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俺、りん  作者: じぇにゅいん
第一部(改訂中)
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第5話 『沙紀と東子 (2)』 改訂版

授業時間の終わりを意味するチャイムが、校内各所にあるスピーカーから鳴り響いた。

二年A組で行われていた数学の授業の終了を意味するチャイムだ。


数学は、数多い和宏の不得意教科の一つ。

その中でも、英語と並んで苦手中の苦手の双璧である。

いつもならば、あまりの意味不明さに授業開始と同時に寝入ってしまうところだが、今日ばかりは和宏も寝ずに頑張った。

しかし、本来ならば“三年生”の和宏が受ける“二年生”の授業……であるにもかかわらずチンプンカンプン。

普段から、数学と英語の時間を熟睡タイムとして活用しているのが原因なのは明白であった。


何はともあれ、そんな苦手授業を乗り越えたことには違いない。

ホームルームの前に感じた発作のような症状も、今は影を潜めている。

和宏は、開放感を全身で表現するかのように、両手を上げて思い切り伸びをした。


「私、思うんだけど……一日の初っ端から“数学”ってのはどうかと思うのよね」


「そうそう。アタシもそう思うのっ」


「朝は頭の回転がついていかないんだから、もうちょっとその辺を考えて欲しいわ」


和宏の右隣に位置する沙紀から口火が切られた会話は、何故か和宏の頭上を飛び越えて、左隣の東子との間でやり取りされていく。

ちょうど、和宏の席を挟んで会話が展開していく形だ。

この体勢は、和宏にとってはどうにも落ち着かない状態である。

会話に参加すべきなのかどうか、大いに迷ってしまうところだからだ。


和宏は、この会話に参加しないことに決めた。

迂闊に口を出そうものなら、また先程のように窮地に立たされる恐れもある……至って無難な選択だった。

しかし、そうは問屋が卸さなかった。


「大体ね、あのハナケイの鼻毛は反則だわ。りんもそう思うでしょ?」


沙紀の鋭いネタ振り。

あまりに唐突過ぎるそれに、和宏は大慌てで“りんの記憶”を手繰っていく。


(ハナケイ……ええと、数学教師である“花田はなだ啓太けいた”の略称。バ○ボンのパパに匹敵する盛大な鼻毛。少しは手入れすれば良いのに……と、周りの誰もが思って……)


「遅いわ」

「ニブいよっ」


沙紀と東子の、情け容赦ないダメ出し。

ムリもない。“りんの記憶”を手繰る際のタイムラグは、通常会話にも支障を来す程なのだから。

そして、そのことを沙紀と東子は知る由もない。


「“突っ込みは間が命”って教えたでしょっ?」

「だから、そんな不自然な間を取られちゃうと私たちが困るワケよ」


何がどう困るのだ?

そんな突っ込みは、和宏の心の中だけで行われた。


「もうちょっと努力の跡が欲しいところね。せっかく私たちが一ヶ月間付きっ切りで鍛えてきたんだから」

「そうそう。りんはやれば出来る娘なんだしっ」


(突っ込みを一ヶ月鍛えた……だと? ワケわからん)


だが、それは“りんの記憶”手繰ることで判明した。

例の透き通るような声で「なんでやねん」という台詞を繰り返す“りん”の姿と、それを見て笑い転げる沙紀と東子の姿。

りんは、本当に掛け値なしで突っ込みを一ヶ月鍛えられていたのだ。


(これはイジメだろ……常識で考えて)


頭痛がしてきそうな珍光景に、和宏は呆れ返った。

だが、そのりんの姿に悲哀感は全くなく、むしろ楽しんでいる様子すら伺える。

意外にも、りんという娘は、愛されるべきいじられキャラだった。


「それにしても、りん。やっぱり今日はちょっとヘンよね?」


さっきまで冗談めかしていた沙紀の表情が、少しばかり神妙になった。


「そうそう。まさか本当に酸素足りてないとかっ?」


東子もまた、少し真剣な面持ちで特徴あるアニメ声を響かせている。

和宏は、心配げな二人の視線にムズ痒さを感じた。


(まいったな。「返答が遅れるのは“りんの記憶”を手繰っているからです」なんて言えるわけねぇし……)


