田さんの熱唱。
“マイクを持ったら離さない”という言葉があるが、この人がまさにそうだった。
他人の歌にまで、バックコーラスするためにマイクを握り続けている。
カラオケボックスに入るや否や、その中は乱痴気騒ぎ状態になった。
恐るべきA組……なんというノリの良さ。
ちなみに、参加人数は、男子11名・女子10名。
20人用の大部屋を借り切っての大カラオケ大会だ。
“りん”は、ウーロン茶を口に運びながら、このとんでもない騒ぎに目を丸くしていた。
いつもどおり両隣に座っている沙紀と東子が、さかんに成田さんに合いの手を入れている。
「誰に抱いてほしいのよっ!?」
(……オヤジかっ!!)
セクハラまがいの沙紀の発言はどうかと思いつつ、楽しく盛り上がる雰囲気を楽しむ“りん”。
そして、そんな騒がしい状況の中、ドンドンと曲が入力されていく。
最初、曲を入れていたのは女子ばかりだったが、ようやく男子の方の曲も入り始めた。
が、その選曲がどうにも怪しい。
この盛り上がった雰囲気でバラード。
そして、(最近の)アニソン。
バラードはともかくとして、アニソンというのはどうなのか。
せめて、「アッ、この歌……子どもの頃よく聞いてた~♪」みたいな懐メロちっくな曲ならまだしも、マニアックなアニソンを選択するというのは、正直いただけない。
その証拠に、あれだけ盛り上がった雰囲気が、完全に小休止状態に変わってしまった。
なんとも微妙な雰囲気の中、人気絶頂の男性ロックグループ“ブラックポセイドン”の曲が始まった。
初期の名曲……“Crystal Jungle”。
そして、マイクを握っているのは……大村である。
最新の流行曲ではなく、あえて売れ出す前の曲という渋い選曲に、あちこちから「おお~」という声が上がる。
“蒼く輝く~”という歌い出しで、さらにみんながどよめく。
うまい……誰もが、「意外だ……」という顔つきで大村の歌に聞きいった。
やがて、歌い終わると拍手喝采。
特に、女子の盛り上がりはかなりのものだった。
「大村っ! コッチコッチ! りんが呼んでるよ!」
“りん”の近くに座っていた上野が、大村に向かって右手でコイコイをしながら、ダミ声を張り上げる。
(……いつ呼んだよ……)
またも“りん”をダシに使う上野に苦笑しながらも、大村とブラックポセイドンの話をするのも面白そうだ。
なにせ、ブラックポセイドンは、和宏の一番好きなロックグループだったからだ。
いつものように、緊張したぎこちない笑みを浮かべて真向かいに座る大村。
相変わらずだな……と、微笑ましくもある。
「すごいね、大村クン。上手かったよ」
「そ、そうかな……」
“りん”が、少し大げさに拍手をしながら褒めると、やっぱり大村は、後頭部をカキカキしながら照れていた。
そんな大村に、クスクス笑いながら、“りん”は尋ねた。
「ひょっとして……ブラックポセイドンのファン?」
「うん。シングルじゃないけど……ファーストアルバムに入ってる“Victory”っていう曲がすごく心に残ったのがキッカケでね」
「……っ!」
和宏は驚いた。
実は、和宏がブラックポセイドンを好きになった理由も、その曲がキッカケだったからだ。
コアなファンの間では、伝説の名曲とされる“Victory”。
シングルカットすらされていない、ただのアルバム収録曲だというのに、高い人気を誇る曲である。
和宏が、特に気に入っているのは、その歌詞だった。
―――勝利への意思は 決して自分を裏切らない
―――燃やし尽くせばいい その燃えカスにこそ価値がある
一時期、試合に挑むたびに、この曲を聴いていた。
「勝つぞ!」という気にさせられる歌だ。
「……ちなみに……“Victory”のドコが好き?」
大村が、「よくぞ聞いてくれました」とばかりに、ニンマリと笑った。
“りん”の前で、初めて見せる“ぎこちなくない笑顔”だ。
「最後の方の歌詞がね……すごく気に入ってるんだ」
―――勝利を掴んだら 次の勝利を掴みにいこう
―――立ち止まるなよ それが敗者への礼儀だろ
「ああ。そういえば、そんな歌詞だったね」
「勝利の歌なのに、敗者への気遣いが込められてるなんてスゴイな……って思ってね」
大村は、自分の握り締めた両手を見つめながら、嬉しそうに語った。
その表情は、「本当にこの曲がスキなんだな」と思わせるに充分だった。
「ひょっとして……萱坂さんもブラックポセイドンが好き……とか?」
大村の表情は意外そうだった。
もともとビジュアル系でもないし、女性に人気があるグループでもないからだろう。
「好きだよ。“Victory”も“Crystal Jungle”もね」
途端に、パ~ッと明るくなる大村の表情。
「そ、それじゃ……今度ブラックポセイドンのライブに行ってみない?」
ブラックポセイドンは、毎年全国ツアーをしている。
おそらく今年も、例年どおり9月にライブが開催されるだろう。
「いいね~。行きたいね~」
と、“りん”が答えたのと、沙紀の声がマイク越しに響いたのと……ほぼ同時だった。
「りん~! 始まるわよ~!」
(……何が?)
そんな疑問が頭に浮かんだ瞬間……曲の演奏が始まった。
それは、最近いろいろなところで耳にする曲。
人気急上昇中の女性アイドル3人組“リトルマーメイド”の、ポップな最新曲である。
沙紀と東子は、すでにマイクを片手にスタンバイOK状態だ。
残るは“りん”だけ……である。
しかも、雰囲気から察するに拒否権はないらしい。
早く来い……沙紀と東子が、大きなモーションで手招きする。
前奏がもうすぐ終わりそうだ。
(ええい! こうなりゃヤケだ!)
開き直った“りん”は、マイクを取って、沙紀たちと一緒に歌い始めた。
だが、歌っているうちに、みんなが爆笑し始めた。
「りん、ヘタすぎ~!」
完全にズレている音程。
和宏としては、真面目に歌っているつもりなのだが、その音程の合わなさぶりは、いかんともしがたいレベルだ。
“りん”の声で歌うことに和宏が慣れていないためか、それとも生粋の音痴なのか。
結局、歌い終わるまで、音程を合わせることが出来なかった。
(おかしい……こんなハズは……)
“りん”は、さかんに首を傾げたが、すでに“りん=音痴”という確定情報が、みんなの脳にインプットされてしまった。
チェッ……と、口を尖らせながら、“りん”は近くの席に腰を掛けると……そこは、北村さんのとなりの席だった。
北村彩……成田さんと同じ女子バレー部所属。
黒縁のメガネを愛用する生粋のメガネっ娘であり、いつも三つ編みのおとなしげな女の子だ。
その北村さんは、となりに座った“りん”に、ちょっと驚いた顔を見せてから、すぐに嬉しそうにニコッと笑った。