第55話 『のんちゃん堂 (4)』
「さてと……」
そう呟きながら、鉄板の前に立ったのどかだったが、悲しいことに、鉄板の高さがありすぎて首より上しか見えない有様であった。
「ど、どうやって焼くのーっ!?」
その妙なアンバランスな光景に“りん”が吹き出し、それにつられて沙紀と東子も吹き出してしまった。
「がはは。オレの高さだからな。のどかには高すぎるだろう」
壁に寄りかかって腕組みをしながら、のどかの作業を見ていた大吾が、からかい気味に笑った。
身長183センチの大吾と身長145センチののどか。
まさに親子ほどの身長差だ
「ちょっと……お父さんは黙っててくれないかな」
のどかが大吾をジトリと睨む。
だが、大吾は懲りた様子もなく「ハイハイ♪」と軽い返事だ。
すぐ近くに置いてある、空のビールケースを持ってきて踏み台代わりにすると、鉄板の高さがお腹の辺りになり、ようやくアンバランス状態が解消された。
2本のコテを手元に引き寄せ、鉄板の熱さを確かめるのどか。
「……さ、今から焼くから座りなよ」
のどかは、3人にカウンター……鉄板の前に座るよう促した。
そして。促されるがままに3人が座ると、のどかはキャベツとそばとひき肉を鉄板の上に乗せ、お玉一杯のソースを降りかけた。
じゅわぁ~っという音とともに、なんとも香ばしいソースの香りが充満する。
「お~いしそうっ♪」
まだ作り始めたばかりだというのに、東子の口からはよだれが零れ落ちそうな勢いだ。
「ソースの香りがいいだろう? のんちゃん堂の特製ソースだよ」
確かに、店の外まで漂っていたソースの香りは抜群だった。
“りん”は、改めて息を吸い込んで、香ばしいソースの香りを満喫する。
「ソースの作り方にいろいろと秘密があるんだな、コレが。のんちゃん堂のトップシークレットだけどね」
大吾のおどけた言い方に、沙紀と東子がケタケタ笑う。
なんとも気さくな父親である。
のどかは、片手で卵を割っては、鉄板の隅っこに生卵を3つ落とした。
こちらも、ジューッという音とともに、見る見るうちに白身の部分が白く変わっていく。
続いて、鉄板の上でジュージューいっているそばを、コテでほぐしながら焼いていくのだが、のどかのコテ捌きときたら……やはり上手い。
「ひょっとして……この間お好み焼き作った時に、妙にコテの使い方が上手かったのは……?」
“りん”が恐る恐る聞くと、のどかはさかんにコテを動かしながら答える。
「そうだね。小さい頃からコレやってるしね」
“コレ”というのは、もちろんこの焼きそば作りのことだろう。
ジュージューという音と一緒に、白い湯気が立ち込め、早くも焼き上がりが近づいていた。
そば麺には、しっかりとのんちゃん堂特製ソースが染み込んで、そのまま手づかみで食べたくなるほどおいしそうだ。
のどかは、3つの皿に焼き上がった焼きそばを盛り付けて、別に焼いていた目玉焼きを乗せる。
そして、最後に薬味の赤い福神漬けを乗せた。
「出来たよ! のんちゃん堂自慢の“のんちゃん焼きそば”!」
のどかが、カウンターに座った3人の前に、出来立ての焼きそばを置いていく。
アツアツであることを証明する湯気が、おいしそうな見た目をより引き立てていた。
「「「いっただっきま~す!」」」
ソースの香りに食欲を刺激され続けた3人は、我慢しきれないといった感じで焼きそばを口に運ぶ。
「……すげぇ!」
「お~いしいっ♪」
「……これはいけるわ」
3人が、それぞれに感想を口にする。
絶賛……と言って差し支えない感想に、のどかは満足げな表情を浮かべた。
「まぁ合格点だな。立派な跡継ぎになれるぜ?」
のどかの作業をずっと見ていた大吾が、あごの無精ひげを撫ぜながら言った。
「また……いつもイヤだって言ってるじゃないか……」
「そう言うなよ~。もうお前しかいないんだからさ……のんちゃん堂の味を守れるのは」
「ダーメ」
ツーンとそっぽを向いてしまったのどかに、大吾は「チェッ」と言いながら口を尖らせた。
なんとも軽妙なのどかと大吾のやり取りに、“りん”は、クスクスと笑いが込み上げてくるのを感じていた。