二人なりに、りんのことを心配している感じは、和宏にもよく伝わってきた。

りんの様子が普段と違うことを見抜き、身体の調子が悪いのではないかと心配しているのだ。


「だ、大丈夫。ちょっと身体の調子が悪いだけだから……」


和宏は、少々の罪悪感とともにそう答えた。

身体の調子が悪いということにしておけば、多少言葉数が少なくなっても言い訳にはなるだろう……と考えた末だったのだが、残念ながら相手が一枚上手だった。


「身体の調子の悪い奴が、朝っぱらから全力で走れるワケないでしょうが!」


沙紀の台詞と同時に、その右手が唸りを上げて和宏の後頭部を直撃した。

まるで、ハリセンによる突っ込みのような乾いた音。

しかも、かなり派手な音だったにもかかわらず、あまり痛みを感じさせない不思議。

そして、絶妙の間。

玄人はだしの芸に、後方の別グループからは、どよめきと拍手が起こる程だった。


「まぁ『全力で走ってきたので調子が悪くなった』ってことなら納得するけど」


(じゃあ、突っ込む前にそれで納得しとけっ!)


と、和宏は心の中で突っ込み返したが、当然それは伝わることはなかった。


「でも、ホントに良くないよ……りんの顔色っ」


と、和宏の顔を覗きこみながら東子。

どれどれ……と言いながら、東子の右手は和宏のおでこに当てられ、左手は自分のおでこに当てられた。


「……」

「……」


ヘンな間。

いたたまれずに「何かしゃべれよっ!」……と和宏が心の中で思った瞬間、今度は東子の両手が和宏の細い両肩にソッと置かれた。

和宏の顔と東子の顔の距離は、約三十センチという近さになった。

おまけに、東子の二つのタレた瞳は心なしか潤んでいた。


(うわ……。女の子の顔、こんな間近で見るの初めてだ……)


和宏は、思わず息を呑んだ。

喧騒に包まれた休み時間の教室の中、東子の作り出す何かが倒錯したような雰囲気に、心臓が強く早く鼓動していく。


「大丈夫……あなたなら出来るわ」


東子のピンク色の柔らかそうな唇から、どこかで聞いたような台詞が飛び出した。

その脈絡のなさに、思わず点になる和宏の目。


「相変らず無駄に上手いわね……」


沙紀は、半分呆れ顔で東子を見ている。

東子はどう勘違いをしたのか、勝った……と言わんばかりに右腕を高々と掲げていた。


「どう? どう? セイラさんのモノマネっ。アタシの十八番(オハコ)なのっ」


「セ、セイラさん……?」


「んもう。ガンダムのセイラさんのこと! 前にも一回教えたじゃないっ」


(知るかーっ!)


この高鳴った鼓動のオトシマエはどうつけてくれるのか?

そんなことを思いながら、和宏にはもう愛想笑いをする以外の選択肢は残されていなかった。


「昔っからアニメキャラのモノマネが好きだったものねぇ……東子アンタは。大したモンよ」


「いやぁ……それほどでもっ♪」


台詞とは裏腹に、東子は全く照れることなく言い放っていた。

沙紀の皮肉めいた言い方は、東子には全く通用していないようだ。


和宏は「なんて個性的なヤツらなんだ」……と、半ば感心しながら二人を見た。

中身のない会話は延々と続いていく。

“りんの記憶”を手繰ると、二人は幼馴染だった。


(どうりで息がピッタリなわけだ……)


付き合いの長さがなせる技。

だが、脇からやり取りを見ているだけなら、本当に周りを飽きさせない二人だった。

ターゲットにさえならなければ……の話だが。

そう思いながら、和宏が苦笑いを浮かべた時だった。


視界が歪み、血の気が引いていくような感覚。

背筋が凍りつき、ジワジワとした頭痛が追いかけてくる。

それは、緊箍きんこが締め付けてくるような鈍痛だった。


(さっきと同じ……!?)


朝、ホームルームの前に味わった発作と同じ症状だ。

和宏は、顔をしかめながら、痛みを和らげるためにこめかみを押さえつけた。

だが、痛みは治まることなくエスカレートしていく。

笑いながらおしゃべりをしていた沙紀と東子は、和宏の異変に気付くと同時に表情を凍りつかせていた。


「ちょ、ちょっとりん? 大丈夫?」


沙紀は、和宏の顔を覗きこんだ。

その歪んだ端正な顔は、痛みを堪えるだけで精一杯で、とても返事が出来る状況ではなかった。


「りん。立てる? 保健室行くわよ?」


明らかな異常事態を察した沙紀は、りんを保健室に連れて行くことを即断した。

沙紀と東子に両肩を支えられながら、教室を出て行く和宏たち。

異変に気づいた教室が、ざわざわと落ち着かない雰囲気になる中、二時間目開始のチャイムが鳴った。

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