第58話 『笑顔の行方 (1)』
6月といえば、イメージ的に梅雨の季節。
確かに最近はジメジメした日が多かったが、今日に限っては夏を先取りしたような青空が広がっている。
そんな爽やかな天気であるにもかかわらず、ブツクサとブーたれる女子高生……“りん”。
文句というものは、言い始めるとキリがないものである。
……なんで高校に水泳の授業があるんだ?
……っていうか、なんでこの世に水泳なんてものがあるんだ?
基本的に、和宏はスポーツが好きだ。
頭を動かすのが苦手な分、身体を動かすのが好きなのだ。
しかし、水泳だけは……別であった。
いわゆる“カナヅチ”。
不思議なことに、“りん”の記憶を手繰ると、この“りん”自身もカナヅチだったというのだから、これは筋金入りだ。
「あんた、いつまでウ~ウ~言ってるのよっ!」
「そうそう。早く行こうよ。もうアタシたちだけだよ?」
沙紀と東子が、容赦なく“りん”を促す。
いつもの女子更衣室。
すでに、次の体育……水泳の授業のため、みんなは着替え終わり、そこに残っているのは、紺色のスクール水着を着た3人だけになっていた。
「ウ~。……だって、恥ずかしいんだよ~」
当たり前のことだが、和宏が女性用の水着を着用したのは初めてである。
さぞかし恥ずかしいだろうな……という予感はあったが、実際に着てみるとハンパなく恥ずかしかった。
まずは、身体のラインが丸見えになること。
胸の膨らみまでハッキリとわかってしまう。
もともと、和宏には胸の膨らみを強調するような格好にかなりの抵抗感があったため、私服などはゆったり目のダボダボした服しか選択しないようにしていた。
ところが、ゆったり目のダボダボした水着などあるはずもないだろう。(←あったら怖い)
沙紀や東子も認めるとおり、“りん”のプロポーションはかなり良いし、大きすぎず小さすぎずの胸の形も悪くない。
客観的にみれば、和宏だってそう思う。
だが、胸の膨らみを他人に意識されることは恥ずかしい……そんな気持ちに変わりはない。
いうなれば、男が股間の膨らみを他人に見られるのが恥ずかしい……という気持ちの延長上だろうか。
そして……もう一つ。
まるで下着のような“形状”である。
よく考えたら、男の水着こそが、まさに下着のような形状であると言える。
トランクス(競泳用ならブリーフ)そのままではないか。
そして、女の水着だって事情は大して変わらない。
上半身部分はともかく、少なくとも下半身部分は……下着と同じだ。
丸出しになる太ももには、かなりの抵抗感がある。
和宏としては、これがトランクスだったら、少しは太ももが隠れるのに……とも思うのだが、学校指定の水着がこういう水着なのだから、これはどうしようもない話としかいえない。
余談だが、鳳鳴高校の体操着がブルマじゃなくて、心底良かった……と思う和宏である。
「今さらなに言ってるのよ。水着なんだからしょうがないでしょ!?」
「うう……そんなこと言われても……」
目の前にいる沙紀と東子も、“りん”と同じ、学校指定のスクール水着を着用していた。
生まれた時から女として育ってきたのだから、女の水着に違和感など感じるはずもないだろう。
だが、和宏は違う。
ずっと男として過ごしてきて、いきなり女になってしまったのだ。
男の時、ブリーフ型の競泳用水着は「絶対はくものか」とばかりに、トランクス型の水着ばかり着用していた。
足の付け根近辺……太ももを晒すことを徹底的に避けるためにだ。
「せめてなぁ……この辺隠せないかなぁ……」
和宏は、足の付け根辺りをさすりながら、頭をフル回転させる。
いっそのこと、銭湯の時のように腰にタオルを巻くか……という考えが真っ先に頭に浮かんだ。
(……ダメだ……。余計みんなの注目を浴びるじゃん……)
水着の上から、腰にタオルを巻いてプールに入る……どう考えても珍妙過ぎる。
だが、コトの前にそれに気付けたのは上出来だ。
(……待てよ?)
腰にタオル……で、和宏は思い出した。
以前、プールかどこかで、そういう水着を見た記憶があったことを。
「そういえばさ……ほら、なんか腰に巻くような水着ってなかったっけ……?」
「……腰に巻く水着~?」
沙紀が、思いっきり眉をひそめながら、“りん”を見る。
そんなのあるわけないじゃない……そう言いたげな沙紀のとなりで、東子が閃いたかのように手を叩いた。
「あっ! ひょっとしてパレオのことっ?」
「そうっ! ソレッ!」
ナイスッ! ……という感じで、和宏は東子を指差した。
その瞬間だった。
「学校のスク水にんなもんあるかっ!」
スパーンッ!
沙紀の、“いい音なのにあまり痛くない”というツッコミ芸が唸りをあげた。
後頭部をしこたま叩かれた“りん”は、その衝撃に思わずうずくまる。
(~~~っ)
「全くもう……一生懸命なにを考えているのかと思ったら……行くわよっ!」
いい加減にしないと、授業が始まってしまう。
和宏の必死の抵抗もむなしく、“りん”は沙紀に腕を抱えられながら、プールに強制連行されていった。