ホントにお父さんと仲が良いんだな……ということがちゃんと伝わってくるからだ。
『ダーメ』と言いながら、本気でイヤと思っている感じがしない。
そうこうしているうちに、徐々に客が入り始めた。
新たな客が入ってくるたび、のどかが「いらっしゃいませ~」という元気な声を張り上げる。
鉢巻を締め直した大吾が、さすがの手つきで焼きそばを作り始め、次々に出来上がる焼きそばを、のどかが客席に運んでいく。
おそらく、焼きそばを作る担当の大吾、出来上がった焼きそばを客席に運んでいく担当ののどか……と、普段から役割分担されているのだろう。
常連客らしいおっちゃんの「おっ! のんちゃん、今日もかわいいねぇ~」などどいう軽口には、とびっきりの営業用スマイルでかわすのどか。
まさに看板娘といって差し支えない、ソツのない対応である。
食べ終わった“りん”たちが店内を見渡すと、いつの間にやら客で満杯になっていた。
忙しそうに動き回るのどかを見ながら、東子が言う。
「なんか、忙しそうだから……今日はもう帰ろっか?」
「そうね。なんかお邪魔かもしれないし」
ご馳走様でした……と言って立ち上がった“りん”たち。
そのまま店の外に出ると、のどかが店の外まで送りに出てきてくれた。
「ごめん。今日は妙にお客さんが多くて」
ステンレス製のお盆を小脇に抱えたのどかが、両手を合わせながら、申し訳なさそうに謝る。
そんなのどかに、東子が手をヒラヒラ振りながら笑った。
「ううん。いいもの見せてもらったし♪」
「いいもの?」
首を傾げるのどかに、東子がチョンチョンとエプロンを指差す。
「そのエプロンかわいい~♪ アタシも欲しいな~……ドコで買ったの?」
「え、え~とね……コレは……」
どうも東子は、のどかの着ているエプロンが、かなり気に入ってしまったらしい。
確かに、小柄な東子なら似合うかもしれない。
“りん”がそんなことを考えていると、さっきからのどかと東子が話し込むのをジッと見ていた沙紀が、コソッと“りん”に話しかけた。
「……ねぇ。のどかのアレ……似合いすぎよね?」
「……確かに」
何故か小声の沙紀と“りん”。
改めて、のどかのエプロン姿を見ると、確かにかわいい……と和宏は思った。
(まいったな……中身は“男”だってわかってるのに……)
和宏は、心の中で苦笑しながら、大きく息を吐く。
どうものどかには、毎度毎度ドキッとさせられることが多くてかなわない。
「じゃあ、また明日ね」
暖簾の前で手を振るのどかに、“りん”たち3人もまた手を振り返した。
空を見上げると、瞬いているいくつかの星。
いつの間にやら、夕闇が辺りを包んでいた。
3人一緒に帰り道を歩きながら、沙紀が口を開く。
「これで、部活帰りに寄り道するならココって決まったわね」
「異議なし~♪」
例のエプロンを売っている店を教えてもらった東子が、ゴキゲンそうに賛成した。
今日はご馳走になってしまったが、一人前が400円(大盛りなら100円増し)で、なかなかリーズナブルな価格設定だった。
あのおいしさで400円なら、確かにお得だと思う。
「今度は他のみんなも誘いましょ。あののどかは一見の価値あるわ」
「異議なし~♪」
(……見世物扱いかよ……)
顔を赤くしながら俯くのどかの姿が目に浮かぶようだ。
和宏は、ちょっとだけのどかに同情した。
≪オマケ ~緊急座談会 その7~≫
東子「……のんちゃん堂の焼きそば~……お~い~し~い~♪」
作者「ふっふっふ。気に入ってもらえて何よりですよ、東子さん」
東子「でもね……焼きそばに福神漬けってヘンじゃないっ? 普通は紅しょうがだしっ」
作者「それは……のんちゃん堂の焼きそばが普通の焼きそばじゃないからです!」
東子「……どういうこと?」
作者「気になるアナタは“焼きそば”“目玉焼き”“福神漬け”という3キーワードでレッツグーグル!」
東子「珍しくテンション高いね……作者さん」
作者「ちなみに福神漬けの色は赤です……茶色は邪道なのです!」
東子(ヘンな人だなぁ……^^;)
以上、またも作者が壊れ気味になって終わる。