第54話 『のんちゃん堂 (3)』
ひたすら急ぎ足で歩き続けるのどか。
その後方30メートルくらいをキープしつつ、コソコソと後をつける“りん”、沙紀、東子。
怪しさ全開なのだが、幸いにして道すがら誰かに咎められることはなかった。
もし、“りん”たちが男だったら、今頃は間違いなく職務質問を受けていただろう。
のどかの向かう方角は、“りん”の家とも、沙紀の家とも、東子の家とも違う方向だった。
住宅街を抜け、少しばかり民家がまばらになってきた頃、その建物は見えてきた。
のどかは迷うことなく、その建物の裏口から中に入っていく。
入る時に、「ただいま~」という声がかすかに聞こえたので、おそらくのどかの家で間違いあるまい。
“りん”たちは、その建物に近づき、マジマジと見る。
まるで食堂のような建物だ。
比較的新しい建物なのに、掲げてある暖簾だけが妙に年季が入っている。
その暖簾に描かれている屋号は……“のんちゃん堂”。
何の店だろう? ……3人が店の周りをウロチョロしていると、妙にいい匂いが鼻をくすぐった。
「わわ、な~んかいい匂いだよっ?」
舌なめずりしながら鼻をクンクンいわせる東子を見て、沙紀も同じように鼻から息を吸い込んだ。
「ホントね~……これ、ソースの匂い?」
確かに、フワ~ッと漂っているのは、ソースの匂いで間違いなさそうだ。
いい匂いだな……と思いながら、“りん”は何気なく暖簾を見た。
「あ、見てよ。“焼きそば専門のんちゃん堂”……って書いてる!」
このソースの匂いは、焼きそばのものらしい。
ただでさえ夕食前で空腹だというのに、香ばしいソースの匂いが、さらに空腹感をあおってくる。
「ぐ~っ!」っと誰かのお腹が鳴った。
「沙紀……お腹すいた?」
「……なんで私って決め付けるのよっ!?」
右手をワキワキさせる間もなく、即座にアイアンクローが飛んで来た。
あまりの早業に、避けようと考える間すらない。
「イダダダッ!!!」
いつもの激痛が、“りん”のこめかみを襲う。
しかし、なぜか今回は、その激痛は長続きしなかった。
スッと離れる沙紀の右手。
(……?!)
「まぁ、これくらいで勘弁してあげる。実際私だし」
(やっぱりお前かよっ!!!)
……じゃあ、アイアンクローされる理由ないじゃん?
当然、そんな疑問が頭に浮かんだが、極限まで高まった“りん”の危険察知能力が、その疑問を口に出すことを躊躇わせた。
口に出せば、きっと……「ごちゃごちゃ言うと、ホントにアイアンクローを喰らわせるわよ」とか言うに違いない。
なんて理不尽な話だろう。
「とりあえず入ってみようよっ♪」
意外と東子は食いしん坊のようだ。
東子のタレ目をよく見ると、両の瞳が焼きそばになっている……ような気がした。
「どうする?」
「じゃ、入っていくか」
沙紀は、さっきお腹を鳴らしたくらいだし、“りん”自身も、お腹はペコペコだ。
3人の意見の一致により、“りん”を先頭にして店に入ることになった。
ガラガラ……と、引き戸を開けて店の中に入ると、聞き覚えのある元気な声が迎えてくれた。
「いらっしゃいませ~っ!!! って……りんっ!?」
店に入ってきた“りん”たちを見て、のどかが瞬時に固まった。
と同時に、のどかの格好を見た3人も固まった。
凍りついたように止まった時間……約9秒。
そして時は動き出す。
「……のどか? その格好は……なに?」
“りん”が、のどかを控えめに指差す。
沙紀と東子も、同感……とばかりに、ウンウンと頷いた。
のどかの格好。
いつものえんじ色のセーラー服の上に着ている……白いエプロン。
大きなフリフリとリボンのついた、なんとも少女チックなメイド風エプロンだ。
おまけに、普段は付けていない白いカチューシャまで装着している。
もはや、特定の客層を狙っているとしか思えない。
「イヤ……その……」
目を泳がせながら、珍しくオドオドと動揺するのどか。
両方の人差し指を突き合わせながら、上目遣いで“りん”たちをチラチラと見る。
その姿は、大人に怒られている子どものようだ。
「まぁ……ぶっちゃけ、客寄せ……デス……」
「「「客寄せ?」」」
素っ頓狂な声を上げる3人に、のどかは口を尖らせながら開き直る。
「そ、そうだよ。……かわいい看板娘がいるってことで来てくれるお客さんもいるし……」
「あらあら、……自分で“かわいい看板娘”って言っちゃったわね」
あらかた状況を飲み込んだ沙紀が、茶化すように、ニヤニヤしながら言うと、思わず“りん”も、プッと吹き出してしまった。
「~~~っ」
顔を赤くして、ますます俯き加減になるのどか。
まるで、大人が子どもをいじめているかのような図に、東子がさりげなく話題を変える。
「ひょっとして……のんちゃん堂の“のんちゃん”ってのどかのコトっ?」
「う、うん……正確には、お母さんの“法子”も含まれてるんだけど」
「あっ! やっぱりそうなんだ~♪」
のどかがE組の女子から“のんちゃん”と言われていることを知っていた東子は、わが意を得たり……って感じで、笑顔を浮かべながら、パチンと手を合わせる。
その時、店の奥から、職人気質の鉢巻をした大きな男が出てきた。
名は“久保大吾”……のどかの父親である。
「お、のどか。お客さんかい?」
妙にいなせな感じの男だ。
身長は180センチ以上はあるだろう。
外見のイメージからの想像だが、祭りなんかでは先頭に立つタイプに違いない。
「うん。学校の友だちだよ」
「ほう……こりゃ珍しい。どうも……のどかの父です」
(……に、似てねぇっ!!)
顔のパーツといい、身長といい、本当に似ていない。
似ているとすれば、目がパッチリと大きいことくらいであろうか。
のどかは母親似だ……“りん”は即座に確信した。
「おう、のどか。せっかくだ。焼きそばご馳走してやんな。初来店記念だ」
「は~い!」
“りん”たち3人は、思わず顔を見合わせる。
(……なんて気風のいい父親だ……)
そんな3人の感想をヨソに、のどかは鉄板に火を付けた。